第36話「準備と蹄鉄屋と」
翌日からはまた戦闘への準備が始まった。
手始めに樽がないかと聞いて廻ってみたところ、共同出資のキャラバンの一つが出資者一人が失踪したため、出資者持ちの樽が売りに出されていた。
なんでも失踪といっても間違いなく生きてる見込みがないらしく、共同出資者の多数決と無駄な荷物を積みたくないキャラバンの意向でそうなったらしい。
樽は数個売りに出されていたのだが、もう半分は買い手が見つかったので、手に入ったのは四つで、それにしてもかなり値段をまけてもらった。中古でまけてもらったとはいえ、貯金が結構持っていかれたのはさすがに痛かったが、金を落とさず命を落とすなんてのは笑えないから素直に払う。
とはいえ、これまでタウリカであれこれとやってきたが、その過程で交友関係が広がり、その縁でこうして出費を抑えることができるのは、なかなか嬉しいもんである。
とりあえず手始めにオレはどこまで補強すればいいのか分からないので、その手のことに詳しそうなアイフェルに聞いてみたところ、数発ぶっぱなすくらいならそれぞれ一個ずつバラして二つにまとめることにした。
発砲時にかかる内側からの圧力に耐えられるようにするため、どこにどのような補強をすればいいのか勘でやっていたら、呆れたアイフェルが工具をオレから奪ってほとんど一人で終わらせてしまったことは書いておくべきだろう。
「ちなみにどれくらい黒色火薬入れればいいかなぁ」
「装薬袋は見たことある?」
「知識としては知ってる。ただどれくらいの火薬が入っているかは知らない」
「そ。やっぱり知識ばっかりのコウは役立たず」
「な、ないよりはマシだから……あるだけマシだから……」
二つをバラして残りの二つの補強に使い、立派に樽砲になったそれを布切れで磨きながら、オレは苦笑する。
アイフェルはアイフェルで店の仕事をこなしながら、炉の前に座り込んで動かない。こうなると本当に梃子でも動かない。
轟々と、静かに熱く炉は炎を燃やし続け、鉄を熱して調節次第では溶かしてしまう。
本来、ドワーフは生まれながらの鉱山育ちで、そうした鉄や岩との付き合い方を身につけているらしいが、生憎オレにはそれが分からない。
「コウも、もう少しうちで鍛冶の勉強すれば、お金だって稼げるようになる」
「蹄鉄屋の仕事かぁ……。それも良いかもな。腕っ節と金槌振るって、労働に報酬を得る」
「今からでも遅くない。頭を下げてあれを差し出せば、いつもの生活に戻れる」
アレ―――あのライフルと、それに使われてる特許のことか。
一応、あの特許はオレだけのものではなく、技術系等や金属加工関係はアイフェルが関わってるんだがな。
それでもアイフェルがこう言うってことは、それなり以上に心配はしてくれてるらしい。
無愛想で全然笑わなくって、あれこれこうしろと厳しい親方だけど、やっぱり根は良い人なんだなとオレは口元が緩むのを感じた。
樽砲を磨きながら、オレは炉と睨めっこを続けているアイフェルの小さな背中に向けて言った。
「でも、それはオレの夢とはちょっと違うんだ、親方」
「………そう」
アイフェルが短く答える。
この世界に来て数日どころか、数週間、数ヶ月一緒に働いてこき使われて、それでも苦労や腹立たしかったことが懐かしく、楽しく思える。
一緒にパンをスープに浸して口の中にがつがつ押し込んで働くような日もあったし、仕事がなくて暇でああだこうだとしゃべくりあってた日もあった。
寒い日に悴んだ指をあっためようと炉の前に立ったら殴られたこともあったし、炉の前で寝込んでたら火が消えてて胸倉掴まれて殴り飛ばされたこともあったっけ。
兎に角、職場の上下関係というよりは、家族みたいな仲だった。給料だってきちんと貰っていたし、たしかに殴られたりなんだかんだはあったけど、風邪っぽかったら帰れと言われ、客がいなければ店仕舞いしたり刃物作りなんかを教わったりもした。
それが続けば良いと願わなかったわけじゃないのに、なぜかもう終わってしまいそうな気持ちになる。
「親方」
「なに?」
「オレがもし死んだら―――」
「やめて」
「えっ?」
ごとり、と金槌が地面に落ちる。
オレが思わずアイフェルを見ると、いつもの無表情の仮面が崩れた彼女がいた。
憎しみのような、あるいは悲しみのような、それでいて懐かしんでいるような、不思議な表情だった。
「死ぬなら人知れず死んで。お願い」
「………分かった。ごめん、親方」
「ううん。こればかりはわたしが悪い。わたしは山なしだから、ダメなの。そういうの」
「あー……山なしって、鉱山なし?」
「うん」
初めて聞いた話だ。
アイフェルはすぐにぷいっと眼を逸らして金槌を拾い上げ、また炉と睨めっこを始める。
そういえばアイフェルが自分の過去のことを話すのは、これが初めてかもしれない。