第3話「異世界ですがここで魔法使いは早くも終了です」
少なくともこの光景とオレや彼女の服装は、ここが現代の地球であることを明確に否定している。
「あ、あの、すいませんけど……魔法使い、ですか?」
「え? あぁ、はい。一応、高等女魔法使いの端くれの、ルールー・オー・サームと呼ばれてますが」
「ああ、なるほど……?」
「端くれなのでそこまですごいってわけではないと思いますが……。一応、この地では監視者という役職持ちですし」
なぜかびくびくとしながらルールーは言う。
彼女の言葉でオレは確信した。ここは、オレが生まれた世界じゃない。そして、魔法がある世界なんだと。
その確信を得た瞬間、オレの心の中で期待と希望が首をもたげる。ここが異世界なのだとしたら、オレが異世界に転移したのなら、なにかしらの特典が付いているのではないかと。
そう、チートだ。チート能力がオレにもあるんじゃないかと、オレは思った。それなら自分が死とも釣り合いが取れるじゃないかと。
「オレも、魔法とか使えますか」
「あなたが、ですか? それは……うーん……」
首を傾げながらルールーはすくっと立ち上がり、オレの頬っぺたを両手で包み込む。
ひんやりと冷たい両手が頬に触れた瞬間に、思わず体がビクッっとしてしまって恥ずかしかったが、ルールーは気にせずにまじまじとオレを観察する。
ルールーの右目は黒い眼帯で覆われているけれど、左目は綺麗な紫色をしている。薄い唇はほのかに桜色をしていて、額にかかる吐息がくすぐったい。
「あ、あの―――」
「あなたはドワーフですね。ドワーフは、鉄と火と炉を友とする者たちのはずですが」
「それでも魔法が使えたらなぁ……と」
「残念ですが」
と、彼女は酷く申し訳なさそうな顔をして頬から手を離し、杖を持ち直す。
「現役の魔法使いからのアドバイスとしては、魔法使いを志望するのは止めておいた方が良いでしょう。ドワーフはそもそも魔法は苦手な種族ですから」
幼い少年の夢を、砂場に作った城を踏み潰すような行為をしたのを詫びるように、ルールーが頭を下げる。
「ドワーフはそもそも、土より出でた妖精が〝澱み〟により欲を得た存在。それが、あなた方です。人が生み出した魔法は、あなた方には使いづらいでしょう」
「魔力も、ないんですか?」
「適した魔力とは言い難いです。申し訳ありません」
「いえ……、あなたが謝るようなことじゃないですよ……オレの思い違いだったってだけで」
茫然自失、といった感じだ。
こちとら一文無しでいきなりここで目が覚めて、あなたは魔法使いになれないとか、ドワーフだとか、いろいろ言われて戸惑うことしか出来ないただの日本人だ。
経歴だって褒められたもんじゃない。自分のスキルだけでやっていける自身なんか、これっぽっちもない。生きていける気がしない。
目の前に一瞬だけ広がっていた異世界物語の図案が、無慈悲にも取り上げられたような気分だった。
夢を描いたり抱いたりするのはいつだって勝手だが、崩れる時もいつだって勝手に崩れるものらしい。
「……クソが」
吐き捨てるように呟いた言葉は、自分が思ったよりも小さく、ぼそっと口から漏れ出して消えていった。