第1話「祝・異世界転生? 転移?」
薄い緑色の葉が揺れていた。
それまで感じていた肌寒い空気は心地よい陽気に変わっており、背には大木、頭上には枝と葉が擦れあって音を立てている。
なにもかもが、先ほどとは違う。肌に感じる空気から目にする色彩、そこにあるものすべてががらりと変わっている。見渡せばあたりにあったはずの歩道橋や電線電柱、アスファルトの道路などはどこにもない。
綺麗な、ヨーロッパ風の田園風景。遠くに見える山の麓には、真っ白に光り輝いて見える教会のような建物がある。それと、ひときわ大きく無骨な屋敷があるのが見えた。
その近くには碁盤の目上に整備された小さな町があり、それらの周囲を柵のようなものが覆っている。
町の中の煉瓦作りの家の煙突からはもくもくと煙がふきだしていて、土がむき出しになった道に馬車が行きかうのがはっきりと見えた。
「いったい、なにが……」
眠気も疲労感も、ついでにさっきまでの恐怖感もどこかに吹っ飛んでいってしまい、オレは戸惑いながらもなんとか立ち上がる。
立ち上がった瞬間、なんだか違和感を感じた。サイズ違いの服を着た時のような、間違った靴を履いた時のような、なにかが身に合わない感覚だ。
その違和感の元を探ろうと体の状態を確認すると、着た覚えのない粗末な白い絹の服を着ていた。縫い目はところどころ不均一で粗く、皺も多い。それにフードのついた、これまた茶色いウールみたいな手触りの外套。ズボンと靴下は全部が白い布で作られていて、ちょっと汚れている。足元には土と草がくっついた黒い革靴がおいてあった。
両手を目視で確認して動かしてみて、次に両足でそれをやってみる。両手両足の肌色が違う。あまり日に当たらないオレの肌の色は日焼けのない白い肌だったが、この手足は健康的に日に焼けた肌をしている。
一応、五体満足ではあるが、記憶とは食い違っている。
「オレはたしか、事故って……それでトラックが……最後に体が―――」
潰れたはずだ、という言葉を飲み込んで、オレはその場に座り込む。
そのあとオレはどうなったか、記憶を整理しようとする。暗闇の中を延々と落ち続けている夢を見ていた気がするが、はっきりとは思い出せない。ただ、首から下の感覚のない、生首だけになったような不気味な感触だけはハッキリと思い出すことが出来た。
おかしい。記憶は確かに存在しているのに、目の前の情景と体の変化に説明がつかない。体が潰れた記憶があるのに、首だけになった感触も覚えているのに、五体満足であることがそもそもおかしい。
いや、そんなことを言ったら今ここで感じて見ているすべてがおかしいと言える。それこそ、いきなり別の世界の別の身体に飛ばされたなんてことがない限り筋が通らない。
「異世界転生? この場合は転移、いや意識だけが別の身体に乗り移ったのか……?」
バクバクと心臓が早鐘を打ち、冷汗が噴き出すのを感じながら、オレは靴を履く
身体のどこかを動かしてなにかをしていないと、心と精神がおかしくなってしまいそうだった。
車も飛行機も、電柱も電線もコンビニもない。アスファルトの道路やコンクリートの塀や、金属の柵も、まったく見当たらない。
つまるところ、ここではオレが信じている常識が通用しない可能性が高い。本当に異世界に来てしまったのなら、そう考えるのが妥当だろう。
背中にかいた冷汗のせいで服がぴったりと体にくっつくのを感じながら、靴を履きおいて顔を上げると、視界の隅に人影が見えた。
この意味不明な現象を把握する手がかりが歩いてきてくれた、とでも言うべきかもしれないが。