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第27話「でもやっぱりオレは特許を捨てたいです」

 シェリダンなんていうアメリカ南軍司令官だったり、空挺戦車の名前だったりになってそうな名前がどうして異世界にあるんだよと冷静にメタフィクションなつっこみを頭の中でしていたとしても、それが口に出せるのかといえば、それとこれとは別問題だと答えるしかないだろう。

 はじめに言葉ありき、と大ベストセラーになった古典、聖なる同人誌には書かれていたが、それはなにも考えなしに言葉をぺらぺら喋り散らしていいぜって意味ではないのだ。



「…………あー、どうも?」



 でもさすがにこのリアクションはなんだオレ。

 口を開いてから猛烈に後悔した。ぺらぺら喋り散らした方がマシかもしれない。次にこういうことがあったらもっと礼儀正しく仰々しくぺらぺら喋り散らかすことにしようと心に決めた瞬間であった。



「うむ、どうも先生。娘から話はよぉぉぉっく、聞いておる。いやいや、あれで娘の教育費の問題がチャラになって、いけ好かん王都諸侯のどこぞの馬の骨に娘を預けることもせず、おまけにしっかりと教育もしておったからな! 君にはとても感謝していたんだよ。何分、辺境伯であるからしてなかなか忙しい上にほいほいと領主が顔を出すわけにもいかんからな」



 暑苦しい。

 まるで熊のような体格に、油で撫で付けたであろう黒髪に見事なカイゼル髭、一瞬なにかの布鎧かと思ってしまった飾りボタンと装飾だらけのジャケット、たとえ釘が埋まっていようとも貫通できなさそうなごついブーツ。

 握手のためにと差し出した右手がなんか運動部の嫌がらせにでもかかっているように痛い。つか握りつぶされそうになっている。硬くてごつごつしたシェリダンの手は、素手で家畜を縊り殺しそうな筋肉力を感じる。



「いだだだだだ……」


「おっとぉ、申し訳ない。昔から力加減ができん男だと褒められて育ったものだからな!」


「いやそれたぶん褒められてないんじゃないかなー……ってオレは思うわけですが」


「しかし、先生もどうしてなかなか面倒事に巻き込まれてしまったようですなぁ!」


「あ、そこ無視してくスタイルで。あ、はい」



 ちらっと後ろを見ればエアメルとヨルさんは、生贄の羊を見るような目をしていた。

 なるほど、ダビデがもし自分の意思でなく場の空気でゴリアテと対峙するようにされたとしたらきっとこんな感じなのだろうな、まったくもってろくでもないブラック企業の尻尾切りめいた実情に感動すら覚えながら、オレは面倒を避けるために言葉を選んで口を開く。



「え、えぇ……、というわけでオレ個人としては自身の安全を図るために特許関連をスクルジオさんにお譲りして、また別のものを考えようという次第でありまして……」


「なるほどなぁるほどぉぉぉ。しかぁし、先生、こう言うのも心苦しいのですが、このシェリダンとて代々王権により保護された権力と恩恵を賜ってきた貴族の古株! 我が領地にある領民たちが自らの権利を他貴族にほいほいと手放されては、我輩の面目が立たぬのだ! バカげているとお思いかも知れぬが、我輩は本気なのだぞ!?」


 

 うっわすっげーこいつバッカじゃねーの。

 などと反射的に口から嘲笑とファックサインと一緒に吐き出してしまいそうだったが、そんなことしたらマジで右手がミンチに加工されてしまうため飲み下す。さすがに今、利き手を失いたくはない。



「と、ということは……?」


「うんむ。ということで、君の特許をオーロシオの突撃息子に譲るなどという件はなしにしてもらう!」


「えーと、ということは……?」


「できれば話し合いで解決するのだ! 先生は知恵があるのだから出来ぬことではないと我輩は考えておる!」


「あー、でー、……できなかった場合は?」


「でなければ多少の武力の行使はやむをえんだろう。もしあちらさんが事前に私闘宣言書を用意していたら腹を括らねばなるまい。言いがかりとは分かっていても、スクルジオにやらせてやらねば我輩の立場が危うい。書にある正式な契約ならば我輩は履行せねばならぬ」


 すっと急に真顔になったシェリダンにオレは気圧される。

 熊のような体格のほとんどが脂肪ではなく筋肉であるとするなら、力加減などできなくて当然なのかもしれない。プロイセンの軍隊王は質素で話を聞かない兵隊愛好家だったが、こちらのタウリカ辺境伯はどうやらそこまで偏ったバイアスではないようだ。



「もっとも、我輩の見立てでは間違いなくそうなるが……、いかがするかね、先生」



 ごくり、と唾を飲み込み、オレはシェリダンの目を見て即座に言った。



「オレにはまったくもって分かりません」



 右手がゴキリ、という音を出した。

 たのしい用語解説


・辺境伯……辺境を治める没落貴族の爵位―――ではなく、外敵に対する軍事力を保持する代わりに主君から税免除などの特権が与えられた実は偉い爵位。力はあるがやっかみも多い。でもやっかみ過ぎると軍事力を盾にしてぶん殴ったり下剋上してきたりもする。軍事力がある以上、外交や根回しの上手い者が当主になると巨大化したりなんだりする。ブランデンブルク辺境伯とかは有名だと思う。実はかなり重要な地位。

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