第60話「戦の後で I 」
死人を運び、その死を弔って口上を唱え、すべてが終わったのは日が暮れ初めた辺りのことだった。
タウリカ辺境伯がオーロシオ子爵の長子、スクルジオの騎兵隊に襲われたと言われても仕方がない状況だが、当事者たちは冷静に話し合い、状況を確認しあった。
失った左腕を意にも介さず、スクルジオは王都バンフレートの火縄銃士組合において、ミレアと遭遇し、そのあとの記憶はぼやけていると語った。
血と土で汚れきった装備を着込んだまま、銀髪を揺らし、スクルジオはシェリダンの前に跪く。
子爵家の長子にして、武名を馳せた男がすることではなかったが、スクルジオの動きに迷いなどは見られない。
失った左腕を見遣り、シェリダンは静かに「面を挙げよ」と言った。
大声とその体躯で相手を怯ませるシェリダンらしからぬ、静かな声だった。
とはいえ、それが辺境伯という肩書き相応の重みを持つ声であるというのは、それを耳にしている者たちの目で分かる。
その目の持ち主のほとんどは、タウリカ辺境伯シェリダンといえば、大声とその熊のような体躯だけのおっさんだと思い込んでいた冒険者たちだ。
冒険者たちは布切れを包帯代わりに止血を終えて、エアメルを中心に一箇所に集まって死んだ冒険者の識別票を探している。
そんな冒険者達の中には半獣人たちも混じっていて、識別票の匂いを探って助けになろうとしていたが、血の匂いが強く捗っていないようだった。
生き残ったスクルジオの騎兵達は、死んだ戦友と馬を一箇所にまとめて、憔悴仕切った顔で俯いている。
彼らはスクルジオと同じように、ほとんどなにも知らず、覚えていてもその記憶はぼんやりとおぼろげだ。
自分がなにをしたのか、なにをしてきたのか、ここに至るまでいったいどのような振る舞いをしたのかすら、はっきりとしない。
戦闘の高揚が過ぎ去った今、彼らはその不安に襲われていた。
それを言えば、スクルジオも例外ではない。
他の騎兵たちよりも、スクルジオの持つ記憶はおぞましいものだ。
だが、彼はそれを表情に出すことなく、シェリダンと目を合わせて言いよどむ事無く言った。
「……ノヴゴールの邪教が王都にまで広まっているのは知っておりました。が、貧民を中心にあそこまで広がり、その上、あのような化け物までとは考えもしていませんでした……面目次第もございません」
「がはは、騎馬によって倒せぬ敵もおるものよな! して、我輩の領地において狼藉を働いたのは、その邪教の化け物……で、あるな。オーロシオ子爵の長子よ」
「………辺境伯、それではこのスクルジオ、ご恩に報い切れません」
「我輩はそれで構わぬ。オーロシオ子爵の長子、スクルジオよ。それに御主が気にするべきは我輩だけではなかろう」
「あのドワーフの男、でしょうか」
「然り、然り。操られ手駒となった御主の標的となったのは我輩だったかもしれぬが、表向きに御主が敵対したのは、あのドワーフであろう」
「………」
スクルジオが視線を向けた先には、大槌を背にして座り込んでいるアイフェルと、二つの影があった。
負傷者たちの傷をすべて塞ぎ終えたルールー・オー・サームが、静かに眠る髭の無いドワーフの傍らに座っている。
背後から左胸を突き刺され、ほとんど窒息し、出血し、死に掛けていたドワーフが生きているのは、偶然ではなかった。
スクルジオは自ら左腕の再生を拒否し、その分の魔力を死に掛けのドワーフに使うようにと言っていた。
四肢の再生は多大な魔力を消費する。無から有を作り出すにも等しい所業は、両者にかなりの負担を強いる。
それに、あの化け物の傀儡とされ辺境伯に刃を向け、ルールーの手によって正気に戻った上、傷までなかったことにされるというのは、スクルジオ自身が許せなかったのだ。
不慣れであろう回復魔法をドワーフにかけるルールー・オー・サームは、泣いていた。
ごめんなさいごめんなさい、と何度も何度も繰り返しながら、魔力に余裕がないと泣き縋って、シェリダンを困らせた。
スクルジオはそれを見て、大事に手入れし整えていた三つ編みを短剣で切り、触媒として足しにしてくれと言った。
足りないのであれば死んだ馬も使っていいと言った。
実際、ルールー・オー・サームはそれらすべてを魔力に変換し、見事にドワーフの命を繋ぎとめることに成功したのだった。
―――それでも、彼は己のしてしまったことの贖罪が済んだとは、考えてもいないのだが。
「……《澱み》なぞ、御伽噺の産物だと思っていました。ノヴゴールの邪教を際立たせる、ただの舞台装置だと」
故に、スクルジオの声は苦虫を潰したようなものになる。
「我輩は魔法使いたちが生み出した必要悪、それが歪に歪んだ末の邪教だと思っておったがな。北方の備え薄しということやもしれぬ」
「内側からの攻撃です。それも、王都が発端の」
「うむ、理解しておる。しかしな、我輩は辺境伯なのだ。どうのこうのと理由を述べ立てて北方を離れるわけには、いかぬだろうなぁ」
「では、タウリカ辺境伯は動けぬと?」
「我輩は動けぬ。だが、動かせる者たちが居るぞ」
にぃっ、とシェリダンが胸を張れば、びりっと服のどこかが破れた音がした。
いかんな侍女に怒られる、と熊のような巨躯をおずおずと小さくする姿が、なんともコミカルであった。
とはいえ、スクルジオの目はすでにシェリダンから離れ、再び髭の無いドワーフの方へと注がれていた。
魔法使い、半獣人、ファロイドや人間の冒険者達に、女ドワーフ。
それらを曲がりなりにも率いていた、あるいは繋ぎ止めていた、髭のないドワーフ。
髭も生やしていなければ、ドワーフらしくもないその姿は、人間の子供か、背の高いファロイドのようにも見えた。
戦場で声を張り上げ、小銃を撃ち、再装填し、不慣れに剣を振るう姿はスクルジオの記憶に新しい。
あれが初陣だという言葉を信じるならば、それなり以上に戦えていたし、判断も悪くない。
しかし、
「この国の混乱に、あのドワーフを巻き込む御積もりですか」
「御積もりなどではないぞ、スクルジオよ。すでにあれは巻き込まれておるのだ」
不敵に笑うシェリダンを前に、スクルジオは口を噤んだ。
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