第56話「やってない」
化け物の下半身が残らず焼失し、無限増殖する肉片どもの親方(推定)を片付けた。
魔法による爆発で一瞬で肉片以下の存在に成り果てた下半身は、そのまま青白い炎で焼かれ消え去った。
その事実を目の当たりにして、
「……やったか?」
と、オレは思わず口走っていた。
口走ってから気付いたのだが、これはフラグになりかねない。
やっちまったと後悔するオレの前では、ルールーがやや憔悴した表情で、
「……やりましたかね?」
とフラグを重ねる。
さらにはシンとアティアでさえ、
「やりましたね」
「うむ? ……やったのか?」
「……先生、やりましたか?」
と残った肉片どもを処理しながら確認するようにこちらに聞いてくる。
フラグというのは所謂【お決まりのパターン】というヤツだ。
重ねまくれば効力が弱まることもあるのだが、こういうのはお決まりであるが故に大抵起こってしまう。
「発生源を潰しただけだ。残った雑魚どもは消えてないから、処理はそのままやってくれ!」
「分かりました、先生」
「うむ! ……で、これで終わりか?」
「まだ終わってないのです、アティア様」
「んむ、では終わらせるぞ!」
元気溌剌大声爆発のアティアが大剣をぶんぶんと振り回しては、肉片がミンチになる。
大振りだから隙が多いかと思いきや、シンの踏み込みやカタナ捌きはその隙を完璧にカバーし、隙なしの攻防を二人で構築する。
ゲームとかアニメのキャラみたいな、びっくりするくらいのコンビネーションだ。
たぶん、何回見ても飽きないだろうなと思いながら、オレはライフルを構えて大きな肉片をぶち抜く。
周囲に敵がいないことを確認しようとするが、それよりも早くスクルジオの騎兵達がオレの前に出て、近付く肉片を片っ端から掃除してくれた。
日頃から拳銃を使うから、その欠点も理解していてるからこその動きで、オレは背筋がゾクッとし、ついでに目頭が熱くなった。
「あ、あんがと……」
ぼそり、と言うと、騎兵の一人は「気にするな」とでも言うように、口元をにぃっと釣り上げて笑った。
本当だったらこいつらとオレたちは戦うはずだったのにな、と思う。
それでも今は、なんだかよく分からない奴らと戦うために一緒になっている。
あの化け物に洗脳されて戦わされ、気がついたら仲間が肉片に食い殺されているような、そんな状態で戦える騎兵たち。
装備だけが上等なのではない、最上の訓練を受け、見た目に恥じぬ精神を持ち、果敢に戦い突撃を敢行する騎兵たち。
そんな騎兵たちが、――そして、半獣人と冒険者たちが、どうして、なぜ、死ななければならなかったのか。
戦うというのは、そういうことだからだと言われたら、そうかもしれない。
でも、明確な理由もなく、ただ理不尽に死んでいくのは、オレが納得できなかった。
それが理不尽に対する怨み、憎しみになっていくのに、きっと時間はかからないだろう。
装填し終えたライフルを抱え、オレは脇に挟んでいた剣を鞘にしまう。
銃剣がいかにすばらしい発明で、いかに便利なものだったのかを実感する日がくるとは思わなかった。
銃口に突っ込むタイプの銃剣をすっ飛ばして、ソケット式銃剣を考案するべきかもしれない。
そうすれば、もっと簡単にこいつらを殺せる。
もっともっと簡単に次々に処理し、犠牲者を少なくすることが出来るはずだ。
もっと早くにそれに気付いていれば、もっと早く、もっと早く―――。
「……んふふ、とても良い怨恨と怒りですねぇ?」
「ぇ………?」
鼻につく腐臭と、笑い声がする。
頭のすぐ後ろ、吐息がかかるほどの距離から。
じわりと、空気が冷えていくのを感じた。
ひたひたと、冷たい指先が頬に触れるのを感じる。
まるで体温を持たない冷たい指先が、蛇かなにかのように肌を滑る。
先程まで腹の底に蠢いていた憎しみも恨みも、すべてがなくなって、冷たい恐怖が重く圧し掛かる。
「此方の加護をここまで減らしてくれただけはありますねぇ、なかなか才能があるようで此方はとても楽しみですよぉ……ねえ、転生者さまぁ?」
「お、お前……どうやって……」
「ああ、でも此方はあなたに感謝申し上げなければなりませんねぇ……そこの魔法使いの戒め破りを後押ししてくださったのですからぁ」
蛇が獲物に絡みつくように、背後のそれは白い細腕でオレの身体を抱き締めて、身体を押し付ける。
少女のような柔らかさを背中に確かに感じるのに、温もりも、生気も、存在感すらないそれに抱かれ、命を握られている。
ルールーを見ても、騎兵を見ても、アティアをシンをシェリダンのおっさんを見ても、誰も行動を起こせない。
ぎゅうっと、腰に回された細腕の力が強くなり、背中に押し付けられる感触も強くなる。
それがなんでか自分の身体とそれの境界線が曖昧になるようで、気色悪く、ただひたすらに怖い。
まるでオレの中に入ってくるようで、それが自分の中に入り込んできそうで、がくがくと身体が震える。
それでも、誰も手を出すことはできなかった。