第23話「モーニングコール(ガチ)」
夜警の仕事がそれだけで終わるわけもなく、オレは一回目のシフトで七件の苦情対応、一件の窃盗未遂犯を捕縛し衛兵に引渡し、四件の酔っ払いによる喧嘩の仲裁を行い、鉛玉を一発ぶっぱなしてコボルトを一匹捕縛した。
酔っ払いの喧嘩の仲裁で出来た痣やたんこぶにはなんの手当ても出ないそうだが、コボルトとその後におきた窃盗未遂犯を捕縛したことでいくらか報酬が割高になった。
エアメル曰く、タウリカは今でも国家防衛上の要所として政府から援助金を貰っているらしく、現タウリカ辺境伯はそれをこうした治安維持方面の支出に一部あてているのだそうだ。
なので夜警の仕事の報酬としてはそこそこなお値段なのだそうである。
連なる山々が陽光を背負う頃、オレは睡魔に襲われながらもさっさと『彷徨い猫の囁き亭』で換金をすませて日本円換算で五千円ほどに、捕縛手当てとして追加で二千円。
総計七千円ほどを手にしたわけだ。
これだけならおいしい仕事に聞こえるが、やってみて分かったことだがそうでもない。
苦情の対応はこの世界でも面倒この上ないものであることに変わりはないし、なにより『彷徨い猫の囁き亭』の前ということもあってオレたちの前でいきなり殴り合いを始める冒険者や、飲みすぎて口からオロロロロする冒険者などが多いのだ。そんなうるさい連中の本拠地を背中にしながら、朝までずっと仕事なのだが談笑なのだか分からないようなことをしているのは、楽ではあるが精神的に辛い。
だからオレは仕事が終わるとそのまま『彷徨い猫の囁き亭』でエールを一杯頼み、それをゴクゴクと飲んで胸のもやもやを解消してから帰った。
帰った後は装備一式を机の上にまとめて、下着姿になってからベッドに飛び込み、気がついたら爆睡していたのである。
久々に昼まで寝てやろうと思っていたのにもかかわらず、オレは眠気眼で外出の準備に追われていた。 時刻はベッドに飛び込んでから三時間ほどくらいだろうか。
社畜でもないオレとしてはもうちょっと寝ておきたかったが、そうはいかない理由があったのだ。
「………珍しいこともあるものですね。タウリカ辺境伯がこんな朝早くから誰かを呼び出すなんて。はあぁ……、んふぅ」
むにゃむにゃ、と隠すこともなく欠伸をしながら枕を抱き締めたままぼけーっとしている低血圧気味のルールーを無視しながら、オレは不機嫌そうにぶつくさと愚痴を垂れていた。
「ざっけんじゃねえよ、こっちがさっきまで夜勤だって知ってて呼出してんだろうがよ、絶対によぉ。こっちは昼間でぐっすり眠ってやりたいこと書きたいこといっぱいあるってのに、あっちの都合だけですーぐこれだ。くっそ、面倒くさい。つか大体なんでライフルまで持っていかにゃならんのだ。フル装備がどんだけ面倒くさいか教えてやろうかくそが」
実際、前装式小銃を使用する兵士の装備は装填手順が猥雑なこともあってあっちこっちに器具を吊るして括りつけての繰り返しだ。
それでいてその順番を間違えたり左右を間違えると、装填する時に面倒が起きる。
どんなもものにも使いやすい位置というものはあるのだ。
ついでに言えば未明に脱ぎ捨てたままで洗濯すらしてないため、オレはもうなりふりかまっていられなくなり、緊急手段としてルールーの使っている棚からラベンダーの精油の小瓶を勝手に取り出した。
それを服に適量振りかけてやる。
ついでにエールの匂いがバレたらさすがにやばそうなので首や手に塗り込み、木のコップで飲み水をすくってそのなかに数滴垂らしてそれでうがいをした。
異世界でオードリー・ヘップバーンの真似事をすることになると、いったい誰が考えただろうか。
「ぇー……コウ、それ作るのとっっっっても、大変なんですよ? その精油を蒸留するのにラベンダーの束がいくつ必要なのか―――」
「今オレは可及的速やかに急いでるんだから許してくれよ! ああほら、仕事がない日にでもラベンダーの刈り取りとか手伝うから! それでいいだろ!?」
「うぅ……。本当、ですかぁ?」
「本当本当、マジで本当だから!」
ルールーを適当にあしらいながらオレはロングライフルを手にとって忘れ物はないかと部屋を見渡した。
剣帯は締めるが剣を差していくのは重いし疲れるので置いておくとしても、帽子などは被った方がいいのだろうかと思わないでもない。
だがそんなことよりも急いでいった方が心象は良さそうだ。
「ルールー、朝飯は抜いてもいいけど昼食はきっちり食えよ。オレちょっと出てくるから」
「ん、いってらっしゃい。気をつけていってくださいねー」
相変わらず暢気というかのほほんとしているというか、マイペースなルールーに背を向けて扉を開け、階段を昇って地上へと出でる。
たのしい解説コーナー
ラベンダー……民俗療法ではほぼ万能薬な存在。快眠虫除け頭痛薬などなどなど。ちなみに精油にするには結構手間と量がいる。