第28話「VS貴族確定ルート」
オレが「手が、手がぁぁぁ!!」と絶叫して、ついでに慌てて駆けつけたシンに利き腕の骨が折れていないことを確認してもらい、執事さんが念のためと軟膏と包帯を持ってきては、シェリダンから肩をびっしばっしぶったたかれながら謝罪されつつ、時は過ぎて十数分後。
「……で、タウリカ辺境伯はマジでオレの味方になってくれるんですかね?」
「もちろんだとも! 表立って味方になることなどできるわけもないが、ある程度の軍資金は我輩が用意しよう。領地内であれば……、被害額の程度にもよるが戦の場に使うがいい。先生のその銃には黄鉄鉱や鉛がいるそうだから、それもこちらで都合しようではないか。立会人に関しても我輩の娘が行おう。これも娘の勉強になる」
三人座れるソファにどっかりと一人で腰掛けながらシェリダンが言う。
右手をさすりながらオレはその話を聞き、頭の中をなんちゃって司令官モードにしてみる。
歴史、とくに戦史関係を調べて軍事関係の書籍を買い漁っていたオレだが、自分自身が軍勢の司令官になるというとなると話はまったく別だ。
頭の中に知識があっても、それをアウトプットして他人に伝えても、それだけで完全な軍師になれるわけではないのだ。完全というのは、伝えたとおりに軍勢が動いてくれて、さらには敵が自分の考えたとおりに動いてくれて、援軍もなく装備の拡張も行われず、さらにさらに天候や地形が変化せず―――という、スパコンを引っ張り出してきたくなるような多くの要素が絡んでくる戦場を、幸運にもクリアしたプレイヤーのことを言う。
史実となればハンニバル、クィントゥスとマキシム、リチャード一世、チンギス・ハーン、ヤン・ジシュカ、ナポレオン、スヴォーロフなどなど。歴史書でもインターネット大百科でも調べれば出てくるわ出てくるわ偉人名人変人のオンパレード。
で、そんな彼らと自分を比較してみよう。
いったいどこに勝る点があるというんだろうか。
しいて言うなら若さくらいだろうか。まだオレは三十にもなってないからな。
たとえば、頭の中にハンニバルのカンナエの戦いでの機動包囲戦があったとしても、チンギス・ハーンのような徹底的な恐怖による統治形態があったとしても、ナポレオンのアウステルリッツの戦いのような戦いがあったとしても、やっぱり実現させるとなると自分が思っている以上の困難と面倒が待ち構えているのが目に見えている。
しかし、だからといって、やらないという選択肢はない。
オレだってまだ死にたくないのだ。
「……その、スクルジオって奴の私兵は、どんくらいなんだ? 兵科と数と装備、どんな格好でどんな武器を持ってるのかって話だが」
「よぉくぞ聞いてくれた先生! いやな、我輩もここの領主であるからな。情報は出来る限り集めておる! スクルジオの個人的な私兵は以前の遠征では竜騎兵五十騎ほどであったなぁ。胸甲に兜といった格好で、火縄の拳銃と槍、剣を装備しておる。全騎を引き連れてやってくるとは思えぬが、想定するならば全騎と相手することになると考えておいたほうが良いだろう」
「ああ、竜騎兵ならホイールロックにライフリングはそりゃ欲しいだろうなぁ……。オレが指揮官でもそうするわ。んで、魔法使いはいるのか?」
「オーロシオ子爵家にはいるそうだがなぁ、スクルジオが連れ込んでいるかは分からん! だがぁ、ここだけの話、ノールラント公爵の結婚式には魔法使いの参列が禁じられているのだ。それ故、ありえん話ではないぞ。もしそうなら証拠が残らない程度に、オー・サーム殿の助けを得るのも許可しようではないか」
「へいへい」
敵戦力は竜騎兵、―――五十騎。
その言葉を聞いたときとっさに思い浮かんだのは、ヤン・ジシュカがフス戦争で取り入れた荷車要塞による野戦築城からの防衛戦だった。
これは馬車に厚い木板製の壁を取り付け、そこに銃口を突き出せるように穴をあけてあるもので、何両も繋ぎ合せて即席の要塞を構築するというものだ。有象無象のフス教徒たちはまだ物珍しい存在だった携帯火砲とフレイルと呼ばれる連節打撃武器に合わせてこれを駆使し、正規の訓練を受けた騎士たちの集まりである、重装騎兵チュートン騎士団を打ち破ったのである。
けどオレはこの案を即ボツにする。
理由は簡単。馬車に厚い木板の壁を貼り付けてる時間はないし、金もない。
フレイルはまだなんとかなるが、今からハンドキャノンを複数作ってる暇などない。
次に浮かんできたのは、戦列歩兵の対騎兵戦術の方陣。オーケイ、これはオレが馬鹿だった。
中隊規模の人間が体育の集団行動よろしく号令に逐次従ってくれるなどという、軍事訓練無しには遂行できそうにない前提がある時点で不可能だ。
第一、騎兵の突撃の前に槍、もしくは銃剣を突き出してじっと耐えるなんて拷問みたいな光景を、耐えられる奴はそこまで多くないだろう。
もう少し時代を遡るべきか、と考えながら、オレはさらに情報を仕入れようと口を開いていた。
「スクルジオってのはどんな奴なんだ? ここら辺じゃ結構名の知れた馬鹿息子だったりするのか? 本当に救いようのないくらい愚かな野郎ならオレは大満足だが」
「髭のないドワーフよ、残念なことにあれは突撃一辺倒の騎兵そのものみたいな奴じゃが、戦において馬鹿に出来るものではないぞ。あっしのつてによればあれがノヴゴールで上げた武功は、どこに出しても文句はないような、それはそれは見事なものだったそうな」
「うんむ。そこのファロイドの言うとおりだ先生」
「となると、面倒がさらに加速するってわけか」
相手が自分よりも戦闘経験がある、ときた。
あれ、やっぱりこれって詰んでるんじゃないだろうか。
歩兵が突破力も機動力も武装搭載量もある騎兵に勝てる状況は限られている。
頭をぼりぼりと掻きながら茶を飲んでぼんやりと戦術を巡らせつつ、オレはエアメルとヨルさんに向けて言った。
「辺境伯が金を取り持ってくれるとして、何人ぐらい集まりそうだ?」
「あっしのつてを使えばまあ、少なくとも十数人くらいは来るじゃろうな。話に聞いただけじゃが何人か金欠の者どももおるそうだわい。そいつらを全員呼べたとして、それでも数は二十には届かんじゃろうな」
「ヨルさんは?」
ぴくんっ、と猫耳を揺らしてヨルさんが少し考え込む。
これはなにか腹案があるのかとオレが期待していると、熊のおっさんが横から口を挟んできた。
「時にそなたの主である半獣族の英傑、北夷の恵み手殿は、この戦いに馳せ参じてはくれぬだろうか?」
北夷の恵み手、―――以前、シンがその名前を口にしていた気がする。
たしかその時は「エルフとガチで戦争して対等に渡り合えるヒト型生物はリンの戦闘狂一族と英傑の北夷の恵み手くらいなもん」と言っていた。あのエルフと対等に渡り合えるという時点で、常人のレベルではないのは言うまでもない。
なぜならば、この世界のエルフは言わばこの世界の《最善なるもの》なのだ。エルフたちは人間よりもさきに生まれ、数多くの伝説とともに生きてきた。
決して老いることはなく、怪力を誇り、またその目は鳥よりも鋭く、耳は木々の声を聞き分ける。清らかな水で打ち出された魔法の武具を持ち、矢は勢い衰えることなく敵に突き刺さる。
魔法の武具はゴブリンやオークといった愚かな者たちが近付けば青白く光輝き、それらはすべて銀のように美しく、汚れることも無く、また物理的な現象によって壊れることもない。
それがこの世界のエルフだ。
まあ、シンから貸して貰った本のうちの一冊、「異世界ヒッチハックガイド」に全部書いてあったんだが。(この本の表紙にはただの一言、〝パニクるなアホったれ〟と書いてある。すばらしい。誰がアホったれだクソ野郎)
そんな奴がいるのなら、是非この戦いにはせ参じて欲しいものなんだけどなぁ、とオレがヨルさんをじーっと見つめれば、ヨルさんもくりりとした瞳でこちらをじーっと見つめてきた。
瞳孔は猫型じゃなくて人間と同じなんだなぁ、とオレが思っていると、一言。
「我が主は無用な争いを好みません。勘違いされては困るので訂正しますが、以前のエルフたちとの騒乱は自衛であったと考えています。主は無用な死も好みませんから。それが恵み手と呼ばれる所以でもあるのです」
「あー、うん、そっかぁ……。恵み手さんてのは、優しい奴なんだな」
「はい。昔は義賊だったそうです。今もそうだと思いますけど、今回の件は干渉したがらないのではと私は思います。申し訳ありません」
「いや、いいんだ。他の手を考える。ようは二十人足らずで五十の騎兵をぶち殺せばいいわけだ」
まだ最善の策は思いついていないが、オレはにやりと笑ってみせる。
容易いことではない。けど、だからこそ、やっちまえば名が売れるってもんだ。
できなければ、その時は死ぬ。今度こそ、間違いなく。
右手が微かに震えているのを左手で押さえつけ、両足の震えも押さえ込み、話を続ける。
「オレとしては敵さんの突破力を押さえ込めなきゃ、そこで終わりだと思う。竜騎兵といっても聞けば重装騎兵と同等の重武装だ。馬もでかいだろうし、皆さんお分かりのように馬に突っ込まれた人間は死ぬ」
「しかし、それは一筋縄ではいかぬぞ。髭のないドワーフよ、それが簡単にいかぬからこそ騎兵は今もなお野を駆け山を越え、その剣を振りかざせているのじゃ」
「三兵戦術における騎兵は、そうだ。ただし、単一兵科の騎兵となると話は別だ」
訝しがるエアメルに笑みを浮かべ、オレはとっちらかった頭の中を整理し始める。
三兵戦術―――、歩兵・砲兵・騎兵を主軸とした作戦指揮は十九世紀まで戦争の中できわめてオーソドックスな形態だった。そして三つの兵科がそれぞれ機動力と火力を持ち、独立性が高くなると、戦闘においてもこれらを別個のものとして使うようになる。
簡単に言えば、三つの異なる属性のジョブが三すくみしているわけだ。プレイヤーは三つのジョブを効果的に連携させ、互いの欠点を別の利点で相殺し、連携させながら作戦を展開させていくのだ。
―――他の弱点を、別の利点で押し潰す。
これが三兵戦術の基本的な主軸であるとオレは思っている。
さて、そんななかでの騎兵は極めて強力な兵科である。
高価なだけあって人垣を薙ぎ倒して突き進み、砲火の中を馬の健脚をもってして駆け回る。自由自在に戦場を謳歌する馬上の人。その一団は敗走する兵士よりも早く、強い。止めの一撃をくれてやるにも、敗残兵の駆逐をやるにも、偵察をやるにも、もってこいの兵科だ。
ただ一点、火力の集中投射や槍衾といった対抗戦術を取られると、とたんに脆弱さを露にするという極端な性質があるため、ある人などは騎兵を温存したまま敗北を喫したり、別のまたある人は時期を逸した突撃を行わせて騎兵を大勢殺したりしている。騎兵を有効に使えるか否かが戦場の天才とそうでないものの評価点の一つになるほどに。
高価で運用に癖があり、防戦になるとたちまち脆弱さを露呈する。
それが騎兵であり、脆弱さを見せずに突撃を敢行し完遂することこそが、騎兵の在り様だ。
だからオレは逆にその脆弱さを最大限露呈させ、突撃を封殺しなければならない。
頭の中にある引き出しを全部ひっくり返し、知りうるだけの戦いからなんとか自分でもできそうだと思えるものをピックアップ。
それが終わると同時に、オレは口を開いた。
「………なぁ、エアメル。長弓や弩の扱いがうまい奴なら何人集められる?」
「金次第じゃが、長弓の射手ってだけならまあ、冒険者だけでなくそこらの狩人も参加するなら二十は越えるが……じゃがのう、騎兵に弓兵ってのは邪道じゃて。弩兵もじゃ。少し考え直した方がええと―――」
「いや、いいんだ。あとはなんとかする。なんとかしたい。なってほしい。金は辺境伯が、だろ?」
シェリダンの方に目をやれば、なにやらうきうきと楽しそうな表情で笑っている。
「いやぁ、転生者らしくない者だと思っておったが、こうして聞いていればなかなかいいものだな。よかろう、この戦い我輩は全面的に先生を支えようではないか! 先生が勝てばその分だけ、先生の知恵が手に入るわけでもあるのだからな!!」
「おい本音が漏れてるぞ領主」
「むぁっはっはっは!!」
豪快に笑って誤魔化そうとする筋肉達磨に呆れ、頭を抱えながらオレは決める。
逃げ出せそうもないのなら、覚悟を決めてやるしかない。今、ここで、しっかりと。
「……そんなにうまくやれるもんかね」
立てかけているロングライフルの銃身を撫でながら、オレはぼそりと一人呟いた。
たのしい解説コーナー
パニクるなアホったれ……元ネタは【銀河ヒッチハックガイド】。イギリスらしさ満点の素晴らしい作品。なお元ネタではパニクるなとしか書かれていない。このガイド本を書いたのは誰だあっ!?