第40話「戦の前には杯を掲げて」
そういえば書き忘れていたが、アティアは青空教室卒業後に屋敷で帝王学やらなにやらのお勉強に入った。
貴族の娘とはいうものの、何分あの辺境伯の娘であるので武芸もこってり仕込まれたらしく、実質的に姫騎士と言っても過言ではない。他にも領地経営のあれこれやら教えてもらっているのだとシンからちょくちょく聞いてはいたが、根っこの性格はそう変わらないようだ。
屋敷やその敷地内であれこれやっているだけだというのに、シンからはお嬢様があれをやった、これをやったと、頭が痛くなりそうな報告がオレには届く。そんな内容なのにどこか面白おかしく、それでいて楽しげに思えるのは、シンが抱いているアティアへの思い故だろうか。
だというのに、アティアはシンの恋心を認識してないっぽいのが先生としちゃ悲しいが。
「先生はあのオーロシオ子爵家を相手にするというのに、落ち着いておるな」
「世の中ってのはなるようにしかならないもんなんだ。結果がどうあれオレはオレで死なないように精一杯頑張るし、頑張った結果、特許やらが奪われたとしてもそれはそれでしかたないと思ってるからな。死ななきゃ安い、ってな。生きてりゃどうなってなるかもしれねえが、死ねばそこで終わりだ」
「先生の死生観は達観しているんだか、単にけち臭いのか、よく分からぬ」
「けち臭いってなんだ! けちって! 人がまともなこと言ってるのにけちって!?」
「んむ。しかし先生の大袈裟な反応、余は好きだぞ」
「………そういうところだぞアティア!?」
純粋で文句なしにかわいい笑顔で「好きだぞ」などと言われたときの心臓の荒ぶり。
今、間違いなくマンガだったら「とくん」とかって擬音が挟まってそうな感じだった。
まったくもう、教え子の癖に生意気だとぶつくさ言いながら、オレはぼっこぼこになったフライパンを回収し、アティアのところに戻る。
「お前も領主の娘なんだから、もうちょっとガード固くしとけよ。シンが可哀想だろうが」
「んむ? どうしてそこでシンの名前がでてくるのだ? シンになにか関係があったか?」
「………可哀想だなぁ、シンの奴」
小さい頃からあんなにアティア好き好きオーラだして、付きっ切りだったのになー、と思いながら、オレとアティアはそのままそれぞれの家へと帰ることにした。
アティアがオレとスクルジオの決闘の介添人をすることになった、という話もあったが、その時のオレはあまり真剣にその話を受け止めてはいなかったのだった。
―――
夕方にはまた『彷徨い猫の囁き亭』へとオレは足を運ぶ。
エアメルは酔っ払って喧嘩騒ぎに発展したことを謝るでもなく、むしろ当然のことだと言い訳してきた。が、まあ酔っ払いとは古今東西そのような者である。
種族は違っても同一の見解を持っているはずだとオレは言い返してやり、集まった雇われ冒険者たちの笑いを誘った。そういう気軽な仲になれたことに感謝すべきかもしれなかった。曲がりなりにも命を託すのだから、笑いあって肩を組み合う仲くらいでも悪くはない。
実際、現実の軍隊であっても軍の編成はその地域ごとに分けられていることが多い。そうでない場合というのは、なにかしらの特別編成の軍に限られる。空挺とか、特殊部隊とか。
幸いにしてオレたちはそこまで特別ではないので、能力的にはとかくとしても、団結力としての友情がいるというわけだ。
「で、エアメルとかに報告だが、俺たちの戦力が増えた。半獣人のリンを中心に―――」
「エルフとやりあった半獣人の氏族が味方にくるとはのう。こいつは重畳じゃな」
「………やっぱりあいつらやべーの?」
「エルフとやりあってられる氏族じゃからの」
「こっちの世界のエルフって」
そうじゃそうじゃ、と長机を囲った雇われとエアメルが首肯する。
あのエルフである。一人いれば三十人くらいの精鋭も雑魚のようになぎ払い、マジの雑魚なら弓矢さえあれば百人以上殺し尽くせる奴らである。
そんなエルフと絶賛生活圏をかけての紛争中で、対等にやりあっているのだから、戦闘力で言ったら頭がおかしいレベルと言う他ない。
「そんでまあ、戦力増強はええがな。半獣人は同族意外と連携戦術なんてほぼ期待できんからの。そこはお前さんが考えるんじゃ。髭のないドワーフよ」
「でっすよねー?」
なるほど、こうやって指揮官の心労は急激に増加していくのだなとオレは実感する。
しかし、オレとしては戦っている半獣人のイメージが頭に浮かびづらかったため、エアメルも含めて周囲の冒険者たちに視線を巡らせ、質問してみた。
「それで、半獣人たちと共同戦線をとることになったわけだけど、誰かオレに半獣人たちがどんな戦い方をするか分かり易く教えてくれない?」
まだ日があるというのにエールを注文し始めた連中は、またぞろエアメルが答えるのだろうと思っていたらしく、口を噤んでいる。
しかし肝心のエアメルはと言えば目の前に運ばれてきたエールの大ジョッキを両手で抱えて飲み始めていたので、これはもう役に立たなかった。食前酒というにはあまりにもエールの量が多すぎるだろバカ野郎、と胸の内で呟きながら、オレは冒険者の一人がエール片手に紡いだ言葉に耳を傾ける。
「あいつらはまぁ……すばしっこいよな?」
「そうそう、ありゃ獣の類だから足がはえーんだこれが」
「手加減って言葉を知らねえから力も強い」
「考える前に行動してるフシがあっからな、あいつら」
「前に使ってたナイフを売るんで銭勘定教えて、十以上の計算教えてたら、見えないものの数をどうこうして意味があるのか、ってめっちゃキョトンとされたことあるわ」
「それな。めっちゃかわいい。嫁に欲しいよな、半獣人はあっちも激しいらしいぜ」
「酒で溺死してえのかこの変態」
以上、半ば酔っ払いとなった連中の意見である。
どいつもこいつもエール片手にがやがやし始め、食前酒というよりは本格的に飲んでいる奴もいる。エアメルは大ジョッキのエールに舌鼓を打って、追加で注文した麦パンをスープに浸し始めている。
こうなると他の奴らも飯を注文し始め、あれやこれやと酔いの勢いで飯を注文し始めるのである。何人かが結構値が張る動物の肉を注文してはしゃいでいたが、明日財布の中身を見てどんな顔するかが楽しみだ。自分の悪行で自分を呪うがいい。その様子を眺めて笑ってやろう。
「全員一致の考えとしては、下手な冒険者より余裕で強いってことでオケイ?」
「うんむ。そもそも前提が間違っとるんじゃ、髭のないドワーフよ。半獣人やリンドブルム公国の竜人なんぞは、人の形はしちょるがエルフと同じように人とは違うのじゃよ」
「なるほどな。騎兵とも互角に戦えそうなくらいにゃ強いのか?」
「武器にもよるが、まあどっこいってところじゃな。力は強いが、騎兵にゃ拳銃も槍もある。それに半獣人は軽装を好むもんだから、鎧相手じゃちと脆いじゃろう」
「扱い的には軽騎兵みたいなもんだな。重装の竜騎兵にぶつけるもんじゃねーや」
「そうさな。―――なんでい、髭のないドワーフは酒も飲まんのか?」
「酔っ払いになって考える時間を減らしたくねえんだよ!」
ぎゃはははは、とオレのツッコミに対して爆笑する一同。
死ぬかもしれない上に、貴族の顔に泥ぶん投げるような出来事が控えているっていうのに、気楽なもんである。
もしくは―――、とオレは雇われてくれた奴らの顔を順々に眺めながら思った。
そんな出来事が控えているからこそ、笑っているのかもしれない。
悪くすれば死という最悪にして人生の終着駅が、突然あっちからやって来るのだし。
とあるジョーク大好き御爺さん曰く、
『ユーモアというのは、いってみれば恐怖に対する生理的な反応なんだと思う』
とある。
実際、オレにもそうかもしれないなと思える体験がいくつもある。
こっちの世界に転生する切っ掛けになった、あの事故だって、今にして思えばマヌケすぎて笑えてくる。
それは仕方がないことなのだ。
恐怖を克服しようとする手段の一つとして、恐怖を丸め込んで笑い話にしてしまうのだから。
大事なのは、恐怖を克服しようとすること。
忘れようとすることではなく、受け止め、克服する。
そのプロセスを、こいつらはこいつらなりに踏んでいるのかもしれない。
それがどんだけ馬鹿っぽくとも、オレはそれを否定したり嘲るべきじゃないだろう。
「つーわけで飲めやドワーフ、酒を飲まぬドワーフなんぞドワーフでもなんでもないんじゃからのう」
ぐいぐいっ、と隣に座るエアメルがジョッキをオレの顔面に押し付けながら上機嫌に言った。
オレがブチギレて取っ組み合いの喧嘩になるまで、そこまで時間はかからなかった。
そうして、オレたちが酒を飲み交わした数日後。
朝靄の中を、スクルジオ率いる竜騎兵たちが蹄の音を鳴らしながら、タウリカへ入場してきたのだった。
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