第33話「自室の天井と灰色猫娘」
目が覚めると、知ってる天井だった。
当たり前である。オレはここでずーっと夜寝て朝起きてたまに昼寝してを繰り返しているのだから。
後頭部になんか張れているような違和感を感じながらも、身体を起こして部屋を見渡してみる。
うん、自室である。オレが来るまではルールーが倉庫という名のいらないものを押し込んどく部屋となっていた、部屋である。
部屋の広さはルールーの部屋よりも狭く、おまけにオレが日曜大工で作った本棚にルールーやシンから貰った本やあれこれメモした羊皮紙などを並べているため、なおさら狭く見える。他にもロングライフル用のメンテ道具のあれこれや、すべて中古で買い揃えた執筆用のペンやインク壷と羊皮紙を保管してある木箱などなど、使い古されたものがいろいろある。
使えればそれでいい精神で得も損もしてきたが、新品よりもそれなりに使い古されたものがいいなと思う俺なのであった。というか新品は新品でお値段が高いため、単純にオレの給料では負担が大きくて買えないだけというのもあるのだが。
「……っと、ルールーに謝らないとなぁ」
頭をぽりぽりと書きながら、オレは魔法で吹っ飛ばされる前にやっちまったことを思い返した。
うん、魔法で吹っ飛ばされても仕方ないね。
普通なら顔真っ赤にして出てくとこだよね、うん。
後頭部を撫で回して立派なたんこぶができているのを認めながら、オレはベッドから降りて靴を履く。
どうやら時刻は夕方から夜になり、匂いからするとルールーは晩飯の最中だろう。
オレが買ってきたスープの匂いがする。
ルールーの部屋に行くか、と思ってオレが扉を開ける。
開けると同時にオレの目の前にぼうっと光るエメラルド色の双眸が、じぃっとこちらを見つめていた。
「ひゃい!?」
その場で飛び跳ねて尻餅をつくオレ。
まさかスクルジオの刺客がこんなところまで、と腰に帯びている生活用品の山刀に手をかける。
「先生こんばんにゃー」
「へ、ぁ……あ、リンちゃん?」
「うん? にゃーはにゃーだにゃー?」
てしてし、と頭を猫らしい所作で掻きながら、髪の毛も頭から灰を被ったような色合いの半獣人は言う。
そう、彼女こそはオレの青空教室の数少ない卒業生にして、エルフとガチで殴り合いをする過激派戦闘狂半獣人の長の娘である。
あれから年月も経ったのに、相変わらずツルペタスレンダーで、とにかくちっちゃい。
そしてとにかく落ち着きがないところは変わらない。完璧に猫だ。
「ああ、そういや本来は夜行性って言ってたな」
「そうそう、お日様でてるとぽかぽかで眠くて眠くて」
「分かる分かる。でもお前、授業中に長椅子一つ丸ごと占領して爆睡してた理由にはならんからな?」
「ふにゃー」
「ふにゃーじゃありません」
「あにゃーん」
「あにゃーんでもありません!」
しばらくぶりにリン相手にいつものやり取りをしながら、オレは溜息を吐く。
そう、リンはアホの子である。実は賢そうだとかあざといキャラを被ってたりもするが、基本的にあまり頭がよくない。
そんなリンがこのタイミングでオレの前に来たってことは、大体どういう意味かは予想がつく。
半獣人というのは義に厚く、たまに面倒くさがられる。
損得勘定を考えるのが苦手で、割と感情に素直なのが半獣人というやつだ。
その半獣人の過激派戦闘狂直情派半獣人の長の娘であるリンが、このタイミングで家に来るのだ。
「んで、用件は察するが。お前らのとここういうのに参加したらあとでいろいろ面倒になるんじゃねえのか? なにをするにもエルフがうるさいって、前に言ってただろ?」
タウリカに定住している半獣人たちとエルフは、長年に渡って森の領有権に関して争っており、互いがなにかする度に脚を引っ張り合っているという。
実際、それで何度か武力衝突にまでなったことが多々あるらしく、シンが言っていた情報通り、本来の戦闘能力ではずっと格上のはずのエルフと対等に渡り合うことが度々あったのだ。
そういうわけで、なにをするにも、特に武力行使に関しては半獣人たちとエルフの中では暗黙の了解がいくつもあり、それらを無事に突破するのは面倒な上に頭を使うのだとか。
元来、頭よりも身体が先に動いている半獣人たちにとって、これはかなりの足かせになっているはずなのだが。
「んー、そこは植物なおねーちゃんたちになんとかしてもらったよー。にゃーは先生助けたいなって言っただけで、あとは全部みんながやってくれたんだにゃーん」
「……植物なおねーちゃんって、植物系の種族で知識欲の強い『アイヴィー』って呼ばれてるアレ?」
「アレだにゃん。たぶんアレとかいうやつだにゃん。綺麗なおねーちゃんで良い匂いがするにゃん」
「そのにゃんにゃん言うのをやめなさい。わざとでしょ」
「はにゃーん」
「はいはいワロスワロス」
「んにゃー、先生ひどい。にゃーたち助けに来たのに」
ぷくー、と頬を膨らませてぷんすか怒るリンの頭をわしゃわしゃと適当に撫でてやる。
それで目を細めて心地良さそうにごろごろ喉を鳴らし始めるのだから、あざといったらない。
かわいい。なんだこのかわいい生物。
こんな可愛い猫耳猫尻尾娘が獣染みた狩人の一族なのだとか、あまり考えたくない。