第43話「さらに教え子猫娘を待ちながら」
最初に現れたのはやはりエアメルで、それから続々と冒険者たちが顔を現した。
背中にクロスボウを担いだ黄色と黒のツートンカラーの装備をした射手や、黒塗りの盾を担いだ騎士風の男。槍を支えにして朝からジョッキを煽っている女冒険者に、その隣で一緒になってジョッキを煽っている髭もじゃヴァイキング蛮族風の大男などなど。
合計十数名の冒険者、勇ましい民間徴募の兵士達だ。
言っちゃ悪いかもしれないが、所謂アウトサイダーという奴らがこの冒険者たちなのかもしれない。冒険者組合という仕組みがある国ならば、どこにでも行って働くことが出来るし、その場その場で生活していける。
組合は街の中にはあるが、組合には組合のコミニティがあり、冒険者同士のネットワークがある。
その中には冒険者同士で相互援助やらなにやらを契約したパーティやクランと呼ばれる集まりがあったりもする。まあ、ぶっちゃけ傭兵というシステムを制御しようとしたらこんな感じになるんだろうか、という感じである
とはいっても、このベルツァールや他周辺諸国では傭兵業は現役だ。
傭兵よりも審査や基準などがある分、冒険者の方がまだ話が通じる連中なのは間違いない。
―――そんな連中でも朝から、しかも仕事前に酒飲んでるんだから世界ってのは広いんだろうな。
「欠員なしってのはなかなかすごいな……正直、ドタキャンされるもんかと」
「どたなんとかってのは知らんが、領主が金払うって言っとるからのう。おまけに信用するに値するタウリカの辺境伯じゃて」
「なるほど。オレに対しての信用じゃなくて財布の紐握ってる領主に対してか。それなら納得だわ」
「ほうほう。髭のないドワーフは己に信用がないと言われても平気とな?」
「あー……平気ってわけじゃないけど、でも根無し草に信用があるのも変だろ? それならまだ金って利に対して、って方が理に適ってる」
「ほっほっほ。髭のないドワーフは髭がないだけじゃなく、理なんて言葉も使いよるんじゃな」
「髭がないだけでファロイドと間違われる童顔なのにドワーフもクソもないだろ」
「たしかにちぃと背の高いファロイドにも見えるの。おべべ着せて化粧しつらえれば女子でも通用するじゃろ」
「え、マジ? マジかぁ……」
そんなに顔面偏差値高かったのかとあまり鏡なんぞ見ないものだから、オレは気恥ずかしくなってしまった。が、エアメルを含めた冒険者連中がにやにやと気味悪い笑みを浮かべ始め、背筋に冷たいものを感じたオレは反射的に叫んだ。
「いやしねえよ!? しねえからな女装とか!! お前ら今こいつチョロいなって思ってただろ!!」
「なんじゃい。いい罰ゲームになると思っとったっちゅうに」
「そんなもん罰ゲームにされてたまるか!!」
がっはっは、と一同が大爆笑する中、オレはまったくと呟きながら半獣人たちを待った。
リンたち半獣人は森からこっちに移動する必要があるから、少しばかり時間が掛かるのは想定済みだ。だからオレたちは『彷徨い猫の囁き亭』の前で座ったり立ちんぼだったりしながら、とりあえず軽く飲んだ。
ほとんど葡萄ジュースに近い葡萄酒を軽くひっかけ、各自食べ過ぎない程度にちびっと食った。
負傷したときに腹の中にぎっちり飯とか詰まってると悲惨だもんなぁ、とぼんやり思いながら、オレも干し肉を齧る。
剣、弓、クロスボウに槍や盾、それぞれおの武具を傍らにおいて、暢気に軽食を楽しむ冒険者一同。これからこの面子で戦いに行くのだと、オレはぼんやりとしながら彼ら、彼女らを眺める。この中から死人が出たとき、そしてその時にオレが生き残っていたら、どうすればいいのだろうかと思った。
その死の責任はきっとオレにあるのだろうし、それを含めての契約であるはずだ。
契約したからには、報酬を支払う義務と、そして責任があるとオレは思っている。
オレが夢見ている―――というよりも、妄想している軍の指揮官というのは、こうした契約による主従とは違う。もっと直接的で、もっと大規模に、敵も味方も殺すのが、軍の指揮官というやつだ。
こんな調子でそんな大層な職につけるのだろうかと、オレは考える。
でも考えたところで始まらないというのは、何度も考えたとおりだ。
これから始まることに、全力を尽くして当たっていく。
その結果次第で、道が開けるかどうか、決まるかもしれない。
微かな緊張を感じながらも、オレは平静を装って干し肉を口に放り込む。
―――放り込もうとして、手元が狂って干し肉は口の端にぶちあたり、すべての束縛から解き放たれた干し肉は自然の摂理であるところの偉大な重力に従って落下し、泥だらけの地面に落着した。