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第54話「背中」

 目も耳も手足もない肉片が、白い歯をにぃっと剥き出しにして、弓兵の頭蓋骨を噛み砕きにかかっていやがる。

 悪寒と恐怖が肩を組んでやってきやがったような感覚に背筋を凍らせながら、オレは咄嗟にロングライフルを構えた。

 構え、狙い、引き金に指をかけ、――撃ちたくても撃てないことに気がついて、絶句する。


 そうしている間に、弓兵の頭蓋骨はばきぼきとくぐもった音を立てながら陥没し、壊れていった。

 弓兵の目や鼻や耳や口からどす黒い血が漏れ出すのを見て、ようやく指が動き、引き金を引いて発砲する。

 鉛玉は歯のついた肉片を貫通してそのほとんどを吹き飛ばし、無力化した。


 だが、それはそいつだけじゃなかった。

 あたり一面に降り注いだ肉片すべてが、にぃっと白い歯を剥き出しにして動き始めた。

 ごろごろと球みたいに転がるのもいれば、足が生えて歩き出すのもおり、仕舞いには三足や四足で這い回るものもいる。

 

 それらが、まったく無差別に生物に襲い掛かった。

 気絶していたスクルジオの騎兵たちは、自らが食い荒らされる激痛で目が覚め、絶叫をあげ転げまわる。

 冒険者たちはひたすら武器を振るい、犠牲者にならぬようそいつらを殺しまわっている。


 弓使いや弩使いたちの一部は弓や弩を使うことを諦め、手斧を振るい、がむしゃらに戦い始めている。

 しかしそれでも、敵はバラバラになった肉片一つ一つ。

 足元をこそこそとやって来る標的に、連続で攻撃を叩き込むことは難しい。 



「エアメル、助けてくれ! こいつら的が小さくて当たりゃしね――ぎ、がぁぁぁっ、お、おれの指がぁぁぁ!?」

 

「ええい、なんじゃいこりゃあ! 気色悪い化けもんが!」


「下手に大振りすると懐に入り込まれんぞっ、小振りで確実にぶち殺せぇ!!」


「んにゃー! 鼻が曲がるような臭いだにゃ、みんな駆除してやるにゃ!」


「にゃー!!」



 一部の弓使いたちはそれを射抜いていくが、しかし足元に集ったそれに喰らいつかれては転ばされる。

 リンを筆頭に半獣人たちはそれと台頭にやりあい、殺していき、エアメルは文句を言いながらも次々としとめていく。

 で、問題はオレだ、ヴァイキング風の男はオレが発砲すると同時にエアメルたちの方に走っていって、オレは孤立していやがる。


 いや、そもそもなぜヴァイキングと一緒に走らなかったオレ。

 なんで一発ぶっぱなしてから状況確認にたっぷり時間を使って足を止めたオレ。

 咄嗟の判断が命取りになるって本にはたっぷりと書いてあったじゃねえか。


 がさがさ、と目の前で肉片が歯茎丸出しで迫ってくるのを、剣片手に迎え撃とうとするが、どう考えたって手数が足りない。

 一人孤立した哀れなドワーフに対して迫り来る肉片の数はぱっと数えただけで三〇ほど。

 いやだな、食い殺されるとか絶対痛いじゃねえか。


 そう考えながらなんとかならないかとさらに考え始めた瞬間、この短時間で見慣れた青白い光が肉片どもを焼き払う。



「ルールー・オー・サームの名において! ドワーフのコウに手出しはさせません!!」


「ルールー……」



 すごいかっこいい場面なのに、頭に浮かんだのはいつものルールーの姿で、逆に恐怖を緩和してくれる。

 そうだ、オレはあのなんでもない日常を引き続き送りたいが為に、覚悟を決めてスクルジオを戦おうとしてたんだ。

 あのなんでもない日常に戻る為に、あのなんでもない日常を、こんな気色悪い化け物なんかに、滅茶苦茶にされてたまるもんか。



「って、待てよおい……たしかにオレ孤立してるけどさ!」



 しかし、目の前に現れたのは追加注文の歯茎丸見え肉片化け物が二〇ほど。

 適当に切り分けられた肉片が手なんだか足なんだかわからないもので走ってくる様は、見ているだけで正気が削れる。

 これを剣一本でなんとかしなきゃならねえの? と冷や汗を流していると、聞き覚えのある大きな声が背後で炸裂した。



「このタウリカ辺境伯家の領地において、なんという狼藉か!!」


「あ、アティア?」


「うむ、私だ!」


「僕もいますよ、先生」



 振り返れば、鎧とドレスを組み合わせたような格好に身の丈ほどの大剣を手にしたアティア。

 そして、少しばかり衣服に傷をつけ、外套もスカーフも取り払った軽装のシンがいる。

 相変わらず二人してお互いにすべてを任せているといった風な、そんな雰囲気が今でもした。


 なんというかまあ、やっぱり成長したんだなと背丈と胸の大きさで思ってしまう。

 お嬢様なアティアが大剣はどうなのかと思ったが、その得物を扱う動きには淀みがなく、扱いなれているとすぐに分かる。

 いいとこが独学の民兵なこっちに比べたら、二人は貴族家で教育と訓練を受けた身だ。


 教え子が成長していることを実感するのは、なんだか感慨深いなと思っていると、シンが刀を構え、踏み込む。

 同時にアティアが前に身体を滑らせながら姿勢を低くし、両手で握った大剣を一気にフルスイングする。



「シィッ!!」


「おおおっ、りゃあぁぁぁ!!」



 シンの呼気を吹き飛ばすように、アティアの大声がびりびりと鼓膜を震わせる。

 カタナが目にも留まらぬ早さで襲い掛かってきた肉片どもを切り刻み、大剣が空気ごとそれらをぶった切る。

 よく技と力が合わさって抜群のコンビネーションを発揮するとか、特撮ヒーローであったりもするが、二人の戦い方はまさにそれだった。


 アティアが力を振り回し、シンはそれを技でフォローする。

 力によって面で敵を粉砕し、技によってその隙と穴を補完する。

 ぴったりと息のあった連携にオレは見とれていたが、すぐに行動を開始した。


 剣もロングライフルも武器なのだ。

 オレはきっちりと剣を握りなおして、地面でぴくぴくと死に掛けている肉片をロングライフルのストックで叩き潰し、

 ざっくざっくと剣で止めを刺しながら、二人の背中に続いた。

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