第49話「騎兵突撃」
なにかが口に出るよりも先に、指が動いていた。
震えた指先が引き金を引き、キュルルルルッ、と巻き上げられたホイールが回転して黄鉄鉱と擦れ合う。
火花が散り、その火花が黒色火薬に火がつき、銃身内最奥部――俗に言う機関部の炸薬に点火、炸裂する。
―――ズパーンッ!
それとほぼ同時に、冒険者達も弓矢や弩を放ち、矢弾がいっせいに化け物目掛けて殺到した。
鉛弾が蛇の顔面に命中し、その威力で顔面の形状がぐにゃりと歪み、矢が何本も胴体に突き刺さる。
弓使いたちはさらに矢を放っては次々に命中させ、弩使いたちはぎりぎりと弦を引き、オレは次弾を装填する。
リンたちも近場の石を拾ってスリングで投げつけ始めた。
たかがスリングとは思えないような速度で石が化け物にぶちあたり、ぐしゃべしゃと音を立てながら化け物の身体に石がめり込む。
二発目の装填を終え、すぐにそれをぶっぱなし、再びそれがなんの妨害もなく命中し、化け物の体からどす黒い体液が噴き出していく。
優勢だ、とオレは思っていた。
いや、思っていたかったんだ。
攻撃をし続けていることことがその証明なんだと。
じゃあ、なんで手が震えてるんだ。
歯だってガチガチ音をたてて、まったく噛み合わない。
足だって無様に震えていて、生まれたばかりの小鹿みたいだ。
なんで、どうしてと、その言葉が積もっていく。
分かってる、分かっているんだ、その言葉の答えは。
あの化け物が矢だらけになって鉛弾をぶちこまれて、なお、笑っている。
耳にこびり付くような笑い声が、まるで耳打ちされているようにはっきりと聞こえる。
ねっとりとした唇の動きがあるように湿っぽく、官能的で、しかし嫌悪感を煽る声で。
その笑い声が止まらない。止まってくれない。笑い続けてやがる―――。
「耳障り……あの《獣》潰してくる」
「親方!」
「大丈夫、槌は扱いなれてるから」
脅えて今にも後ろ歩きしかねないロバを叱咤して、アイフェルが鉄槌を片手に化け物相手に突っ込んでいく。
さらには半獣人たちがそれに続かんと鉈や剣を引き抜き、鬨の声を上げながら信じられないような速度で加速し、突撃する。
二十人にもなる連中が小柄なアイフェルの背に続いて突撃する光景は、まるで映画の一シーンのようだった。
弓使いたちや弩使いたちはそれに合わせて狙いを上に修正し、頭越しに化け物目掛けて矢を浴びせ続ける。
ぶずっ、ずぶっ、と気味の悪い音をたてながら突き刺さる矢を、化け物は少女そのものの両手でバキバキと折り、引き抜いていく。
だが引き抜くよりもさきに矢はさらに突き刺さり、その黒い体は見る見るうちに矢羽根の白で彩られていった。
「あはっ、よい戦意ですねぇ……では此方の駒も動かしちゃいますねぇ?」
笑いながら化け物の両翼から騎兵達が早駆けし、徐々に加速していく。
オレは手早く後方の支援隊となっている弓使い連中を半分に分け、両翼それぞれに射撃するように命令し、三発目をぶっぱなす。
馬を狙ったはずの弾はどんな幸運が働いたのか、乗馬している騎兵の首に当たったのか、頭が千切れ飛んだ。
なにかを思っている暇などなく、オレは震える手で次弾を装填しようとし、それが間に合わないと悟った。
次弾を装填する手順を終える頃には、騎兵連中はアイフェルと半獣人たちの突撃を両翼から押し潰すように破砕する。
距離は遠い。剣は届かず、オレの足はそこに駆け至るに及ばない。
しかし、なにもできないわけじゃない。
手足が震えていたって、怖くて仕方がないからって、なにもできないわけじゃない。
オレには出来ることがある。やれることがある。手段が残されている。
ならば、それは出来ることでも、やれることでも、ない。
やるべきこと、しなければならないこと、やらねばならないことだ。
化け物と対峙しておいて、こんなことをしなければならないのかという、甘えは捨てろ。
恐怖で言葉が押し潰されそうでも。
手足が無様に震えていて、事前の考えと違うことに不安があっても。
オレには、出来ることがまだある―――。
「親方ぁ! 両翼から騎兵だ!!」
ぎょろり、と化け物の目がこちらに向いた。
ひっ、と喉から情けない短い悲鳴があがった気がした。
それでも、オレの声はたしかに届いていた。
「にゃーたちの出番だにゃ!?」
「にゃーに任せる!」
「にゃーに任されたにゃ!!」
突撃するアイフェルをそのままに、半獣人たちは左右に広がり両翼の騎兵を向かえ打つ。
猫耳猫尻尾の一団は、手馴れた様子で周囲の味方に錘である石がぶつからないよう、縄同士が絡まらないよう、腰から下げていたボーラを投擲した。
そしてそれが命中したのか、はたまた飛んできた石に馬が驚いたのか、前衛の騎兵のほとんどが転倒し、騎乗していた騎士は交通事故にあった人間のように地面に投げ出され、転がっていった。
よし! と勢いづいたのも束の間。
前衛の馬や騎士たちを飛び越え、ある者は踏み潰しながら、後続の騎兵が加速する。
ある映画の騎兵突撃のシーンのように、二メートル近い槍の切っ先を向け、地面すれすれを跳ぶが如く。
ホイールを巻き、装填を終えたライフルを構え、騎兵を打ち抜こうとした時にはもう遅かった。
最大にまで加速しきった十騎の騎兵達は、その槍の切っ先を半獣人に突き刺し、馬は体当たりで半獣人たちを薙ぎ倒した。
何人かの半獣人がまるで喧嘩するときの猫のような素早さで、馬上の騎士に摑みかかって手にした鉈を思い切り振り下ろしている。
それでも、それが成功したのは半分にも満たない。
他に飛び掛った半獣人は振り下ろされて地面に転がり、ある者は後ろを走る騎馬に轢かれてうずくまったまま動かなくなった。
地面に転がったまま動かなくなった中にリンの姿がないか、ただそれだけに意識が取られる。
けれど、リンの姿を確認するよりも早く、オレの意識は戦いに引き戻された。
「おいおい、髭のないドワーフよ。こっからどうするさね!?」
エアメルの声と、冒険者連中が唾を飲む音が聞こえた。
冒険者連中たちは後詰として、横に薄く引き伸ばされた支援隊と一緒になっている。
半獣人とロバとはいえ騎乗したアイフェルの突撃についていけるほど、人間は足が速くないからだ。
そして、その薄く引き延びた線のように布陣しているオレたち目掛けて、半獣人たちの一団を破砕した騎兵達が突撃してきていた。
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