第34話「半獣人の狩猟の道具」
とりあえずリンの頭を撫でながら、オレはぼそりと呟く。
「……しかし、アイヴィーってのもなんか仕掛けてきたな」
頭に浮かぶのは、本の中で読んだとある種族のこと。
アイヴィーというのは前述したとおり、植物系のヒト型種族だ。
知識欲が強く、いろいろな分野の探求に没頭する傾向があるらしく、そういった方面では魔法使いに似ている。
魔法使いと決定的に違うのは、魔法使いが倫理関係をガン無視してでも魔法を極めようとするのが基本なのに対して、アイヴィは基本的に等価交換なのだ。
知識の為にすべてを奪い、専有しようとする魔法使いとは違って、アイヴィという種族はなにをするにも等価交換を原則としており、合理的、現実主義的に物事を解決しようとするのだとか。
そのため、森の深くに生息しているとされる種族にしては、人間や他種族ともかかわりがある。
エルフはアイヴィーをエントの下位種族だとしてあまり相手にしていないが、半獣族はそうではない。
エントもアイヴィーも同じく森の主として半獣族は崇拝していて、アイヴィーはそのために時折、こうして半獣族の足りない頭を補ったりしている。
「なあリン、そのアイヴィーっておねーちゃんたち、なに考えてるかわかるか?」
「にゃーにそんなん分かるわけにゃーいにゃーん」
「はいそですね」
「先生のにゃーに対する冷たい対応ひどい」
「ある程度の年齢を超えると、怒ることに疲れるしリアクションとるのも疲れるなって思う年頃になるんだっつーの」
両手で小さな頭をわしゃわしゃとこれでもかと撫でまくってやる。
お仕置きのつもりでやっているのだが、なんだかきゃっきゃととても楽しそうに喉を鳴らしている。かわいい。
しかしまあ、頭より身体が先に動く種族だからというべきか、その衣服もよく見れば毛皮やらなにやらをとにかく見た目も気にせず縫い付けた、というようなものだ。同じ半獣人のツキちゃんはあんなに冷静そうだったのに、どこでどうなってこうまで差が開いたのか、考察したら楽しそうだ。
オレはリンの頭をしばらくわしゃわしゃしながら、そのスレンダーというか慎ましい身体や装備品を観察する。
衣服は前述したとおりの蛮族スタイル。それにポーチのようなものがついたベルトを巻いていて、そこにいろいろな装備品を括りつけている。
大振りの鉈、恐らく動物の皮を剥ぐためのナイフに、獲物を捕らえるための投擲武器――オレたちの世界で言うところの、ボーラをぶら下げていた。
そういえば、南米大陸で栄えたかのインカ帝国ではこいつが遠距離での戦闘で主力だったらしい。
構造としては極めて単純で、ロープの両端に重りとなる石を結びつけたり、両端に石を結びつけたものの真ん中にロープをさらに結びつけて持ち手にするものなど、種類もいろいろある。
オレもとある動画サイトでサバイバル知識の一環として、即席ボーラを作ったりしているものを見たことがある。
「なあ、それって馬にも使えるのか?」
ふと、オレが思いつくままにリンに問うと、喉を鳴らしながら彼女は応える。
「んー、にゃーは小さいの使ってるけどこれより大きいのなら馬にも使えるよ?」
「たとえば鎧とか着込んだ騎兵相手にも使えるの?」
「鎧着てても馬の足がなくなったわけじゃないでしょ?」
「あー、たしかに……」
そうなのだ。
馬がいくら強靭で強力であっても、地に足ついている以上、足さえ止めればなんとかなる。
そしてボーラは射程距離はあまりないとはいえ、命中すれば相手に絡み付く捕縛武器である。
というかボーラ自体、昔は野生の馬を狩るときに使っていた記録もあるらしいので、うってつけではなかろうか?
「……ちなみにリンのとこはどんくらい連れてきたの?」
猫耳をかりかりと掻いてやりながら聞くと、猫娘はにまにましながら答える。
「んとねー、にゃーをあわせて十くらい? あれ、十五だっけ?」
「スペイン宗教裁判並みに数字が苦手だったねうんうん。まあそんだけいてくれりゃ、オレも満足だよ」
「わーぃ、それじゃにゃーにご褒美ちょーだい」
「報酬前払いはしない主義です」
「はにゃーん」
わざとらしく落ち込んだような声をあげ、リンの猫耳がへにゃっと垂れた。
これを意図してやっているのか、はたまた、天然のなせる技なのか、オレはまだ判別できていない。
―――のだが、かわいいは正義である。撫でて撫でてなでまくってやる。
一応、万全とは程遠いもののなんとか対抗部隊は集まりつつある。
オレが満足するにはあと百人くらい弓兵がいて五十人くらいのパイク兵がいれば文句ないのだが、もちろんそんなコネもパイプもあるわけもなく、集まったのは総計しても三十人足らずの寄せ集め。
しかし、これも一介の蹄鉄屋助手が集めたにしてはそれでも上出来ではなかろうかと、オレは思ったりしているのであった。
そもそも、万全を喫すると言ったって素人の俺がダンバー数ぎりぎりの百五十人程の中隊を纏められるわけがない。ローマ帝国の百人隊長だって、どこの馬の骨か分からない異世界転生人よりは数十倍強いし軍歴だってあるし度胸もある。おまけにそうした階級の軍人というのは、職業軍人で鬼軍曹と相場が決まっている。オレには無理だ。
とかく、かわいいリンを撫で撫でしまくりながら、腹も減ったオレは鼻腔を擽る夕飯の匂いにこう言ったのだった。
「面倒は後にして、飯を先にすませっか」
と。
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