第61話「戦の後で II」
どうにも食えぬ御仁だ、とスクルジオは思う。
ベルツァール王国最北の要衝、タウリカを治める辺境伯シェリダン。
熊のような体躯と大声は、田舎の城主のような趣きがある。
だというのに、これはこれで頭も冴え謀略と無縁ではない。
北方を治める一領主、オーロシオ子爵とて同じことが言えた。
だが、スクルジオはそういうった謀が嫌いで、歯向かうようにノヴゴールへの遠征に出陣していた。
謀も社交界も、敵と味方で区別できぬものが多すぎる。
味方であろうと信じていた友人に利権を食われ、昨日の友が明日の敵となり、来月には再び友となる。
戦場でさえあれば、敵と味方という区分しかない。そう、信じてきたのだ
「……私は、どうすればいいのでしょうか」
自然と口に出た言葉は、夕暮れの美しさと風に流されて消えてしまいそうなほど小さいものだった。
シェリダンはそれを見ては、年長者らしい年月の重みが染み付いた笑みを浮かべ、腕を組みながらタウリカを眺めた。
家督をついでから、シェリダンが数十年手掛け、守ってきた領地であった。
「まず、オーロシオ子爵の安否確認と、領地の状態確認であろうなぁ……王都へは、その後でも良いだろう」
「では、そのように。……あのドワーフは?」
「規定魔力量を破らせ、その責任を取るといったのだ。ルールー・オー・サームも王都に召還され、その責任を持つといったあのドワーフも、王都へ行くはめになるだろうな。わが領地で起こったこと故、我輩の代理人として娘のアティアとその連れのシンも、だろうなぁ」
顎をさすりながら淡々と述べるシェリダンは、ルールーと髭のないドワーフを眺め、溜息にも似た吐息を一つ。
「恩を返したいというなら、我輩の代理人の証明を卿に頼もうか」
「御意のままにいたします。辺境伯」
「ならば、そのように。……しかし、なぁ」
肩をぐるぐると回しながら、シェリダンは夕暮れを眺めながらぼそりと言った。
「老いには勝てんな。昔のように暴れられんわい」
両手でロングソードを振り回していて、そんな台詞を言うのだから、最盛期はどれほどの御仁だったのだろうとスクルジオは思った。
夕日がゆっくりと降りていき、夜が闇を引き連れてやって来る。
何気ない日常、何気ない一日の終わりが、スクルジオにはおぞましい光景にさえ思えた。
―――
ルールー・オー・サームは、優しくコウの頭を撫でる。
硬い黒髪がちくちくとして少し痛かったけれど、それでもその痛みすら心地よく、ここにそのドワーフがいるのだという実感をくれた。
ああ、自分でもなにかを救うことが出来るのだなと、隻眼の女魔法使いはアイフェルに不器用にはにかむ。
それを見つめるアイフェルは、知った仲たるルールーの不器用なはにかみ面を鼻で笑って、人事のように語り出す。
「規定魔力量って、破ったらいけないんじゃないの」
「ええ、そうですね。間違いなくニルヴェーヌ卿に怒られるだけではすまないでしょうね」
「でもいつものルールーみたいに、うだうだしてない」
「はい。うだうだしてませんよ。気は重いですけど」
ふふふ、と笑みさえ浮かべながらルールーが言えば、アイフェルは「そ」と無愛想に。
山無しの女ドワーフと、魔法使い、どちらも普通ならば孤立しがちの女二人が、辿り着いて住み着いたのがこの王国最北端。
そんな二人が保護者と職場の親方として、日々接し面倒を見たり見られたりしていたのが、この髭のないドワーフなのだ。
ろくに訓練だってしてないのに剣を振りかざして大声を出して、ライフルをぶっぱなせば当てていって、と。
弟かなにかのように見ていたり、扱っていたりしていた二人からすれば、驚きもあれば怖くもあり。
なんやかんやで、二人揃って心身ともに疲れてしまったのだ。
その原因になったドワーフと言えば、
「………ぅぅぅ」
絶賛、悪夢にうなされているようではあったが。
それでも生きていることに変わりはない。死んではいないし、手足がなくなったわけでもない。
魔法による身体の回復がかなりの負担になることは承知の上。
ルールー・オー・サームは、それでもコウなら大丈夫でしょうと頭を撫でる。
魔法は万能ではない。魔法のすべては神秘ではなく、叡智によってもたらされるものだ。
なにかを行使したとき、なにかが失われ、あるいは傷つくこともある。
まじないは信ずればこそ、魔法は叡智があってこそ。
コウならばそれも理解し、乗り越えてくれるでしょうと、ルールーは信じる。
知識に対する好奇心は、危険ではあるけれども、きっとこの世界を生きていく上で必要になってくるだろうから。
「ルールー」
「はい、なんですか?」
「わたしにも撫でさせて。それ」
「ふふふ、いやです。私はまだ堪能しきってませんから」
「………ドケチ」
「大丈夫ですよ、これから三日くらいは起きません。つまり撫で放題です」
「なるほど。分かった。ありがと」
「いいえ、どういたしまして」
ちくちくと、指先に痛みを少しだけ感じる。
ゆっくりと降りていく夕日を眺めながら、ルールーはこれからのことを考える。
きっと忙しくなるだろうが、それでも、コウがいればなんとかなりそうな気が、少しだけ、ほんの少しだけしたのだった。
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