第45話「急がば落ち着け」
背後からエアメルがなにかを怒鳴っているのが聞こえる。
それがどう聞いても罵倒だってことは分かりきっているから、オレは走る。
通りを駆け抜け、衛兵達を無視して突っ走り、門を潜ってさらに走る。
馬車で連れて行かれた時は、あんなに短いと思っていた道なのに。
オレの小さなこの身体で走って突っ走るには、どうしてこんなに遠く感じるのか。
そうこうしている内に、心配したリンやらエアメルたちに追いつかれる始末だ。
「おいおい、髭のないドワーフよ。そんなに急いじまったら、いざって時に戦えんくなるじゃろが」
「ま、間に合わなくなるよりは、マシだろうよ……」
「間に合ってもおんしが息切れして戦力にならんのでは意味がなかろうがと言うておるんじゃ。それに―――」
「おぶっ!?」
エアメルがなにか言うよりも早く、オレはなにかに躓いてすっ転んだ。
べちんっ、とヘタクソなヘッドスライディングするような格好だから当然痛い。
思い切りぶつけたせいで肺から空気がたたき出されて変な声は出るし、服は汚れるしで最悪だった。
「……いくら急いだところで、もうなにかが始まっておるんなら間に合わんじゃろうが」
立ち上がり、汚れた服を何度も叩いて汚れを払いながら、オレはエアメルを睨みつける。
さっきのはオレがなにかに躓いたわけじゃないと、オレはすぐに気付いた。道には躓くようなものがない。
エアメルがオレの足を蹴っ飛ばして、わざと転ばせたのだ。
その意味が分からないわけじゃない。
急いだところで事態が安定するわけでもなく、急げば急ぐほどオレが疲れて戦えなくなる上に、役立たずになると。
ようするに、もっと冷静になって考えろ、ということなんだろうが。
「でも、それでも急げば間に合うかもしれないだろ! 間に合ったら、間に合ったで、その時に考えれば……」
「おんしはちーっと落ち着け。間に合っても戦えんのでは話にならんのじゃ。ご自慢の樽や火薬だって置いてきちまっとる。戦えんが間に合ったというのは、間に合わなかったよりなお悪いんじゃぞ?」
「それはオレだって……」
「んにゃ。先生が分かってるならにゃーたちが先に行ってくるにゃ」
エアメルの後ろからリンがひょこっと出てくる。
いや、ただでさえ小さいエアメルの後ろにどうやって隠れてたんだよと思ったが、ツッコミしている暇はない。
呼吸を整えながら、オレは冷静に考え直す。
たしかにエアメルの言うことも一理ある。
もし《澱み》とやらがヤバイもので、それがスクルジオと手を組んでいたら。
組んでいなくとも、それが話し合いなど通じない存在だとしたら。
現場に到着して戦えないのでは意味がない。
それはただ、足早に死にに行っているのと同じだ。
全力疾走をする必要がある戦術は、強行軍という。
これを達成できる歩兵は、それこそスパルタみたいな筋肉達磨どもじゃなければ出来ない。
忍耐力とか根性で何とかできるにしたって、それは急場しのぎでしかないから、頼るわけにはいかない。
オレたちみたいな、金で集めた冒険者たちの集まりなら、なおさらだ。
土で汚れた手で汗を拭って、オレはタウリカ辺境伯邸までの距離とそこに辿り着くまでの時間を考える。
そこまで考えて、オレはリンとエアメルを見つめてながら、唇を噛む。
オレはどうしたってそこまで早く走れないし、スタミナもないのだと。
それを痛いほど実感しながら、オレは言った。
「エアメルとリンたちは先行してくれ。他の連中とオレは、……無理しないで後に着いてく」
「了解じゃ。こっちも無理せんようにするわい。……《澱み》と戦うっちゅうことになったら、おんしは逃げてもええからな?」
「ああ、考えといてやるよ」
「その顔つきと言い方は、そんなんまったく考えちょらんっちゅうてるがの」
「うるせえよ。ほら、さっさと先に行け。すぐ追いつく」
「ほほほっ。そんじゃお先に失礼するかの」
「にゃー!」
言うが早いか、エアメルを先頭にして半獣人たちは走り去っていく。
その中にリンの背中を見つけて、オレはきりきりと胃の辺りが傷むのを感じ、なけなしの精神力を総動員してそれが顔に出るのを阻止する。
だめだ、今そんな不安そうな顔をしたら、絶対にだめだと本能が告げている。
深呼吸をして、汗を拭って、さらに深呼吸。
ゆっくりと後ろを振り返れば、エアメルが掻き集めた冒険者連中。
オレはそんな連中に向かって、エアメルに話すように叫ぶ
「よっし、お前ら全員オレについて来い! 金づるが危ないかもしれねえからな!」
今はただ、冒険者たちを取り纏めて、タウリカ辺境伯邸に向かうだけだ。
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