幕間 王都の夕焼けの中で
髭無しのコウとニルベーヌ・ガルバストロの往復書簡まとめ①
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その①
(羽根ペンによる執筆。使い古しの羊皮紙によるものでインクが酷く滲んでいる。そのことに途中で気付いたのか、三行目以降からは滲むこと前提で文字が大きく書かれている。また同時に畏まった書き方で筆を動かすのに飽きたため、三行目以降からはとても大臣宛に書かれたとは思えないような平易な文章で綴られている)
拝啓
エルフにして高官であらせたてまつるニルベーヌ・ガルバストロ氏へ。
前世にて一般的で満足出来うる状態の紙が高値であったため、使い古しの羊皮紙にて失礼仕り候。
ここには新聞というものがなく、あっても王都発行の数日遅れのものくらいなので、機密や差し支えない範囲で現在のベルツァール王国周辺の状態をお教えいただけないかと文をしたためた次第で候。
辺境伯家の蔵書より借りたいくつかの本によれば、ベルツァール王国は多種族国家であると書かれているのだが、国家としての安定度はどれくらいか。
また、封建的社会体制を取っているのは容易に判断がつくが、この場合、中央政府ならびに国王の権威はどの程度のものか。
現代法治国家、つまりは法に基づいて国民が裁かれ、これを治める能力についての有無。
常備軍、ならびにそれに類する軍隊組織の有無。有している場合のおおよその数。
これらについて出来れば教えて欲しい。あまり急がなくてもいいので。
敬具
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返信
(二ヵ月後のもの。五〇枚の公用便箋が同封されていた)
ついさっき詰問書の山の中からこの手紙を見つけ出した。
次からは同封する便箋になにかしらの分かり易い蝋印を使って手紙を送るべし。
高官は高官としての職務があり、それ以外への対応に際しては分かり易さを好む。
質問に関してはそちらの言うとおり、いくつか返答できないことを含むため、その点については許せ。
①王国安定度は決して高いほうではない。各種族居住区の問題や自治については、今なお議会に持ち出されることがある。特に半獣人とエルフの紛争に関しては部族単位での調停が必要であり、人手が足りていない。お前が良ければ雇い入れてもいいくらいだ。私はエルフには好かれていない。
②ベルツァール王室は統一の英雄、イトラフォーラ王朝、聖王アルフレートを祖とするものであり、前述の安定度と比べて高いほうではある。
しかしながら、現代的な中央集権には程遠く、実質的に我々は貴族諸侯を抱えた「国家連合」に近い性質を持っている。ベルツァール国王は称号として「ベルツァールの守護者にしてノヴゴールの庇護者」であり、決して支配者ではないのだ。
③現在尽力中。国王直轄地域においては法務院とによる法治が実験的に行われている。
他の荘園に関してはそれぞれの諸侯らによる慣習などがあり、我々は関与していない。
④それぞれの諸侯が持つ兵力を別とすれば、いくつかの小部隊が編成されている。
しかしながらこれらは維持費と兵員の他業務への取り組みなど、多くの問題点を抱えている。
目下、改善中。こちらも、お前が良ければこちらで雇い入れてもいい。
意見などあれば手紙で送れ。
ニルベーヌ・ガルバストロ
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その②(公用便箋使用)
返信どうも。
ほとんどフリーターに近い身分のオレに国家公務員の求人を持ってきてくれたことは感謝するべきか。あるいはそこまで人材不足なのかと憂うべきか。
ぶっちゃけ分からないが、頭の隅の方には置いておくことにするよ。
はっきりと言って今の生活に不安はあるにはあるが、それでも満足している。
オレは軍オタでその延長で歴史関連にも興味があって調べたりはしてたが、専門家ってわけじゃない。
つまるところ、オレは軍人じゃなくてリアルでもただのフリーターで戦闘経験はないし、内政もしたことがない。
ゲームでの知識や経験はもちろん豊富だが、それがどうしたって感じだ。
ゼロになにをかけてもゼロなように、実際になかったことを積み上げても、あったことにはならない。
そっちが是非とも、とか、どうしても、とか、お願いだから、とか。そういった逼迫した状態に陥って、オレが必要だと思った時は、そちらの力になるつもりだけどな。
①から④までしっかり読んだ。思ったより酷かった。多民族国家か。
①に関しては断る。胃と忍耐が持たない。
④に関しては興味深い。考慮に入れとく。
現状、国家公務員ルートで優先度一位が④だと思う。
追伸:多種族をまとめた常備軍の連隊とかどうだろう。思い付きだけど。
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返信(同じく公用便箋。二週間後)
蝋印をしろ。頼むから。
秘書がお前の手紙を暖炉にくべて燃やしてしまうところだったぞ。
ないなら作れ。それくらいの金くらい稼げ。無名では誰にも信用されない。
経験がどうと言っているが、私も最初はただの会社員だった。
何事にも初めはあるが、問題はそこから成長するか否かだと私は思う。
追伸の件に関しては、とても難しいと言わざるを得ない。しかし興味深い提案だとは思っている。
どういった編成で用途、編成するメリットやデメリットなど、次の手紙で送ってくれ。
ニルベーヌ・ガルバストロ
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手紙から目を離せば、差し込む夕日の光が疲れた目に突き刺さる。
もうそんな時間かという感想が彼、ニルベーヌ・ガルバストロの頭の中に浮かんだ。
エルフの時間感覚は人間基準で言えばとても大雑把とはいえ、その中でも彼の時間感覚はほとんど麻痺している。
こちらに転生してからかなりの時間を過ごしてきたが、エルフの時間感覚というのは未だに慣れそうにない。もともと集中して業務に励んでいると時間を忘れる性質ということもあり、最近は政務に励むと寝食忘れて一日が過ぎることすらある。ただ生きているだけで、親しい人があっさり死んでいることもある。
前世とやっていることは変わらんなと、目頭を揉み、背伸びをして、あちこちバキボキと鳴るのを顔を顰めながら受け入れる。
見た目は若い。
当たり前だ。
エルフは不老なのだから。
「内憂外患とはまさにこのことか」
呟きながら、ニルベーヌは壁にかけてある地図を眺める。
南部のリンドブルム公国で革命が起き、革命派の革命軍と、王党派の騎士団による内戦が勃発。それに伴って独断で南部諸侯が軍を編成し公国国境を越えて攻め入るも、迎撃に現れたのは異常な物量と熱狂的な士気によって支えられた革命軍。
数的にも士気的にも劣る南部諸侯軍は、壊滅状態になって国境線まで逃げ帰ってきた。トリトラン伯爵は討ち死にし、頼りない若年の息子が当主となって南部は弱体化著しい。
そして結果的に革命への介入に失敗し、リンドブルム公国王室救出は適わず、ベルツァールは友好的な隣国を失った。
恐らく、永遠に。
もちろん、これは消耗した南部諸侯達に対する叱責だけで済む問題ではなかった。
なんとか脱出してきた難民を収容する為の予算と土地、それから難民への食料の供給と他貴族たちへの釈明。
足りなかった分は多種族の自治区への要請もあり、そのための処理に釈明に―――。
「ぐぬぬ……胃か? いや、胸焼けか? なんにせよ、精神衛生上よろしくないな」
胸元を押さえながら、ニルベーヌは足元を見る貴族たちの顔と見たくもない数字を頭から追いやった。
執務室の窓から差し込む夕日の光は、燃えるような色合いをしてベルツァール王国王都バンフレートの城壁と、家々を明るく照らしている。
ニルベーヌは思わず、この夕焼けの景色のように、すべてが平穏に過ぎ去れば良いのにと溜息を吐く。
だが現実問題として、いつ爆発するかも分からない爆弾が足元にも道の先にも設置されているのだ。
その最もたるのが南部のリンドブルム公国改め、自称「リンド連合」である。
彼らは先月から大規模動員を開始している。総兵員数、およそ四十万というのが密偵の送った数字だ。もちろん、実働部隊はその兵員数のうちの半分もないだろうが、それであっても二十万ときた。
こちらは王国全土から掻き集め、諸侯連合軍まで集めて派兵しても、その半分にもならないだろう。
「………二十万の軍勢に、十万足らずで勝てるものなのか?」
軍事に疎い自分が考えたところで意味はないとニルベーヌもよく分かっている。
自分の本分は国王の補佐であって、議会連中を腐らせずに仕事をさせ、叱咤することだ。
無理のない官僚機構への移行も徐々に進み、これからだというのに。
「内部には《澱み》の浸透と諸侯たちの対立に、種族間の領土問題、そしてここに来てルールーからの警告か……なんなのだ、私に問題を振れば万事解決するとでも思っているのか」
手駒は多けれど足りず、金はそもそも底をさらっている状態で、いったいなにが出来る。
底をさらって出てきた金で問題に対処するにしても、それには金の使い方をよく知っている人物が要る。この人材というのは曲者で、いつの時代でも人件費というものは財政を逼迫する要因なのだ。
それを解決するのが諸々の税なのだが、その税をかけるにしても権力を中央に集めなければ意味がない。
しかし、それをやろうとすると起きるのは貴族との対立であり、おそらくそれをやってしまったのが隣の《リンド連合》なのだろう。特権階級を一掃し、寡頭制による政治を行うことにより衆愚政治を避け、民衆を扇動し正しく国を導いていく。
緩やかな改革よりも、血で彩られていようとも革命であれば、たかが数年で国家を変革することができる。
そしてそれを、今や我々の隣国である《リンド連合》を率いる転生者はやった。やってしまった。やり遂げてしまったのだ。
知識だけの転生者ではなく、能力も兼ね備えた転生者が自分の国家を持とうとしている中、ベルツァール王国は停滞を続けている。
「………あのドワーフ、コウと言ったな。あいつを、王都に呼び出す必要があるかもしれんな」
この時、あいつなら格安ですむだろう、とニルベーヌは確信していた。
国家という奴はどうしても、今ある資源をいかにして最大利益に転換するかにかかっているのだ。