第62話「目覚めと悟り」
目が覚めると、知ってる天井だった。
当たり前である。オレはここでずーっと夜寝て朝起きてたまに昼寝してを繰り返しているのだ。
まあ、そんな見慣れた天井が天国や地獄で完全再現されているわけもないだろうから、オレは生きているのだろう。
生きているって事はなんとかなったということであって、つまりミレアにタウリカが蹂躙されたということもない、はずだ。
今更ながら呼吸がしっかり出来ることを確認して無駄に感動し、少しばかり間接の痛む身体を起こして部屋を見渡してみる。
うん、自室である。
これ以上なく、なんの変哲もない、オレの部屋である。
出陣した日から変わらない家具の配置、さらにいえば机の上に置いていた日記の位置までそのまんまだ。
よたよたとベッドから這い出して、机の上をすっと指でなぞってみても、埃が積もってるとかはない。
「………そんな日は経ってねえのか」
呟きながら、オレは左胸をさすって傷口が塞がっているのを確認する。
今でも身体を貫かれた感覚と痛みが鮮明に思い出せ、誰もいない部屋なのに誰かがいる気がして、焦って振り返った。
もちろん、誰もいない。いるわけがない。
安堵の息を一つ吐き、オレは服を捲って自分の左胸を確認する。
どっかのアニメみたいに機械仕掛けになっていたり、なにかが寄生しているわけではなかった。
刺されたと思われる場所に、スッと一筋に傷痕のようなのもが残っている。
ちょっと指先で触ってみると、きちんと皮膚が繋がっていて、傷口は塞がっている。
完全に元通りというわけではなくって、切り傷とか手術痕みたいな感じなのは、なんとも不思議な感じだ。
埃が積もらないくらいの期間で、背中から胸まで一突きされて、その傷が自然治癒する――いくらドワーフでも、無理だろう。
「つーことは、魔法か……」
回復といえば、傷痕もなにもかもなくなって元通りと思っていたけどなと、オレは痛む関節に顔を顰めながら呟く。
そもそもルールーが回復魔法なんて使えたのかと、いやだったらもうちょっとそれ使って小金稼げたのではと、そんなことが浮かぶ。
浮かびはするが、命の恩人と保護者を兼ねるルールーにそれは言えないだろうが。
「っ、ぅ……しっかし、間接が痛むな……杖、かこれ? これ使うか」
痛みが転じて熱を持ち始め、オレはそこで始めてベッドの枕元に立てかけてある杖に気がついた。
黒っぽい木製で、ところどころに鉄の補強がなされていて、使い易いようにT字方のグリップがついている。
誰が置いてったんだろ、と思いながらもグリップを握って、老人よろしくカツカツっと杖をつきながら、部屋を出た。
事情とか状況とか、その他もろもろ確認してやらなきゃなと思いながら、オレは歩き出す。
そして二歩三歩ほど歩いた辺りで、ルールーが扉を勢い良く開け放って――、勢いそのまま壁に激突した。
どたどたっ、と駆け出してこっちを見てパァっと笑顔になったと思ったら、そのままベチンと激突した。
「………あのー、大丈夫ですかルールーさん?」
「えぇ……一応、大丈夫です……。そ、それより、コウは、大丈夫なんですか……?」
「間接が痛んでぷち老人体験してる」
「ぅぅ……良かったぁ……。あ、間接の痛みとかは少なくとも数年はお付き合いすることになるので、早めに慣れておいたほうが良いですよ」
「ぇ」
壁にブチ当てた頬をさすりながら他人事のように言うのは、他人事だしルールーが魔法使いだからだろうか。
とはいえ、オレもその魔法使いの世間知らずっぷりと、どっか抜けた思考回路を目の当たりにしてきたのである。
だからまあ、ぷち老人体験がガチ老人体験に変わっても、オレ自身わりと他人事のように感じていた。
「……回復魔法の反動、的な?」
「私はこの手の魔法は不得意なので、かなり強引に治しましたから……」
「てなると、この杖は?」
「え、あ、そっちはアイフェルが持ってきたものですね」
「親方か。……木材もあっからエアメルとかも関わってんだろうなぁ」
「えっと……意外とショック受けてません、ね?」
「死ななきゃ安い……とは思わないけど、死ぬよりはマシだしな」
苦笑いを浮かべながら言うが、オレの頭に浮かぶのはあの激痛と暗闇の中の囁きだ。
死ぬよりはマシだということには変わりないが、もしあの時、あの囁きを受け入れていたら。
その時はその時で、きっと安らかだろうが、死ぬよりももっと酷い状態に墜ちていたような、そんな気がする。
なんとか出来てよかったなとは思うが、これが最善だったかは分からない。
やっぱりオレなんかよりも、もっと上手になんとか出来る奴がいたような気がしてならないのだった。
そんな奴がいるかどうかは、まったく分からないのだけれども。
「そ、それよりもコウ……意識を取り戻して早速なんですが……」
「ん? もしかして辺境伯とかからお礼とか?」
「ああ、いえ、それもあるんですが、それよりも先にですね……」
顔を俯けて、オレに数年デバフかかりっぱなことを告白した時よりも深刻そうな表情で、ルールーは言った。
「責任、取ってくれるんですよね?」
「…………あ」
その時になってオレはようやく、魔力規定量違反という行為が、割と洒落になっていないことなのだと悟ったのだった。
これにて「タウリカ編」終了となります。
次話からは「王都編(?)」になって、一般人に毛が生えた状態のドワーフがデバフまで喰らったまま、杖をついてあれこれに巻き込まれていく予定になります。
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