第4話「始めよう、異世界生活」
頭の中でぐるぐると前世で呼んだ異世界モノの展開をリストアップするが、どれもこれもが現実的ではないことにオレは絶望を深くするほかない。
ヒモ生活でも送ろうかと思いはしたものの、年齢イコール彼女いない歴で魔法使い一歩手前だった童貞にそんな高等な異性間交流技能は備わっていない。
他、異世界転生モノでよくあるルートをあれこれと考えては見たものの、他にチート能力があるかないかも分からない上に、誰にもなんにも説明してもらってないこの状況下であれこれホラを吹くのも非常にリスクが高い。
―――ああ、これは詰みか?
という結論に至るまでにはそこまで時間はかからない。
オレは冷や汗をぼたぼた垂らしながら、真っ青な顔でその場にへたり込む。嘘だろ、という言葉がぽつりと頭の中に浮かんだ。
だってオレ、日本で生きてた頃だってなんにも役に立たなくって、彼女とか奥さんとかまったく縁がないまま、たぶん死んだってのに、こっちでもそうなるのかと。
そして同時にこの理不尽さへの怒りもわいてくる。普通こういうのって、もっときちんとした手順を踏んでなるもんじゃねえのかよと。きっちりとチートアイテムとかいろいろ神様と打ち合わせして、その上で納得したら転生するって流れじゃねえのかよと。神がサボタージュとかどうなってんだと。
おいおい、とオレは頭を抱えて怒りを抑え込もうとする。自棄になったらダメだ。それでも考えれば考えるほどに怒りと愚痴がこぼれ出していく。
「こんなの理不尽だろ、不条理の塊だ。オレが、なにをしたっていうんだよ。まだなにもしてねえぞ。まだダイスを一回だって振ってないって言うのに、いきなり前途多難とか。ふざけてんじゃねえよ―――」
ルールー・オー・サームはこちらをじっと見つめたまま、なにも言わない。
急に眼帯で覆われた右目が急に物々しく、綺麗な紫色の瞳に疑惑の念が浮かんでいるように見えてくる。
そりゃそうだ。オレは初対面の彼女に魔法使いかどうかを嬉々として確認して、自分の種族さえ知らずにキラキラトした目で魔法が学びたいとか変なこと言ってくるドワーフなんだ。それくらい当然で、ここから先、なにを言われてもしかたない。
「もしかしてあなたは、記憶がないのですか?」
「あぁ、そうだよ……少なくともこの世界というか、ここのことは全然知らなくて、自分がドワーフだっていうのも指摘されて始めて知ったくらいで……」
「―――それで、あなたは日本で死に、ここに来たと?」
「そうだよ、日本でオレはたぶん死んだんだ。日本の………」
聞きなれた国名に首を上げれば、彼女はそっと膝をついてこちらに目線を合わせる。
「日本から来たのですね」
「日本、知ってるのか?」
「この世界の住民は本来であれば、日本という地名は知りません。知っている人間もごくわずかです。あなたは〝転移者〟か、あるいは〝転生者〟でしたか」
真顔でじっとこちらを見つめるルールー・オー・サームは、戸惑うオレの唇に人差し指をあてて続ける。
「大丈夫、あなたのことは私がなんとかしましょう。あなたの前、遥か昔にこの大地にやって来た〝転生者〟との約束があります。それに、私はあなたを探して腹ペコでここまで歩いてきたんですし」
「オレの他にも……、オレみたいに来ちまった人がいる、のか………?」
「はい、いました。〝彼〟の話は、まあしなくともいいでしょう。ひとまず、あなたには名前と身分、そして―――仕事をあてがわなければなりませんね」
にっこりと優しく笑って、ルールー・オー・サームは身を翻し、オレの手を取る。
「ようこそ、ベルツァール王国北方の要衝、辺境伯領タウリカへ」
この時、ただの一人のドワーフが王国の危機を救い、騎士に叙勲されることなど、誰も知る由もなかった。
善き者からも悪しき者からも一目置かれる、髭なしドワーフの異世界生活が、ここに始まるのだった。
・ダイス
TRPGと呼ばれる理不尽な体験型ロールプレイゲームにおいて、理不尽を体現する神様。
奇跡を起こしてくれることもあるが、大抵は達成値に一足りず歯噛みするプレイヤーを「ぷぎゃあwww」する鬼畜。
ダイスを投げてしまうと後戻りは出来ず、故にダイスの目が無価値であることなどない。