第51話「弱点?」
青白い光がまるで鬼火のように宙を彷徨っている。
それがルールー・オー・サームの周囲に展開し、ルールーの一声を待っているようにも見えた。
いつものダメ人間っぷりが嘘のような表情と立ち姿。
「ル、ルールー………」
地面に突っ伏したまま動かない馬と騎兵たちを尻目に、オレたちはよろよろと一塊になってアイフェルたちのところまで向かった。
化け物はなにが楽しいのか、蛇のような口元をにぃっと釣り上げ、アイフェルと半獣人たちにつけられたらしい傷痕を治していく。
なんの呪文も唱えずに、傷痕が塞がりなくなっていく様は、ゲームかなにかの回復と違ってグロテスクだ。
見れば、地面に突っ伏したまま動かない半獣人たちの中にリンの姿はなかった。
けれども、化け物の周囲にはまた新たに、動かなくなった半獣人の姿があり、オレの胸はずきりと痛む。
どこを見ているとも知れぬ瞳が、瞬きもせず、まるで彼らだけ時間がとまってしまったようだった。
アイフェルの大槌に血のような黒いものがこびり付いている。
半獣人の中から見覚えのある灰色の耳を見つけ出して、安心している自分がいる。
リンやアイフェルが死ななくて良かったと、誰かの死より知人の死を恐れて、知らない誰かの死を正当化しようとしている自分がいる。
オレは歯を食いしばりながら、思う。
疑問に思うことをやめてしまえ。
正しいから正しい、良いと思うから良いのだという直感を信じろ。
今、オレがそうしなかったならば、きっと罪悪感とかで動けなくなってしまう。
すでに消えた奴らのことを、考えちゃいけない。見直してはいけない。振り返ってはいけない。
オレは前を見て、前へと進み、前へと進むための手段と方法を探さなければならない。
それが生き残る、ということだ。
スクルジオとの対決などではなく、オレたちを殺すことが目的だと言ったこの化け物を倒すこと。
それこそが今、オレが向き合い、考えなくてはいけない現実なのだ。
「安心してください、コウ。スクルジオとの対決ならば私は手出しできませんが、澱み……いえ、堕落した魔法使いが相手ならば問題ありません」
ルールーが本当にお姉さんのような笑みを浮かべながら言うと、今度は化け物が身じろぎしながら言った。
「あはぁ……あなたぁ、此方の加護を消し去って、此方の手駒を奪いましたねぇ? 此方の愛しい愛しい手駒までぇ……」
「堕落した魔法使いの下賎な洗脳術如きが加護などとは笑わせますね。魔法使いとしての腕前が劣っているから、そんなものの力を借りたのですか?」
「そんなものとは酷いですねぇ……澱みはよいものですよぉ、きっとあなたがたも気に入ると思いますけどねぇ」
瞬間、ルールーが杖を振り、青白い光が化け物に直撃する。
肉片のようなものが飛び散り、黒い体液が辺りに撒き散らされた。
まるで砲弾に抉られたような傷痕だが、それもすぐに再生が始まった。
「勘違いしないでください。私はなびくほど弱くない。あなたを消滅させる。完全に、徹底的に、塵も残さずに、です」
「あぁ……これだから魔法使いというのは嫌なんですよねぇ。昔から暴力的で頭が固いのですからぁ……本当に、昔からねぇ?」
「……っ! 略式五型!」
ルールーが杖をくるりと回せば青白い障壁が姿を現し、なにかがぶつかったような音が響き渡る。
耳を覆いたくなるような音の後に姿を現したのは、障壁にべっとりとこびり付いた、タールのように黒いナニカ。
腐肉のような、なんともいえない臭いが広がる中で、ルールーの隣に控えていた男が拳銃を化け物に向けた。
男は銀の長髪を三つ編みに纏め、エルフのように整った顔と長身痩躯に胸甲を身につけている。
その男が障壁を避けて拳銃を発砲するのと同時に、化け物が笑うのが見えた。
オレは反射的にロングライフルを、ろくな狙いも付けずにぶっ放したが、もう遅い。
「ぐっ、ぁぁぁぁぁ……っ!?」
ぶずっ、と生々しい音と共に、拳銃を持っていた男の左腕が引きちぎられる。
詠唱無しの攻撃魔法、しかもルールーが扱うような正当な魔法とは違う、もっと異質な魔法。
こんなのどうやって相手にすれば良い? なにか策はあるのか? と、自問自答が頭を過ぎる。
そうこうしている内に、化け物の顔がこちらを見た。
鉛球でぶち開けた穴はすでに再生され、ルールーから受けた傷も治りかけている。
再生能力持ちの大型モンスター、おまけに飛び道具ありで、膂力もあるときた。
さて、こいつは大分キッツイ。
どうしたもんかと、化け物の動きを観察していると、あることに気がついた。
ルールーから受けた傷の再生速度が、眼に見えて遅いことに。