第31話「『彷徨い猫の囁き亭』の酔っ払いども」
『彷徨い猫の囁き亭』では、エアメルが机の上でエールを飲みながら大演説してる真っ最中であった。
「そもそもぉ! 貴族や騎士のフェーデの悪用なぞは今に始まったことではないのは、皆も承知のことであろう! 貴族や騎士たちがこの制度を悪用しありもしない損失をことさら大げさに騒ぎ立て、あっしらの財産をさながら強盗のようにふんだくっていくのじゃ!」
そうだそうだ! いいぞエアメル!
と、ガタイのいい男たちや姉さん風な女たちがはやし立てる。冒険者らしく装備もまちまちで風貌も肌の色も多種多様な連中だ。そんな連中でも共通しているのは、片手にジョッキを持って顔を赤くして酔っ払っているということであろうか。
おっかしいな、まだ店の外はお天道様がでていて明るかったような気がするんだが。
「しかれば、今回の出来事は良い機会であろう! 金は出る上に大義はあっしらにあるのじゃ! さあ突撃一辺倒騎兵のスクルジオに相手せんという勇士は面を上げ手をあげよ! このつらぬきのエアメルとともに髭なしドワーフの僚友とならんとする者は、一歩前に出でよ!」
そうだそうだ! いいぞ! やっちまえ!
と、ガタイのいい男たちや姉さん風な女たちがはやし立てる。
しかし、実際に一歩前へ足を踏み出した者たちは極少数で、人数にして十数名ぽっちしかいなかった。
背中にクロスボウを担いだ黄色と黒のツートンカラーの装備をした射手や、黒塗りの盾を担いだ騎士風の男、槍を支えにしてジョッキを煽っている女冒険者に、その隣で一緒になってジョッキを煽っている髭もじゃヴァイキング蛮族風の大男などなど。装備どころか見た目も人種も大分とんちんかんな奴らしかいない。
いや、むしろ冒険者っていうのは本来こういうものなのかもしれないが、それでも正規ではない兵士がどんなこんかをちらっと知っているオレとしては、懸念材料しかない面子であった。
雰囲気と匂いだけで酔っ払いそうになってしまったので、オレもなにか頼むかと思っていたら、エアメルがオレの方を見た。
あ、なんか嫌な予感がする。コミュ障予備軍としては面倒そうなヤツくるとオレの第六感が警報をあげる。
「ふうむ、貴族に楯突く度胸のある者はこれっぽっちしかおらんようじゃのう? おう、髭のないドワーフよ。ちょうど良いところに来おったの。どれ、ここらに集まってきておる野郎どもに誰か貸しのある奴はおらんかの? 金貸しでもなんでもみみっちくたっていいから、なんかありゃせんか?」
ほらきたぞおい。
みんなの視線がオレに突き刺さる。
髭のないドワーフだ、とか、ドワーフの先生だ、とか、なんかざわざわし始めてる。
「あったらあったでしょっぴくだけだろ。つか貸せるほど稼いでねえし、命賭けて返せというような貸しは作ってねえよ」
「なんでい、首都の教師職ならもっと高給取りだったんじゃがなぁ……。先生と呼ばれるくらいなんじゃから、ちったぁ金の貸し借りはしとくもんじゃて。借金があるならそれをネタに身体張らせちゃるんじゃがなぁ」
「あんたはわりとマトモな部類のファロイドだと思ったけど認識を改めよう。お前も大概だぞなんちゃってニンジャこの野郎」
「なにをぬかすかこの。髭なしドワーフのくせしよって。ほれ、この髭なしドワーフのお見方助太刀しようという輩はおらんのか? ああ、おらんかぁ?」
エアメルが無頼たちの集まりを見れば、武装した酔っ払いどもはゲラゲラ笑うだけであった。
当たり前である。これは片田舎の髭なしドワーフが貴族に喧嘩ふっかけられただけの話で、オレにとっては大事だが、他の関係のない奴らからしてみれば、いつものことさ、で終わるのだ。どうにも義理堅いエアメルにとっては助太刀せねばなるまい、という感じだが、他の連中までそんな良い奴らばかりではない。
そもそも、貴族に喧嘩をふっかけられたからマジで喧嘩する、というのも、冒険者にとってはとっつきづらいのだろう。しかたのないことだ。それに、オレの保護者はなんだかんだいって、あの魔法使いなのだし。
溜息を吐きつつ、オレはエアメルの肩に手を置いて言った。
「まあこれだけ集まっただけでもオレは嬉しいよ。ありがとうな、エアメル。この人数でなんとかできるように考えてみるわ」
「じゃがまだ十人も集まっとらんが………」
「厳しいのは分かってる。でもまあ、それをなんとかすることを考えた方が、時間の有効活用になるはずだ。アイフェルには手を貸してもらえるし、まだ分からないけど、もしかするとルールーも協力してくれるかもしれないしな」
「むぅ……すまんのう、髭のないドワーフよ」
「別に良い。予想とか考えとかの通りに物事が進むわけじゃないってのは、オレも知ってたはずのことだよ」
申し訳なさそうにするエアメルから視線を外し、オレはエールを軽く一杯注文する。
冒険者たちが飲み食いしていたからか、すぐにコップになみなみと注がれたエールが渡され、オレはそれをぐいっと一気に飲み干して、コップをゴトリと机の上に置いた。
ドワーフだからか体質なのか、エールくらいで酔うことはほとんどない。
キツイ蒸留酒でないと酔うには足りないようになった。
正直、めんどくさい。
自分のことだからやらなければいけないのは分かる。
でも一つ一つ工程を重ねていくごとに、予想していたものと違ったり、あるいは想定よりも数値が下回ったりなどなど、そういう問題が出てくる。そうして積み重なった問題が当初の作戦に影響がでないというわけもなく、そのたびに作戦を手直ししたり、作戦を考え直す必要が出てくる。
(………オレが夢見てたあの軍師たちは、みんなしてこんなんと戦ってたってわけか)
猛獣並みといわれるドワーフの胃の耐久度がガリガリ削れている気がする。
本当なら作戦立案は司令官ではなく、参謀と呼ばれる人たちの仕事なのだが、これくらい小規模な戦闘となるとそこまで大掛かりな指揮体系はいらない。
この状況は正常な戦術指揮官の立場だ。
なので、オレは今、小規模な戦闘レベルの指揮と作戦立案の手腕が試されているわけだ。
(現地採用の民兵に黒色火薬と前装式ライフル一丁、それで相手は重装な竜騎兵でおまけに拳銃まで持っていると)
絶望的である。
オレは心配して背中をさすってくれているエアメルに目を向け、さらに考えを詰めていく。
首都の火縄銃士組合から届いていた黒色火薬は、この戦闘中オレ一人では使い切れないほどの量だった。火蜥蜴避けに火薬箱はかなりの細工が仕込まれているらしく、どうも外箱と内箱の間の空間に不凍液でも入っているようだった。そのため密閉状態では火蜥蜴は寄って来ない。
そんな細工のため箱は見た目ほど中身が入れられるものではなかったが、それでも十分以上の量があった。
これを地雷かなにかに使うかとも考えたが、生憎と踏んだだけで爆発するような細工の設計図は頭の中には入っていない。それにフェーデは決闘のようなものであり、いきなり地面を爆発させるなんて罠は単なる殺人だとか殺人未遂になる恐れがある。最悪、魔法を使ったと思われる。つーか報復が怖い。フェーデは決められた場所で認められた数で戦わなければならない。罠などもってのほかだ。
わしゃわしゃと頭を掻き毟って、エールを勧めてくるエアメルの手からコップをぶんどってそれを一気飲みする。
ゴトリ、とコップを机の上におくと、エアメルがまた背中をさすりだす。
その行動の意図しているところは理解しているが、オレはたまらずエアメルの頭をぐわしっと掴んで言った
「やめい。胃袋からなんか逆流してくるわ」
「これでも慰めてやろうとしておるんじゃぞあっしは!」
「酔っ払いの慰めでどうにかなるんだったらなにも言わんわこのボケェ!!」
ガンガン、と手にもったコップを机に叩きつけながらオレは声を大きくして言う。
そしてふと、手にもったコップが樽のような木製の頑丈なものだということに気がついた。
木の板が合わさり、それを鉄製の環で縛りつけ固定している。
荒っぽい冒険者たちのことを考えると、たしかにコップを頑丈にすることは理にかなっている。
そしてこの構造のものがそのまま巨大化した樽は、頑丈で便利だ。ただし高いが。
円筒状の物体でそこそこ深さがあり、頑丈で補強も可能。
樽であれば交易路上にあるタウリカにも、いくつか空のものが見つかる可能性は高い。
もちろん買い取るには定価以上の価格を吹っかけられる可能性があるが、それはシェリダンのおっさんになんとかしてもらう。樽というやつは意外と精密な加工品なわけで、その使い道は一つじゃない。焼け焦げた樽にだって使い道があるほどに、引く手あまたなのだ。
エアメルが顔を真っ赤にしてぷるぷる震えているのを無視して、オレは呟いた
「樽爆弾ならぬ樽砲……これならいけるかもしれない」
やったぜエアメル!
と言うよりも早く、怒ったエアメルが渾身の力を込めて俺に飛び掛ってきた。
もちろん、酔っ払った冒険者たちがそれを止めることはなく、ファロイドに一方的にボコられる髭のないドワーフという珍風景をがやがやわいわいと楽しんでいるのであった。