第46話「ひたひたと」
歩く兵と書いて、歩兵と読む通り、戦争の基本となる兵科はとにかく歩く。
なぜ走らないのかと言われれば、軍として移動する場合、移動距離は軽くキロメートルに達し、さらには桁がいくつか違ってくるからだ。そんな距離を走って移動すれば、当然戦うことなんて出来ないほどに疲弊し、強行軍をさせられた兵の士気は下がる。士気が下がれば脱走はするわ、現地でストレス発散はするわで、ろくなことがない。
エアメルが言っていたことは、それを現場の目線から見ての発言だ。到着しても戦えなければ意味がない。
冒険者っていうのもようは足を使って冒険したり、戦ったり、情報を持ち帰ったり、その他なんだかんだをする仕事だ。現地に到着したところで、肝心の仕事ができないのでは意味が無いのだ。
エアメルはオレにそれを教えてくれた。順序を間違えるな、というところか。
成功を焦るあまりに、初手で成功条件を潰すような真似をするな、と。
早さで言えばジョギングをするようなスピードで、オレを先頭に冒険者一同が道を行く。
ロングライフルには弾を装填済みで、後ろの冒険者たちもクロスボウの弦を引いていつでも矢が装填できるようにしている。到着し次第、戦闘に参加できる臨戦態勢だ。
そんな状態で踏みしめられた道を進んでいると、後ろの方から変なざわめきが聞こえた。
なんだよ衛兵が遅れて走ってきたのか、と思っていたのだが、一向に声を掛けられない。
先頭にいるオレに衛兵が声を掛けないのもおかしいと思って振り向くと、すぐそこにロバの顔があった。
ロバである。ウマみたいに四足で歩き、どことなくとぼけてる感じの顔しているロバだ。それが振り向いたすぐそこに居て、しかもタイミングよく「ヒーホー」と警笛みたいな声で鳴きやがった。
「いぃ?!」
思わず反対方向に体がよろめき、また道のど真ん中で転びそうになった。
咄嗟に足を外側に踏み出してなんとかバランスをとったので、そうはならなかったが。
いやいや、おいおい、オレは足を止めずにロバに乗る小さな影に向かって唇を突き出した。
「……なに変な声出して、変な表情してるの、コウ」
「振り向いたらロバが鳴きやがってさらにはなぜか親方がいるからなんだが」
「『彷徨い猫の囁き亭』の前で《澱み》がどうのこうの、って言ってた」
「ああ、だから着いてきたのか……その戦槌持って」
「うん」
ロバに跨るアイフェルが、いつも蹄鉄屋の壁に飾ってあったそれを掲げる。
ドワーフらしいと言えばらしい、アイフェルの身の丈を遙かに超える両手槌。
〝そこの戦槌〟と言われ続けた、アイフェルの義父の一族に代々受け継がれてきたバカでかいハンマーだ。
ロバに騎乗している状態でそれを片手に持っていると、戦槌ではなく槍かなにかと間違えて設計してしまったようにも見える。
一見しただけで「殴られたら間違いなく文字通りにミンチになる」と分かるだけの大きさと、重々しさがある。
そんなものを片手にしているアイフェルが上に乗っているからか、ロバくんの表情は悲しげだった。
「なにかあったらわたしも手を貸す」
「あんがと、親方。マジでヤバそうなら逃げて良いからさ」
「コウの方が先に逃げ出しそう」
「逃げたいけど逃げるわけにもいかないんだよ、今回は。……本当にありがとな、親方」
「お礼は後で良い」
「さいですか」
思わず顔がにやける。
アイフェルを加えた冒険者たちの一団はそのままタウリカ辺境伯邸へと駆け上がる。
オレたちの目に入ったのは、スクルジオの騎兵隊と距離をとってにらみ合うエアメルたちと、
磔にされて死んでいる、タウリカ辺境伯邸の執事の姿だった。
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