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第26話「オレは特許を捨てるぞぉ」

 持ってきたロングライフルを椅子に立てかけ、林檎を食い荒らしながらオレはエアメルとヨルさんを交互に見てから露骨に面倒くさそうな声で言った



「んで、お二人はなぜに御呼ばれになされましたのでしょうかね」


「おんしと同じじゃ。宿で寝とったら叩き起こされてのう。もうたまらんわ」


「ボクもです。主の膝枕でいい気分でしたが、もう最悪です」


「なんだよ……、ここにいる全員が寝てるところを呼び出されてきたってわけか。まあ、そんだけヤバイ案件だってんだから納得もできるっちゃできるが、それでも一度害された気分だけは治りようがねえよなぁ……」



 そう愚痴りつつ、椅子に座って机に足を乗っけながら林檎をシャリシャリと食べる。両隣の二人が揃ってフルーツを食べながら無言で頷いた。



「しっかし、オーロシオ子爵の長子スクルジオはつい最近首都で遠征疲れを癒しとったと聞いたが、これまた嫌なタイミングで喧嘩を売ってきおったわい。よりにもよってノールラント公爵が結婚式で不在っちゅうこの時期にじゃ」


「オーロシオ子爵の上司みたいなもんなのか、そのノールラント公爵って?」



 芯だけになってしまった変わり果てた姿の林檎をみつめながらオレが言うと、エアメルは「そういやおんしは知らんはずだわな」と一人で頷いてから、つとつとと喋り始める。



「タウリカ以南のベルツァール北部四州を統べる由緒ある大貴族家が、ノールラント公爵じゃ。今はロバード・グスタフ三世とかいう偉丈夫の若者が当主なんじゃがな、ちょうど三日前から首都で盛大に結婚式を執り行っているんじゃと。オーロシオ子爵自身も結婚式会場じゃろうし、タウリカとスクルジオのあいだにあの馬鹿を止める壁はないも同然じゃ」


「でもさ、こう、魔法で遠距離通話とかできるもんなんじゃないのか?」


「ロバード・グスタフ三世は結婚される奥方同様、だいの魔法使い嫌いでな。参列者もわざわざ大貴族の心象を損ねるようなことはせんだろう。首都に早馬を飛ばしても、スクルジオがタウリカに来るのがまあ早いじゃろうな」


「んじゃオレはなんにせよ、死なないように努力しなきゃならないわけかよ……」



 芯だけになった林檎を銀の食器にぽいと投げ捨て、ポットから茶をカップに注ぐ。

 こうなるともう溜息しか出てこない。頭を抱えてさらに溜息を吐く。

 迷信曰く、溜息で幸運が逃げるそうだが、そんなことで逃げ出す幸運なら最初から願い下げというものだ。オレが求めているのはいざという時の万の一つの大幸運だけなのだから。

 

 さて、状況整理の時間だ。


 話し合いで解決できるならしたいところだが、資金源になりそうな特許を手放してしまうことだけは避けたい。

 しかし、かといっていきなり殺されるのもなんとかして回避したい。戦うにしたって手勢がいない上に、金だってまだ溜まってないから雇い入れることもできないだろう。

 生存を最優先で考えるのなら、相手が権力を振りかざしている内にさっさと特許を手渡してしまうのが良い。それならばスクルジオとやらは自分の権力によって特許を田舎の発明家からもぎ取ったと勘違いしてくれるだろう。高笑いしながらさっさとてめえの家にお帰りくださるはずだ。


 そうだ! それでいこう! とオレの脳内会議場は踊りはじめゆっくりと茶を飲みながら結論を出す。背に腹は変えられないという諺もあることだし、戦う場合のリスクと損失を考えたら割に合わない。

 貴族の長子が馬鹿みたいに一人でのこのこと徒歩でやってくるわけなんてありえんだろうし、そうなれば徒歩かつ剣術無学のオレに勝ち目などない。軍師ポジで年金生活を夢見る元帥閣下もどきになりたくとも、手勢がいない上に経験なし、さらには支払い金もしょっぺえとあっては兵が集まるわけがない。



「……よし、オレは特許を捨てるぞぉ」


「コウさんが持ってる特許は、これからお金になるんじゃないのですか?」



 音を立てずに茶を飲み、隣に座るヨルさんがじっとこちらを見つめてくる。

 乳白色の肌で露出多めの軽装小柄な猫耳女の子が、である。ドキッっとした。思わず日本の実家で飼い猫にしていたように撫で回して抱き締めたい衝動に駆られるが、そこはなんとか押さえ込む。

 どっしりと構えていることを見せるためにもまずはカップを持って、



「……手が震えてますよ、コウさん」


「そ、そそ、そんなわけないだろう?」



 ―――とりあえず、カップを置いて、咳払い。



「ごほん。………たしかにあの特許はこれから金になる。火縄銃士組合もゆっくりとだろうがあの形式でマスケット銃を整備していくだろうし、メンテナンスやらなにやらでも金は動くかもしれんし。マスケット銃で狩猟をする貴族とかだってきっとあの形式のやつを注文したりするだろうさ。火縄よりは見てくれは良いし、かっこいい。でも、その金が入ってくるときにオレが死んでたら意味がない。死人が金を持ってても、死人が得するわけないんだからな。死んだら、そこで終わりだ」



 本来は、という言葉をオレは飲み込む。

 暫定、日本で死んで転生してきた身としては、死んだらそこですべてが終わりと言い切れない。その世界でのものごとはたしかにすべて終わりかもしれないが、その次がまたあるかもしれないのだから。



「んまあ、こういう問題は殺されんうちにぱぱっと折れてしまうほうが正解じゃて。かく言うあっしも昔、南部のヒュー・バートンっちゅうボンクラ貴族にあらん疑いを被されたことがあったが、まあそれはそれは面倒じゃったわ。殴り合って話し合って酒を飲んで、最後は友となったがのう」


「ボク、王都で司法省っていうのを聞いたことがありますが、あそこは荘園内まで権力が行使できないそうですね。明確に口が出せるのは王の直轄領と教会に対してだけだとか聞いたことがあります」


「そもそも二十年間もあるのかないのかさっぱりなお役所に、期待してしまうことのほうが問題じゃろうな」


「期待しようと思っていた時期がオレにもありました……」



 やっぱりお役所はお役所かよぉ、とオレはがっくりとうなだれる。封建契約社会複雑怪奇。

 すると隣のヨルさんが優しく頭をなでなでしてくれた。胸の動悸とテンションがやばいことになる、が、ここは平静を装わねばならない。



「……顔が真っ赤ですよ、コウさん」


「そ、そそ、そんなわけないでしょう?」

 


 ―――とりあえず、ヨルさんの手を丁重に払いのけて、咳払い。



「ごほごほん。つーわけで、とりあえずオレの意思としては、生存最優先で見栄も誇りもへったくれもねえやり方をする予定だと」


「異議はありません。コウさんの持っている権利についての問題ですし、ボクから意見する必要性もありませんしね」


「あっしは泥をすすってでも生きるっちゅう生き方を尊重する身の上じゃからな。髭のないドワーフが背中を押して欲しいというのなら、喜んであっしは賛成しようぞ。なに、人間じゃあるまいし、まだまださきは長いのじゃ髭のないドワーフよ。悪きことで始まれば、それは良きことの前触れともいうじゃろう」



 暗に、自分には関係ないことですから、とヨルさん。

 腕を組みながら、うんうん、と頷いているエアメル。

 よし、これでオレの決意も固まったことだし、あとはこのことをタウリカ辺境伯に伝えるだけだ。がんばれがんばれやればできる、気持ちの問題だ気持ちの問題、と自分を鼓舞するオレ。頭の中で元日本テニス代表選手が太陽の如く輝いている中、閉まっていた扉が、


 ―――バーンッ!!


 と、ものすごい音をたてて開く。開いたのか爆発して吹っ飛んだのか判断に困る大音量。

 そして音量設定を間違えたとしか思えないような大音声が、オレの鼓膜を蹴っ飛ばした。



「待あああたれよぉぉぉ!! 第十代タウリカ辺境伯、シェリダン、その発言に異議あぁぁぁりぃっ!!」



 あーなるほど、あれがアティアの父親か。そんな感じする。むしろそんな感じしかしない。

 とても元気のよろしいおっさんの大声で意識が吹き飛びかけながらも、オレはさらにこう思うのであった。



 オレの生存最優先で見栄も誇りもへったくれもねえやり方ははやくも終了ですね、と。

たのしい解説コーナー


・荘園 ……偉い人が持ってるデカい私有地。中で車を乗り回しても違法ではない、私有地なので。こういう時代は中でいろいろしても契約で上位となる相手以外はなにも言えない、私有地なので。この私有地では持ち主が一番偉い。私有地なので。


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