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第38話「朝飯と寝起きの魔法使い」

 アイフェルから還り石を貰い、昼飯時までそこで樽砲をきっちり磨いて整えた後、オレは冒険者の店『彷徨い猫の囁き亭』へ向かった。

 そこでオレは当初の予定通りに悩み考えて胃袋がキリキリ痛みながら捻り出した作戦を説明した―――と、思う。

 思う、と曖昧な表現になってしまったのには理由がある。


 作戦会議の後に冒険者たち主催の酒飲みに強引に誘われ、朝まで飲みまくって歌いまくっての馬鹿騒ぎをしたからほとんど覚えていないのだ。


 これまで張りに張っていたテンションが酒と酔っ払いどもの雰囲気に飲まれてぷつんと切れ、馬鹿笑い馬鹿騒ぎに根っこまで染まってしまったのも一因だろう。

 記憶しているのは最初に飲んでいた安いワインやエールの次に、地酒が持ち出されてドワーフならばとがばがば飲まされたあたりだろうか。

 たしか、四から十二杯くらいは飲んだ気がする。正直覚えてない。


 前世だったら間違いなく二日酔い確定コースだったのだろうが、幸いにしてドワーフという奴らはアルコールに対してかなり強いし分解速度も速いらしい。というか下手すると水よりもアルコール関係の飲料の方が馴染み深いくらいの種族らしく、逆に人間と同じペースの飲酒をするオレは珍しいのだと。そして珍しいついでだから飲め飲め飲め飲めそれそれ一気一気、気付けばオレの前には酒の入ったジョッキがある。酔っ払いはどの世界でも同じだ。

 さて、むしろいつもより調子の良い朝を向かえ、オレはいつものように簡単な朝飯を作り、ルールーを起こして洗濯物をまとめる。

 昨日は食材を買えなかったので保存していた食材でなんとか間に合わせた。小麦より安かったのでとっておいたライ麦を適当にひき潰し、キャベツの使える部分を切って、湯を沸かして干し肉と一緒にそれを煮る。


 肉体労働者であればここにバターをぶち込むのだろうが、ルールーにそれをやるときっと一年で体重が確実に増えるのでやめておく。あのスレンダー体系を崩してほしくはない。

 とはいえこれだけだと味気ないので、山羊のチーズを切ってライ麦パンの上に塗りたくってみた。それでもなにか物足りないし味気なさそうだったので、森番のエルフから貰ったバジルソースっぽいものをこれまた塗りたくる。

 ああ、なにはともあれ、香辛料は偉大なり。


 インドのような植民地が出来たらきっと食はもっと豊かになるのだろうなと、禄でもないことが頭に浮かぶ。

 実際、スパイスなどといった香辛料などの供給を考えると、確実に温暖な方面への冒険と植民地化が避けられないのだが。



「ぅぅぅ………おはようごじゃいましゅ……」


「おはよルールー。飯適当に作ったから食って」


「ぁーぃ……」



 寝惚け眼で椅子に座って、そのまま机につっぷす魔法使いを無視しつつ、オレは適当料理を皿に盛って机に置いた。

 寝巻きは半ば肌蹴ていて胸元が露になってはいるものの、その上の表情が眼は半分眠ってるような有様で、口からは涎が垂れているとあっては溜息しか出てこない。

 こんなだらしのないお姉さんと一緒に生活していると、逆に性欲やらは減退してしまうのである。日常的にこんなんだからこそ、ラッキースケベのときの興奮とありがたみがより激烈になるわけでもあるのだが。


 ルールーには一度言ってやりたい。

 寝惚け顔なんとかしろ。

 なんとかしてくれれば欲情できるのに。



「んー………良い匂いしますね」


「森番から貰ったソース使ったんだよ。ハーブ系。育ちにくいものを育てるのが趣味で、今年は成功したってんで貰ったんだ」


「森番のエルフですかぁ? よく仲良くなれましたねぇ」


「仲良くねえよ。ただ単に髭もなくて清潔で身だしなみもいいドワーフって珍しがられてるだけだぞ」



 ルールーの分と自分の分を机に置いて、いただきますと唱えてからライ麦パンに手をつける。

 エルフという奴は伊達に長い時を生きているわけでもなく、自尊心も高ければ他種族への態度もあまり良いとは言えない。転生者たるニルベーヌ・ガルバストロ卿は別としても、友人となれば深く付き合い、それ以外は興味を持たないということも多々ある。

 そういうわけなので、エルフとの付き合いがあるドワーフなどは珍しい。ドワーフは高慢そうな態度のエルフが気に食わないし、エルフは行儀が悪く汚ならしいドワーフが気に入らない。必然的に二つの種族は険悪となり、住む地域が違うというのに互いの種族の悪口と偏見が積み重なる。

 そうした背景があるからか、偏見とはまったく違う面白い奴、として見られているのだろう。


 オレとしてはなんともむず痒い思いをするポジションなのだが、それで香辛料が手に入ったのだからなんとも言えない。人との縁というのはあるだけ便利だし、付き合いようによっては損しないのでいいものだ。

 とりあえず、えへえへ、と朝飯の匂いを嗅いでトリップに入っているルールーを無視して食事を続ける。

 固いライ麦パンをもそもそと口の中で何度も噛むと、ライ麦の風味に山羊のチーズにバジルの香りが交じり合ってなかなかうまい。ライ麦パンをスライスして脂をしき、表面をちょっと焼いてみるのもありだったかと思いつつ、やってみたいことリストの上に追加していく。

 次にまったくもって適当に作った干し肉入りの粥は、塩胡椒が欲しくなる味わい。肉の風味というよりもやや脂っぽくなってしまって後悔が混じる。粥ではなくパンなら良かったかもしれない。キャベツは柔らかいものの、もう少し煮て味を染み込ませたほうが良かったか。



「うーむ、料理もなかなか奥が深い……。節約しつつ贅沢できるように工夫しなきゃな」


「私はこれくらいでも十分いけると思いますけどねぇ。朝から温かいものが出てきますし」


「ルールーは自分の粗食スタイルをなんとかしたほうが良いぞ。自分の身体なんだし」


「研究とかお仕事に熱が入ると、どうしても食事って削ってしまいがちなんですよねぇ」



 はむはむ、とライ麦パンを千切っては食べるルールー。

 その姿は素直に言って、いっぱい食べる君が好き、だが、そもそもこの女魔法使いは小食で生活能力が低い。こうしてなんとか食べれるものを作ってやらないと、川の傍で火をおこして白湯を数杯飲むだけ、なんてことがよくある。

 昼にしても夜にしても同じようなペースで、ないなら作るということをしない。ないから仕方ないか、と簡単に割り切ってしまうのだ。それでいいならいいのだが、ぶっ倒れるくらいになるのは問題なんだが。



「食事ってのは身体にも大事だが、心にも作用するんだ。きっちり食っとかないといろいろ劣化すっぞ?」


「あー、コウってばまた女性にそんなこと言うんですね。劣化だなんて酷いじゃないですか。年増扱いですか」


「じゃかしいわい。毎日の食事に感謝して美味しさで心を潤せ。うまい飯はあるだけで心を豊かにするんだからな」



 あまり美味しい出来ではない粥を口の中に掻っ込み、もぐもぐとそれを噛んで噛んでしっかり噛んでから飲み込む。

 残ったライ麦パンもそのまま食べてしまって、味を噛み締めながら、この味に合いそうな脂はなんだろうなと考える。

 ルールーの方は相変わらずスローペースでもぐもぐとしているので、オレは自分の分の食器を片付けて仕度に入った。


 服を着替え、ベルツァール・ライフルなどの装備一式を身につける。

 ぶっぱなす為の鉛玉に、使用する分だけの黒色火薬を取り出し、剣帯を付けて自分の剣を吊るす。

 剣といっても普段使いまで考えてある、でっかい鉈みたいな扱いの剣だが。

 

 

 準備はまだ出来てはいない。

 だが、相手と期日は待ってはくれない。

 日に日に心臓の鼓動が高鳴って、落ち着いて考えごとができなくなっていく気がする。


 戦術は考え出したし、兵員が増えるたびに余裕も出来てきた。

 雇われた連中がどういう奴らなのかも、酒の席も含めて顔合わせはあったし、満足している。

 半獣人たちの援軍は数こそ少ないそうだが、かなりアテにしていい部類のものだ。


 あとは、頼んだものがきちんと届き、オレ自身がオレの考えた通りに行動するだけだ。

 ただそれだけのことだというのに、とても難しい気がするし、現実問題として難しいのだが。

 なにせ、オレはニアミスで死ぬような場所に二本足できちんと立って、震えることなく戦わないといけないのだ。



「………いやぁ、オレは戦士ってガラじゃあないよな」



 自嘲気味にそう呟きながら、オレはライフルを抱えて苦笑する。

 能力もなにもなく、性格だって前世のまんまで、前世じゃなんてことのないロクデナシときたもんだ。

 そんなのが戦士だとか、勇者だとか、そんなものになれるわけがないじゃないか。

 


「まあ、なれないのであればなれないなりに……オレらしく前に進んでやろうじゃんか」



 誰に言うでもなく一人語る。

 剣帯は締めた。

 ライフルも持った。

 残された日は少ないけれど、射撃の腕くらい磨いといたって、バチは当たらないだろう。

 少ない時間であっても、消費する他ないのだから。

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