第50話「監視者」
騎兵突撃における最終工程は、襲歩と突撃だ。
歩兵の突撃のように、戦闘それ自体が出来ぬほど体力を消耗しないように、騎兵突撃にも加速の段階がある。
いくら馬が馬重の三割までを運べるからといって、体力が無限なわけではない。
そして、その襲歩と突撃を遂行した後の騎兵の動きでもっとも理想的なのはなにか。
転進し、再び突撃のための加速を一からやり直し、一度破砕した敵の中へ突っ込んでいくことか。
いや、それよりも簡単で単純でとても合理的な選択肢が存在するのだ。
その答えとは、
「撃て! 撃て! そんで逃げろ!! 死ぬな!!」
叫びながら、オレは引き金を引いて騎兵の一人に鉛玉をぶちあてた。
が、それは胸甲の楔形に傾斜した部分に当たっただけで、貫通しなかった。
九騎の騎兵が鞍から各々拳銃を取り出してそれを発砲すれば、ビュンッ、という音と共に隣にいた猟師が後ろに倒れる。
隣の猟師の生死確認よりも、オレはサーベルを抜き放って突撃してくる騎兵に目がいって、離れない。
ああ、そうだったとオレはここに至って思うのだ。
騎兵突撃の後、騎兵の動きとしてもっとも理想的な答え。
それは、勢いそのままに敵の後続部隊への再度突撃を敢行することだ。
対騎兵の供えがない奴らに騎兵を突撃させることこそが、騎兵用兵家たちがもっとも頭を使うことであって、その破壊力は折り紙つきだ。
なぜ、銃火器が主流になっても騎兵は機関銃の普及まで生きながらえ、二十世紀末に至るまで生き残っていたのか。
なぜ、騎兵がそれ以前の時代において華々しく、気品ある兵科であると想像されるに至ったのか。
なぜ、一級の軍馬という金も手間もかかる必要品を備えてまで、騎兵が組織され投入されるのか。
それは単純に、対抗策のない相手ならば、そいつらを一人残らず追撃しまくって全滅させることができるからだ。
「髭なしの! こんまんまじゃ不味いぞ!」
「分かってるけどどうしようもねえんだよ! 抜刀だ!」
ロングライフルを左手に持ち、オレは剣を抜き放つ。
槍でなくとも騎兵のサーベルの刃渡りは一メートル近いし、さらには最高まで加速していれば時速四十キロは簡単に超えてる。
その上に胸甲をつけて馬に乗っているのだから、剣でどうにかなる相手ではない。
けれどなにもしないで、ただ見てることはできない。
勇気じゃない。勇気なんかじゃなく、単になにもしないことが怖いからだ。なにもせずにいることが一番怖いからだ。なにかをしなければならない。し続けなければならない。そうしなければ今にでも背中を見せて遁走してしまいそうだった。
両手に持つロングライフルと剣の二つの武器の重さが、辛うじてオレの精神が恐慌状態に陥るのを阻止している。
一方でそんなオレを見たエアメルは唖然としていた。
口をぽかんと開けて、なんじゃそりゃとでも言いたげな顔だった。
そしてすぐさま掴みかからんばかりの声で言い放ってきた。
「なっ……お、おんしは騎兵の対策しとったんじゃないんか!?」
「対策は置き忘れてきちまったんだ!! 文句は死ななかったら聞いてやる!!」
「ほんじゃ死ぬなよ髭なし!!」
「おうさ!!」
おうさとはなにさと、自分で言っていて思いはするが、そんなのはどうだっていい。
地鳴りを響かせながら迫り来る騎兵と、突きつけられた切っ先の破壊力は計り知れない。
それは間違いなく死だ。死のきらめきが地鳴りとともにやってくる。
そんな恐怖を目の当たりにした時の、弾の入っていないライフルと剣の頼りなさ。
震えたくても震えることすら出来ないような光景を目にして、オレは自分のちっぽけさを痛感する。
切っ先をオレに向け、人馬が一体となった騎兵が地面を蹴って迫ってきた。
跳んで避けるか?
いや、あの長さのサーベルは跳んでもかわせない。騎兵のサーベルはなんといったってリーチが長い。それでいて撫でるように振るだけで肉どころか骨さえも砕け、致命傷となる。
もし大ジャンプ回避戦術が見事に大成功したところで、一生分の運を使って出る結果は手足の一本がさようなら。騎兵を前にして手足のどっかがさようならした後どうなるかなんて眼に見えている。
地鳴りの音なのか、蹄の音か、はたまた心臓が馬鹿みたいに動いてる音か。
からからになった喉からは悲鳴の一つも出やしない。
どうするべきかを考えて、ぎょろついた目でオレは騎兵を見る。
ヘルメットの庇の下の、死んだ魚の目のような双眸と目が合った。
なんだよその目、とオレは思いながら、突き出されたサーベルを弾こうと剣を振りかぶる。
振りかぶったところでどうにもならないってのは、単純に考えれば分かることだ。
騎兵は本人の体重と騎馬の体重が合わさり、さらには速度がそこに加算される。
これらの質量と速度が槍やサーベルの一点に集中し、犠牲者の腕や足や胸といった部位に繰り出されるのだ。
名剣でも魔剣でもない、ただの剣がそんな一撃をまともに受けたらどうなるか、それを持ってた手はどうなるか、考えただけで歯がガチガチと鳴る。
「っ………!!」
機関銃があれば、連射できる小銃が部隊配備できれば、予定通りに事が進んでいれば。
そんな"こうであったなら〟ばかりが頭の中でふつふつと浮かび上がってきて、気付けば騎兵はもうすぐ傍にまで。
馬の息遣いさえ聞こえそうな距離で、オレは振りかぶった剣を振り下ろし―――、騎兵の影が青白い光を横っ面に喰らって吹き飛ぶのを見た。
馬の巨体ごと吹き飛ばされた騎兵は空中に投げ出されそうになったが、鐙に足がひっかかって馬と一緒に地面に激しく叩きつけられた。
振り下ろした剣が空を切り、死の恐怖からいきなり解放されたから足が急に震え始める中、周囲を見れば他の騎兵達も同様に青白い光に吹き飛ばされ、次々に薙ぎ倒されていく。
なにが起こっているんだ、とオレが前へと視線を戻すと、そこには半獣人とアイフェルたちに囲まれながら、タウリカ辺境伯邸へと目を向ける化け物の姿があった。
重厚な作りの正面で入り口、城門といっても詐称のない扉の前に、数人の人影がある。
血で汚れたカタナを片手に、タウリカ辺境伯に肩を貸しているシンと、鎧とドレスを組み合わせたような格好に剣を手にしたアティア。汚れ、あるいはくたびれ、戦い抜いてきたと言わんばかりの顔。
さらにはスクルジオの騎兵隊とまったく同じ格好をした者たちが、3人。
そして先頭に立ち、とんがり帽子と継ぎ接ぎだらけの黒く長いローブを纏っているのは、見間違えようがない、
「私の保護下にある転生者と、このタウリカ辺境領に災厄を持ち込み、まさか五体満足で帰れるとでも?」
白い肌に眼帯と、身の丈ほどの長さの杖を右手に携えた《監視者》、ルールー・オー・サームだった。
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