第39話「卒業生(お嬢様)」
パァンッ! と銃声が響き、黒色火薬特有の白い煙が立ち込める。
カァンッ! と金属の板かなにかが、思い切りぶったたかれたような音が鳴り響く。
誰も通らないような町の外れで、オレは木の枝にぶら下げたフライパンを的にして、一人で練習をしていた。
収穫季というだけあり、田畑は農民達が忙しそうに収穫に従事していて、見事に実ったものを狙って鳥達が集まる。その集まった鳥達を散らす目的もあって、こうして一人でもくもくと装填しては発砲し、金属音をとどろかせているのだ。
とはいえ、頼まれたのではなく、渋い顔されるだろうから適当に理由付けして誤魔化しただけに過ぎないのだが。
「………命中精度は良いんだがなぁ」
べこべこになったフライパンを眺めつつ、オレは銃身の掃除を始める。こうして定期的に銃身を掃除しないと、煤やらなにやらでライフリングが詰まって精度が悪化するのだ。おまけにそんな状態で撃ち続ければ銃身はどんどん磨耗していって、最終的に発砲時の圧力に耐えかね裂けてしまう。
もちろん、そこに至るまで他にも壊れる要因がいくらでもあるのだが、そんなのいちいち考えるのが面倒だ。道具というものはきっちりと扱えば、その扱いに報いてくれる。少なくともオレはそういう宗教を信じているし、そのための細々とした作業に喜びを見出すタイプだ。
戦いを前にして、少しだけ頭が死ぬ準備とやらをし始めているのか、最近妙にタウリカに来てからのことを思い出す。
またなにもできない人生になるのかと、冷や汗を掻いたこと。
ルールーとアイフェルという二人の女性のお陰で、なんとか仕事にありつけたこと。
それで青空教室なんかをやって、辺境伯の娘であるアティアと、その御付きのシンに出会ったこと。
蹄鉄屋と教師の二足わらじをしながら、休日は森やら山やらにも行って狩猟やらをしたこと。
うん、なかなか楽しかった。
インターネットも電気もなくて、電波で情報が世界を巡ってもいないのに、それでも、とても満足して楽しめた。もともと望みもなくこの世界に転生し、ただあるがまま受け入れ、なんとかやってきただけなのだ。
考えてもみれば、気負う必要などない。
ただ、この試みが失敗すれば、手に入れたものを失い、最悪の場合は死ぬ。
それが嫌なのであれば、戦い、勝利するしかないのだ。
この手に握られている武力と、頭の中にある知恵を使って。
「しっかし、オレがもう少し強ければなぁ」
「うむうむ。たしかに先生がもう少し強ければ、余の心配も少しは減るものだな」
「だよなぁ……オレって心配ばっかりかけてて、役に立ってねえもんな」
「何を言うのだ。先生はこれから頑張って頑張って、余のタウリカに尽くしてもらわねば!」
「………って、おい。アティア、お前いつから居た」
独り言にやたらでかい返答が投げつけられ、辟易としながらオレは振り返って元生徒を見た。
秋風になぶられる黒髪は腰まで伸び、それだというのに見事に手入れされているためか枝毛もなく艶やかだ。健康的にうっすら日焼けした肌は張りがあり、とても柔らかくぷにっとしていそうである。背丈だけはあまり伸びが良くなかったのか、ドワーフであるオレよりもやや小さいが、相変わらず豊満な胸元は自己主張が激しいったらありゃしない。
文字通り、弾けるような溌剌とした笑顔で、辺境伯の娘、アティア・アウルウム・ウーヌス・ゲンツェンはそこに立っていた。
「ふふん! 先生がさっきドーン! とした辺りからだ!」
「そうかそうか。んでなんだその格好、領主の娘がする格好じゃないだろ」
「うむ? そうか?」
だってお前それはないぞ、とオレは苦笑する。
アティアの着ている服は華麗なドレスでも、専用特注の戦装束でもなかった。
それは単なる服であって、色も染めてなければ装飾も最低限の、農民とあまり大差ない服だった。
「収穫季だからな! 余も民の手技の一つや二つは覚えておくべきだと思ったのだ!」
「さいですか。でもそれきっと違うからな。捕らえ方がちょっと間違ってると思うぞ」
「………そうなのか?」
「知らんわ」
むう、と唸りながら首を捻る巨乳娘に、オレはほっこりしながらライフルを抱える。
「庶民の手技を覚えたいってなら、レンガ積みとか、錠前技師とか、気楽にやれるのにしとけって。ようするに専門技能だ。それだけで食い扶持が稼げる技術を学べってことだ。農作業は片手間じゃ絶対できない。それでもやるんならお前の屋敷の庭でも使って家庭菜園でも始めたらどうだ。それくらいの量ならなんとかなるだろ」
「ふむ、庭か。それくらいならば余とシンであればなんとかなろうな」
豊かな胸を張ればそのたわわな膨らみが揺れるも、オレはそれをスルーして銃身の加熱具合を確かめる。
銃口内の汚れもかなりシビアな問題だが、銃身の熱問題もなかなかに奥が深い。時間があれば銃身に適した金属材を探してみたいものだ。ボロ布越しに加熱した銃身に触れ、なかなか温まっているのを確認する。これくらいならまだ精度に問題はなさそうだ。
「ああ、それとなアティア。お前の行動力は昔からずば抜けてて評価もしてるが、あんまり軽々しく身分区分を乗り越えるんじゃないぞ」
「む? 身分区分とな?」
「身分区分だ。教えなかったか? 祈る人、戦う人、働く人の三つだ。大雑把な区分だが、間違っちゃいない」
「しかし、困っている人がいれば助けるというのが善人ではないか。手助けをしてはならぬと言うのか」
「中途半端に手伝うのが一番ありがたくないんだ。それに貴族の娘が農民の畑で土いじりだ。やるなら自分のとこの庭にしとけ」
「うぅーむ……だめだったか?」
「だめじゃないけど一般的じゃないな。シンと相談は?」
「う……し、しておらぬ……」
「じゃあシンと要相談だ。それで許可が出たらやっていいってことだ」
「むぅ……なんだか力関係がおかしくなってはおらんか?」
「いんや、昔と変わってない」
「そうか?」
「そうだぞ?」
むう、と納得しかねるように首を傾げる我が教え子。
組んだ腕の上にゆっさりとたわわなものが、柔らかに乗っかっている。
一瞬だけ同じ教え子のシンがとても羨ましくなったが、さすがに考え直した。
いやいや、だめだろ教え子に欲情とか。
ボロ布をポケットに突っ込み、オレはアティアを置いて的の具合を確かめに行く。
「……クソエイム乙、ってレベルは卒業したか」
中心をボコボコにされて、もうまともに使えそうにないフライパンを片手に、オレは練習を切り上げた。
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