第25話「タウリカ辺境伯邸にて」
タウリカ辺境伯のお屋敷はそれはもうご立派なものであった。
屋敷は左右均等の三階建て構造で、煙突がいくつか伸びている。かなり重厚な作りになっているように見え、正面の出入り口部分などはほとんど城門といっても詐称のない扉の両側に衛兵が勤めていた。
中庭は素人目に見てもかなり整えられているのが分かり、芝はきちんと一定の高さに切りそろえられている。草刈り機もない時代にこの庭をいったいどうやって整備しているのかと考えるだけでマンパワーの偉大さを再考せずにはいられない。
中庭を通り過ぎて第二城門(仮称)を潜り抜けると、やっと屋敷の玄関前に来たのか、馬車はくるっと建物の隣に横付けする。
「失礼、先生。しばしお待ちを」
「お、おう?」
一礼してシンたち護衛兼監視役がさきに馬車を降りる。
一人は馬車の扉を開けたままそこで止まり、一人は玄関扉をあけてそこで衛兵の如く直立不動し、そしてシンはと言えば屋敷の中へと入っていって執事らしき人物にあれこれと話しかけ始めた。
ああ、なるほど。護衛を二人ここに置くのは護衛兼監視役の役割としては納得だ。
で、娘さんのお気に入りでもあるシンが執事を通してタウリカ辺境伯にオレが到着したことを報告するのも納得である。
ここでもこういう序列やらで順序の変わる伝言ゲームはあるらしい。
しばらくすると再びシンが馬車に戻ってきて、馬車から降りるように促してきたので、オレはそれに従ってゆっくりとそれらしく馬車を降り、先導されながら屋敷の中へと入っていく。
屋敷の中に入るとそこは玄関ホールで吹き抜け構造になっていた。どうやら簡単な訪問はここで済ませるのか、景観を害さないような位置に椅子と机が置いてある。ド派手な装飾はないものの、あちこちに見え方によっては金細工に見えそうなほど磨かれた真鍮製の装飾が組み込まれていたりと、なかなかに洒落ていて趣味がいいなと感心した。
「先生はこちらへ。辺境伯は応接室でお会いになるそうです」
「お、おう、分かった。……こういうところは初めてだが、なかなかすげえなぁ」
「そう見えるように作ってありますから」
なるほど、プロイセン王だった兵隊王が「これくらい使ってその十倍は使ったように見せかけろ」と言ったように、外交的な威厳を保つ為にしかたなくそうしているわけだ。そういうことなら妙にごてごてしていない品の良い装飾類にも合点がいく。
本来、ここの主であるタウリカ辺境伯は無駄な支出を嫌っているのだろう。とはいえ、無駄な支出を嫌っているかと思えば別部門で散財している人間というのもよくいるので、ここですべてを神の如く察することなどできはしまいが。
そのまま廊下を歩いて応接室へと入っていく。中は清潔感と洒落た感じの装飾品などが置いてあり、椅子と机が置かれている。いわゆる応接セットである。机には湯気のたっているカップと陶器製のポットが置かれており、銀の食器の上には市場で見かけても安くはないお値段の葡萄やら林檎がぽんぽんと乗っかっていた。
「………で、呼ばれたのはオレだけではなかったというわけか」
「まあ、そういうことじゃな、髭のないドワーフよ。ほっほっほ」
「おはようございますコウ。ボクも寝起きで呼ばれて良い気分ではないんですが」
椅子に座って葡萄と林檎といったフルーツをぱくむしゃしつつ、カップの茶をぐびぐび飲んでいるエアメルと、シャリシャリと大人しく林檎をついばんでいるヨルさんの二人を見てオレはなぜかは分からないがげんなりした。
二人とも、オレと同じでほとんど代わり映えしない格好であることもあるが、なにより仕事後でしっかり休みたかったのにというオーラを隠す気もないらしく、変わりに応接室で思う存分くつろいでいるようである。この世界での冒険者とはいったいどんな存在であったかを痛感する。
「昨夜の中心人物三名が揃いましたため、タウリカ辺境伯を御呼びいたします。もうしばらくお待ちを」
礼をして扉を閉めるシンにウィンクをして別れる。
オレは溜息を吐きながら足を動かし、エアメルとヨルのあいだに座り込む。差し出された林檎を手にとって、しげしげと見つめたあとに噛み付いてやった。ほどよい硬さと口の中に広がる瑞々しい果汁と、林檎の味。
久しぶりの新鮮なフルーツの味わいが、寝起きで疲れている身体に染み渡る。