第64話「先任エルフの情勢説明」
前話から場所は変わって、いつもの髭なしドワーフ目線です。
それではお楽しみください。
はてさて、オレがこの異世界に転生してきてから、いったい何回説教されて何回説教しただろうか。
いきなりどうしてそんな考えが浮かんできかといえば、何回説教したりされたりしても、今回の説教以上のものはないと思ったからだ。
いつもの倒壊した教会の地下、ルールーとオレは二人して椅子に座って身体を縮め、テーブルの向こう側の相手をちらちらと窺っていた。
目つきの悪い、それでいて顔立ちの整った男だ。
薄い金色の髪から、人間のものではない特徴的な長く尖った耳が飛び出している。
エルフである。どっからどう見ても目つき以外は完璧なエルフである。目つきが悪いエルフである。
「………それで、この私になにか弁解することはあるのか? ルールー・オー・サーム、そして転生者のコウ」
で、そのエルフが怒り心頭の大臣、ニルベーヌ・ガルバストロ卿なのだった。
いやーさすがにびっくりするよね、昏睡状態から回復した当日にいきなり馬車で乗り込んできて、オレとルールーの襟首掴んで説教始まったんだ。
そしてたっぷりこってり一時間ほど説教された後、目力だけで心臓発作を起こしてやると言わんばかりの目つきの悪さで、ガルバストロ卿は先程のお言葉を言い放ったのである。
「ぁ、ぇ、ぃぇ、ぁ………」
オレの隣ではパクパク口を動かして意味不明なことをぶつぶつ呟く、混乱状態に陥っているルールーしかいない。
待っておくれよルールーさん、少なくともあんたはガルバストロ卿とは連絡とかいろいろ取ってたんじゃないのかと心の中でツッコミを入れつつ、現実でオレはルールーの脇腹に軽く肘撃ちを食らわせてやる。これで混乱状態が解ければいいんだけど。
仕方ないなと、オレは背筋をビシッと正してガルバストロ卿と向き合った。
「あー……まず、その……魔力規定量違反? がどれほどヤバイのかを知らずに、ルールーにGOサイン出したのは、本当に申し訳ない。生きるか死ぬかの瀬戸際だったから仕方なく―――」
「そうか、仕方が無いときたか。それどころの話ではないのだがな?」
「……それで申し訳ないついでに聞くんだけども……その、違反ってことは、条項があるんだよな?」
「ほう、違反に伴う条項があると理解していたのか。理解して仕方なくやってしまったわけだな。ああ、もちろんだ。これは食事マナー違反などの話ではないぞ。この違反は、極めて政治的な問題が絡んでくるのだ」
「………そ、それでなんだけど……その、条項についてお話というか、ご説明いただけたら、なぁー……って」
「……あ゛ぁ゛!!?」
「ひぃっ!?」
悲鳴を上げたのはルールーだ。
そしてヤの字か借金取りのようなドスのきいた声をあげたのは、目の前のガルバストロ卿。
ここまで整った顔立ちのエルフが、こんな脅迫紛いの声を出しているのは、逆に新鮮だった。
というか、まあ、前世でもわりとしょっちゅう怒鳴られたり、接客業でクレーム処理をしていたオレである。
目が完全にキマっている相手ならまだしも、単に目つきの悪いエルフならば、まだ常識的な相手に位置づけられる。
常識的な相手ならば、筋の通っている話は理解してくれるものだ。ストレスは別として。
「本当に申し訳ない。それで、その条項っていうのなんだけど……」
「……はぁ、そうだな。知らんのなら仕方あるまい。理解して仕方なくやってしまったわけだからな。それでお前は我が国と周辺各国の知識はあるか?」
「国内のあれこれと歴史とか読みふけってたのでノヴゴールくらいまでだ。それと魔法国家『レグス・マグナ』が解体されて、ベルツァール王国が出来たって流れまで」
「なら説明は単純だ。地図はあるか、ルールー」
「ひゃい、こここ、ここに」
「……おいドワーフ、私はそんなに怖いか?」
「目つき悪ぃな」
「そ、そうか……」
そうなのか、となぜか気落ちしたガルバストロ卿だったが、すぐに持ち直して地図を広げる。
ベルツァール王国を中心として、北にノヴゴールがあり、西に山脈と都市国家群、そして東に丘陵地帯が広がっている。
ガルバストロ卿が指差したのは、その東の丘陵地帯の先にある国家の名前だった。
「かつて魔法国家の属州に組み入れられていた、≪マルマラ帝国≫だ。我々とは微妙な友好関係を築いている」
「微妙な友好関係って……すごーく政治的なニュアンスを感じるんだが」
「だから政治的な問題と言ったんだ。ベルツァール王国は多種族融和を掲げているが、マルマラ帝国は魔法使いだけでなく人間以外の種族を冷遇し排斥傾向にある」
「うーん……逆にそれでどうして友好関係築けたんだ? 被害者同士だから?」
「宗教だ。ベルツァール統一後に浸透した≪神聖十字教会≫と、マルマラ帝国の≪正教会≫は協力体制にある」
「あー……なるほど。同じ宗教の別宗派ってわけか。少なくとも異教徒じゃない、と」
「だから、我々は微妙な友好関係となっているのだ。我々は魔法使いを多数抱え、多くの種族を王冠の下に抱えているからな」
「でも統一の英雄が人間のアルフレートで、現王室もその流れを汲む人間の王室だから、ってわけか」
「そういうことだ。そしてその微妙な関係をさらに微妙にさせているのが、ベルツァール=マルマラ間の防衛協定」
「………それで強い魔法使いの戦闘力、イコール、魔力の使用量を規定する、って条項があるのか」
「不可侵条約と相互防衛の代わりに、ベルツァールが要求された条項の一つだ。≪高等魔法使いの魔力封印条項≫という名が付いている。今回、お前がルールーに魔力規定量をブチ破らせたせいで、現在この防衛協定は、協定違反による一時的凍結がなされている。協定の効力発揮を再開するかは、交渉次第だ」
「………え、やばくね?」
「やばいから私が激怒しているわけだが?」
つまり、ベルツァール王国とマルマラ帝国は、互いに思う所はあるものの少なくとも敵ではない関係だった。
しかしながら統一後も魔法使いたちを雇用し続け、国内に存在する多くの種族をまとめて抱え込む故に〝多種族融和〟を掲げるベルツァール王国は、マルマラ帝国の〝人間中心路線〟とは噛み合わない。
それでも互いに同じ宗教を信仰し、一応の国教に定めていることから、マルマラ帝国は妥協の産物として、高等魔法使いの魔力規定などを設定した。
これによってベルツァール王国とマルマラ帝国は、互いに不可侵、かつ一方が他国に攻められた場合は、もう一方は他国に対して宣戦するという協定を結んだ。
結んだのだが、ここでオレとルールーがなんやかんやあって魔力規定量をブチ破り、相手側に封印がブチ破られたことが露見したようで、現在この協定は効力凍結中。
ベルツァール王国は、現在孤立している、というわけだ。
事の重大さが次第に分かり始め、オレは自分がしでかしたことを考えざるをえなかった。
あの瞬間、ルールーに本気を出させること以外、なにか解決策があっただろうか、と。
いや、オレには思いつかなかったと、自分を納得させるような答えがすぐに浮かぶが、
「そしてその報せと同時に、南部の≪リンドブルム公国≫改め、自称≪リンド連合≫の軍勢が国境を越えた……という早馬が来たのだ」
その答えも、眉間に皺を寄せてこちらを見るガルバストロ卿の言葉で、容易く吹き飛んでいった。
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