第55話「限定解除」
屋敷の前では、ルールーがシェリダンのおっさんと負傷した男と、逃げ込むことに成功した騎兵たちを守りながら魔法で肉片を片っ端から消し炭にしている。
「っぅ………! 魔力薬室の残量が少ないので、撃ち漏らしの処理をお願いします!」
「うむ! このシェリダンがその処理任された! 根性と筋力は正直よなぁ!!」
常人のロングソードをシェリダンのおっさんが持つと、ショートソードかなにかのように感じる。
そんでそのロングソードを両手に持って軽々と振り回しているのが追加で目に入ってしまったのだが、はっきり言って熊が進化して暴れまわっているようにしか見えなかった。
スクルジオの騎兵たちはそんなシェリダンのおっさんの気迫と声に乗せられて、士気を取り戻して的確に攻撃をし始めた。
「だっしゃい! なんじゃこいつら次から次へと湧き出て来おる!」
「これ魔法使いのねーちゃんがやっちまった案件じゃねえのかよおい!?」
「あぁん!? てめえルールーさんがやっちまった案件とかふざけてんのか手前!!」
「うるせえなお前、俺なんかさっき指食いちぎられてんだぞお前こら!」
「ルールーさんがやっちまってんのはいつものことだろうが手前!!」
「道化しとらんで手を動かせいこの間抜け!」
「にゃー!」
一方、エアメルや冒険者たちがその場その場をなんとか凌ぎながら、リンたち半獣人と合流して円陣を組み、小振りな攻撃で敵を片付け、
「………ど、っせーいっ」
ぼそっとした声とともに鉄槌が唸りを上げて地面すれすれを横薙ぎに振り回され、鎌で草を刈るように肉片どもがぶちぶちとつぶれる。
アイフェルは攻撃が大振りになりがちな上に、集団戦だと周囲を巻き込みかねないため、数人の半獣人を引き連れてあっちこっちで暴れまくっていた。
ロバくんは事ここに至って逃げ出したらしく、アイフェルはとてとてと大槌を抱えて小走りしていった。
一方のオレはと言えば、
「おりゃおりゃおりゃおりゃ、こいつめこいつめこいつめぇぇぇ!!」
アティアとシンの後ろにくっつきながら、ルールーたちと合流すべく必死だった。
前の二人は戦っている内に自分のスタイルを少しばかり変化させて最適化し、迫り来る肉片どもをさらに細々とした肉片に切り刻んでいる。
その後ろでオレはこっちに襲い掛かってくる数匹を剣とライフルのストックで突き刺し、叩き潰し、がむしゃらにぶっ殺していく。
ぐちゃぐちゃっ、と肉を潰し、切り裂く感触が手に残り、気持ちが悪い。
骨らしい骨のような感触もなく、ただぐちゃりと変に柔らかい感触が、変に手に残るのだ。
いやだいやだ、こんな生々しい感触に骨を砕いたりする感触まで、剣というのは乗り越えねばならないのだ。
そりゃ、訓練した兵士が強いわけだと、オレはロングライフルのストックで肉片を潰す。
訓練した兵士よりもさらに強い人外が、こんな異世界ファンタジーじゃ常識なんだろうが。
そんな奴らが敵になっても、守りたい日常を守ってやりたいのが、コウというバカな髭なしドワーフなのだ。
ルールーの援護射撃を受けながら、ようやくオレたちは屋敷の前に到達した。
シェリダンのおっさんと、スクルジオの騎兵達が数人と、そして銀髪の三つ編みの男がいる。
三つ編みの男は左手を拳銃ごと失っても、自分で止血処置をして剣を引き抜き、ルールーが処理し損ねた肉片を切り殺していた。
「あんがとなアティアとシンとルールーも!」
「うんむ!」
「どういたしまして」
「そんなことよりも、コウっ……魔力の残量が心もとないです! なんとかなりませんか!?」
「えっ………ポ、ポーション?」
「そっちじゃありません! なにか策はないんですか!?」
「策つっても……えっと、ちょっと待って、考えさせて」
なにを悠長なこと言ってるんですかだいたいあなたは、とルールーのお説教が始まるがオレは無視して状況を再度確認する。
化け物は吹き飛び、その肉片がグロテスクな雑魚モンスターと貸して全員に襲い掛かってきていて、こいつが無限湧きしてる。
無限湧き――ゲームではよくあるが、質量保存の法則的にこいつはなにかしたの仕掛けがあるような気がしてならない。
となると、飛び散った肉片以外に化け物に関連する物体。
なにかあったかと考えていると、上半身を吹っ飛ばされて気味の悪いオブジェとなった化け物の下半身に目がいった。
肉片がこうして雑魚モンスターになっているのだから、本来ならあの下半身だって動いてもおかしくないのだ。
「ルールー! あの吹き飛ばし忘れた下半身、消滅させろ!」
「消滅って……せ、責任取ってくれるんですよね? それだと規定魔力量を超過するので――」
「あれこれいいからさっさと消し飛ばしてくれ! 責任はオレが持つから!!」
「で、でしたらコウの名前を持って私に命令をしてください! 責任持ってくれるんですよね!?」
「勝てるんなら責任なんていくらでも持ってやる! ルールー・オー・サームに、髭なしのドワーフ、コウが命ずる! さっさとアレを消し飛ばせ!!」
「は、はい!!」
責任という枷から解き放たれ、なんだか楽しそうな表情すら見せ始めたルールーは、杖を構え、肉片に対して攻撃を続けながら別の詠唱を開始する。
「世の理よ叡智のものよ、我ここに戒めを破り在るべき術理を行使する!」
ドンッ、と低く音を轟かせながら、ルールーの背後に魔法陣が現出する。
一つだった魔法陣がドンッ、ドンッ、ドンッ、と音を轟かせながら次々に現れ、重なり合い、光が増していく。
「魔力薬室接続……これならば、いけます!」
ぎらり、とルールーの隻眼がぼうっと光り、杖を振って魔法陣はその形状を変化させる。
岩でも落ちてきたような衝撃と轟音が炸裂し、化け物の周囲に青白い魔法の壁が六枚展開し、化け物の下半身を取り囲み、柱に閉じ込めた。
閉じ込められたことに気がついたのか、下半身が六本足を生やして、断面から人間みたいな歯を剥き出しにしながら暴れ出す。
「き、きもい……でも、やっぱアタリだったか」
「今になって逃げ出そうなど、遅いにも程があります! このまま塵も残さずに、消滅させてみせましょう!!」
ガチンッ、と柱の真上に四角形を幾つも組み合わせたような魔法陣が展開する。
柱そのものはがりがりと、まるで死の罠のように内側に向けて縮小し、内部に閉じ込められたものを無理矢理圧縮していく。
みちみち、みちみちと縮小する柱の中で黒々とした肉塊がもがき蠢く中、ルールーは杖を振り下ろす。
「小さき鉄槌!!」
瞬間、柱の真上に展開していた魔法陣から光球が射出され、それが柱というよりも、もはや箱になったそれに命中する。
命中した後、一瞬の間を置いて箱は内側から爆発、炸裂し、しかし箱の外郭は爆発を内側に押し込めた。
捕縛、圧縮し、逃げられない相手に魔法による攻撃と封じ込め。
えげつない魔法だと、オレはごくりと生唾を飲み込む。
こんな魔法を扱う奴らがぞろぞろ居たら、そりゃ国を作って支配するなんて夢じゃないだろうと。
中に残ったモノごと箱は青白い炎を吹き上げながら燃えていき、ルールーの宣言どおり、塵も残らずに化け物の下半身は焼失した。