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第24話「(面倒事に)巻き込まれるのね、自分でも分かる」

 青空教室を開いていた場所には今、見事な刺繍が施された外套に、きめ細かな布のスカーフを巻き、腰に下げている得物の柄に手を添えた三人の男たちがいる。



「待たせて悪かったな、シン」

「いえ、こちらこそ突然申し訳ありません」



 オレが右手を差しだすと、青空教室の第一回卒業生のシンは黒い手袋をとって握手を返す。

 ジト目気味なのは生まれつきとして、シンは伸びた黒髪を後ろで一つに纏めているから中性的な顔立ちとあいまって男装の麗人に見えないこともなかった。

 ただし腰周りと肩の張りはやはり男性のものであり、ここ一年でまた背丈が伸びたようでもある。

 腰に下げているのは他の二人とは違い、オレがよく知っている形態の得物だ。



「刀か」

「さすが先生。よくご存知で。タウリカ辺境伯から賜りました」

「へぇ、なるほどね。アティアは元気でやってるか? ドワーフの感覚でのんびりしてると、すぐに日時が過ぎていくから、この前まで赤子だった子がもうよちよち歩いてるとかあるからな」

「先生とルールーさんはのんびりしてますから。アティア様は御家を継ぐため日々努力されております。機会があれば顔も合わせられましょう。では先生、こちらに」

「おう」



 シンに先導されて俺たちは馬車に乗る。

 この世界の馬車にはきっちりとしたサスペンションがあるのかなぁ、なかったらうろ覚えでも作ってみようかなぁ、と思いはしたが、さすがに形式と格式を守って護衛してくれている三人をないがしろにして馬車の車軸やらを覗き見るわけにもいかず、断念する。

 大人しく馬車に乗り込み、馬車の扉が閉まれば、すぐに御者が馬を走らせた。

 窓の外のタウリカの様子を見ながら、オレは話の主導権を握るべくシンに言った。



「で、昨夜そっちに回したコボルトって、そんなやばい後ろ盾があったのか?」

「察しが早くて助かります、先生。先生はこの世界の歴史の知識はありますか?」

「いや、ほとんどない。シンから貰ってたのは戦史と自伝関係だけだし、そもそもオレは歴史じゃなくて基本教養を教える立場だったからな。……あ、いや、歴史が嫌いってわけじゃないんだ。むしろ大好き。やれるんだったら歴史研究家とか歴史教師になってのんびりだらだら生活したいと思ってるくらいには好きだ」

「なるほど。ではベルツァールの統一のための戦争があったというのは」

「えーっと……《五州平定》とかってやつ?」



 エアメルとの話でそんなのがあったなとうろ覚えながら答えると、シンは頷く。



「初代国王、聖王アルフレートによってベルツァールは統一されました。それまであった五つの種族、人間、魔法使い、エルフ、ドワーフ、半獣人たちのそれぞれが、一つになる必要が迫られた争いがあったのです。詳細は省きますが、その戦争とノヴゴールの遠征で武名をあげた貴族たちが今も王国の重鎮だということが今回の騒動で一番面倒な点でして」

「………まっさかあ、その大貴族さまの内偵がアレっての?」



 心臓がバクバクいっているのを無視しながら、引きつった笑みでオレが言うと、シンは黙って頷く。



「あのコボルトはベルツァール王国貴族の名を口にしました。オーロシオ子爵の長子、スクルジオと。彼の目的はあなただそうです、先生」 

「えっ、嘘」

「嘘ではありません、先生。これは事実であって現実です。僕らはこれを直視する他、道はありません。彼はあなたのその銃が欲しい。正確に言えば、先生が特許を取得したそのホイールロック式の機構とライフリングそのものを独占したいのでしょう。もしくは、安く譲って欲しいのだろうとあのコボルドは言っていました。曰く、あなたはいきなり出てきた辺境の発明家で、スクルジオにとって目障りに映った。理由はそれくらいで十分でしょう、スクルジオ卿は強引な交渉で名が知れていますから、ついに野心が信念に勝ったというものかもしれません。それで、今回タウリカ辺境伯が先生をお呼びしたのもそのためです。あの男なら騎士道として認められていることであれば、なにをしてもおかしくない。それこそ、スクルジオが先生にフェーデを宣言して、直接殺しに来ても」

 


 嘘だろ、と呟きながらオレは額を押さえて考える。

 いきなりドライゼ小銃を作ったわけでもないのにこのざまだ。

 ボルトアクション式を兵器史に登場させ革新を引き起こしたわけでもないのにこのざまだ。

 ちょっとだけ欲張っただけでこのざまだ。

 その欲張りすらも否定されるのか。

 

 ちょっとした、できるかもしれないと思ってやったことが。

 思わずオーロシオ子爵の長子、スクルジオとやらをぶち殺してやりたい衝動に駆られる。

 が、すぐに歯止めが掛かる。

 チート能力があるならまだしも、オレにはそれがないのだから、無理だ。


 なら、どうする?

 有力貴族に目を付けられる、なんて筋書きは考えていなかった。

 オレがやりたかったのは、オレが望んでいたのは、自分の趣味を満喫しながらこの異世界で生活していくことだった。

 そしてあちこちに旅をして、最後はゆっくりと日向の安楽椅子の上でぽっくり死ぬつもりだったのに。

 軍オタだからって戦争を望んでいたわけでも、この世界の兵器革新を数百年早めて統計学的な数字で戦争をさせるくそったれの虐殺者になりたかったわけでもない。

 ただ、現実でできなかったスローライフってやつをやってみたかっただけなんだ、自分なりに。



「先生、落ち着いてください。タウリカ辺境伯は先生の味方です」



 ぽん、と肩に手をおいてシンが言った。

 今のところは、と正直に言わなかったところは褒めてやっても良いかもしれない。

 オレが顔をあげれば、シンは真っ直ぐな瞳でじっとこちらを見返している。

 生徒に支えられる先生、なんてのもなかなかかっこ悪いなと思い、オレは深呼吸をして無理矢理笑顔を作る。



「でもお前はアティアお嬢様の味方なんだろ?」

「…………こほん」

「否定ぐらいしろよこのリア充」

「嫌ですよ先生。アティア様の従士であるのですから先生のおっしゃるとおり、僕はアティア様の味方です。たとえなにがあっても、です」

「お前こういう時だけドヤ顔すんのやめろよ」

「事実ですから」



 勝ち誇ったような表情でいうシンに呆れながら、オレは内心の不安を押し殺して考える。

 タウリカ辺境伯の屋敷までは二十分くらいはかかるだろうから、それまである程度考えをまとめておかなければならない。

 なにせ、これはことによるとオレの生死にかかわってくる問題なのだから。

たのしい解説コーナー


フェーデ……野蛮な報復を中世風に文明化した制度。つまり格式ばったただの私闘。身代金積めば殺し合わないで済むようになった。いちゃもんつけて決闘を申し込んで身代金をぶんどるなど、だんだん悪用されていき悪名しか残らなかった。

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