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第37話「ドワーフの還り石」

 孤児だったアイフェルをこの蹄鉄屋の前店主が引き取ったという話は、知ってる。

 でもアイフェルが山なし――つまるところの、生まれ故郷であり墓でもある、共同体たる鉱山を失くしたドワーフだとは知らなかった。どこかに実家があると、漠然とそう思い続けていた。

 ドワーフはよく知られているように、主に鉱山を中心として大きな家族を作る。都市国家といってもいい。その家族の絆たるや、欲深で短小で浅知恵と馬鹿にされるドワーフであっても、一度も馬鹿にされたことはない。血で繋がれた家族は元より、同じ鉱山で生まれ育った家族、共同体の仲間たちには自分の身のように接するのがドワーフだ。

 ドワーフたちと仲の悪いエルフたちでさえ、そしてドワーフ以外の種族たちはその絆に口を揃えてこう記している。



『ドワーフの絆はあらゆる呪いも、魔法も、そして時に理でさえも千切れることはない』



 どこまで欲深に墜ちても、洗脳されようが強要されようが、ドワーフは家族に対してまるでそれがもう一人の自分であるかのように大切にする。

 本当の家族ならそれこそいくつもの詩で歌われるように、それが鉱山の家族でも、人間の考えるよりもさらに強い絆をドワーフたちは持っている。

 それが、はっきりと豪語できるドワーフたちの誇りでもあるのだ。



「ああ、そっか。でも、オレも分類としちゃそうなるわけだ」


「炉と竈と食事を共にした。同じ山なしでもコウは他とは違う。嫌なら話もしない。追い出してる」


「親方にそう言ってもらえると、すっげぇ嬉しいな。あんがと親方」


「ん」



 こっちも見ずに返事だけするのはいつものこと。

 オレが馬糞を踏んづけてげんなりしてようが、掃除が終わって晴れやかでいようが、雨漏りを修理していようが、いつだってそうだ。

 積み重ねている内にいつものことだと思っていたその小さな背中が、今のオレにはなぜか日常という絵画を彩る大切なピースに見える。『アイフェルの蹄鉄屋』の看板も、炉の温もりも、仕事場の匂いも、そしてそこで食べるスープやパンも。



「なんか、恥ずかしいな」



 ずっと同じ場所で過ごしてきた相手に、ようやくそんな言葉をかけられたオレが言えるのは、そんな月並みな言葉しかない。

 実際、恥ずかしくて耳まで真っ赤になっていたし、そわそわしてそこら辺を歩き回りたいくらいだった。

 そんなオレの気配を察したのか、アイフェルも炉の前でそわそわしながら言葉を返す。 



「恥ずかしくていい。わたしも恥ずかしい。お相子でいい」


「さいですか。ま、たしかに貸し借りなしの方が後腐れないか」


「ただの手伝いに作るような貸しも借りもないけど」


「ひっどいなぁ、親方」


「貸しの方が多い気もする」


「言えてる」



 苦笑しながら、オレは再び、樽を磨き続ける。

 なにか不都合があってこの樽砲が使えなくなることがあってはならないし、そんなことがあればオレは間違いなく死ぬ。

 失敗も失態もなにも許されない立場というのは、なんともこの上なく最悪だと、今は溜息をつくしかできない。そんな苦労を背負い込むことがない立場にまでなって、ゆっくりと余生を送りたいと本気で思えてきた。

 世の中、なにがあるかは分からない。なにかあった時のために備えることの出来るだけの資産が欲しい。それだけの資産を守れるだけの立場と役職、時間を有意義に使うための書架と書斎。安楽椅子と暖炉と、パイプ草、そして友人たちがいれば、他にはなにも要らないだろう。

 欲しいとすれば、恐らくはただ削れていくだけの時間だろうか。

 

 しかし、現実に視点を戻せば、時間はない。

 この樽砲に装填する砲弾もあまり手をかけてはいられない。

 鎖弾という、発砲したら鎖で繋がれた砲弾同士が回転しながら飛んでいく最強御機嫌殺人フリスビーのようなヤバイ弾が一番いいのだが、それもない。

 したがって、手持ちの銃弾や屑鉄を詰め込んで散弾として撃ち出すしかないわけだ。



「……コウ、これあげる」


「ん? うおっと!?」



 果たしてただの鉛玉や屑鉄で騎兵がどうこうできるものか、と悶々と考えていると、いきなりアイフェルが布袋を放り投げてきた。

 オレは樽を磨いていた布切れを手放してその袋をなんとかキャッチすると、手の中でそれを転がして中身の形を確かめてみる。丸くてつるつるしていて、なんだか磨いた石のような感じがする。



「親方、なにこれ?」


「御守り。わたしにはもう、必要ない」


「……御守りってこれ、あ、曹灰長石そうかいちょうせき? だめだよ親方、これってドワーフの還り石だろ?」


「わたしには必要ない。あなたには必要」



 袋の中からそれを取り出せば、それは表面が七色に光り輝く石だった。

 その石の表面にはドワーフに古くから伝わる地底文字――暗闇でも読めるよう、なにかに掘り込むこと前提で生み出された文字――が掘り込まれてある。

 オレはその地底文字は読めなかったが、本の中の知識として知っている。

 これはドワーフの還り石だ。なら、掘り込まれている文字は、



『石を主のもとへ還せ』

 


 に違いない。

 これを渡すということは、石の主は石が帰ってくるまで無事でいなければならず、渡された相手は生きて石を還さなければならない。

 石と共に還って来て、それまで私は元気で変わらない姿でいるから、という意味合いの、ドワーフに古くから伝わる御守りだ。ドワーフという奴は大抵、こと装飾になると豪華絢爛で華美になりがちなのだが、この御守りは静かにただ光を反射している。

 つるつるとしたその石を撫で回しながら、オレはアイフェルの背中に言葉を投げる。

 


「でもこれは―――」


「わたしは山なし。だからいい。コウが持ってて」


「親方、これは家族に渡す御守りだろ? オレじゃだめだって」


「いいの」



 頑なにこちらを見ようとしないアイフェルに、オレは頭を掻きながら言葉を続ける。

 この御守りはオレが貰ってはだめなのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 このドワーフの還り石には、それだけの意味が込められている。



「親か……いや、アイフェル、だめだよこれは。だってこれはアイフェルが貰ったものなんだろ? アイフェルと山の繋がりだ。オレのじゃない」


「コウが貰って。もういいの。わたしはロウワラのアイフェル。身よりもなにもない。父のドグヌールももういない。山と一緒に死んだ。だから貰って。戦って生きて、還って来て。それはそのためのもの」


「………アイフェル」


「それに、わたしは親方。出来の悪い弟子でも、いなくなると困る。こんなのでも家族。ドワーフは家族を蔑ろにしない」


「そうかな? うん、まあ、そうだな。あんがと親方」



 小さな背中を見つめながら、オレはタウリカに来てからの日々を思い出し、苦笑する。

 楽でもなんでもなく、しかし、だからこそここまで辿り付き、歩んできたからこそ思い返すこともまた楽しい。

 手にした還り石を掌で転がしながら、オレはアイフェルの背中に再び言葉を投げた。



「これ、ちゃんと還すから」


「うん。お願い。また、貸しができた」



 帰ってきた答えは短かった。

 けれども、オレにはそれで十分だった。

 手にしたドワーフの還り石は、不思議に七色に光り輝いていた。

読者の応援が作者にとって最上の栄養剤になります。




感想、ツッコミ、キャラクター推しの報告、このキャラの描写を増やしてほしい増やせこの野郎などの声、心よりお待ちしております。






感想が増えても返信いたしますので、よろしくお願いいたします。

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