第22話「悪運の星の下」
ひとしきりすったもんだした挙句、オレはロングライフルに弾丸を装填してから廃教会に向かった。
案の定、廃教会の近くには人だかりが出来ていて、その中には松明を持って野次馬を追っ払おうとしている衛兵たちの姿もある。野次馬の中には見知った顔が結構いるが、いちいち挨拶している暇はないので人ごみを潜り抜けて衛兵と夜警の冒険者の輪の中に入り込む。
「おう、遅かったのう髭のないドワーフよ」
「まさか当たるとは思ってなかったからな……」
「そりゃぁ……、おぃ……。まあ良い。当たったもんは当たったもんじゃ」
「で、こいつ?」
「ああ、そいつじゃて」
ぐるるるる、と、こいつ呼ばわりされて怒っているのか、地面にぼたぼたと血を流しているブルドッグのような外見のコボルトが唸り声をあげる。
純鉛製の弾丸に獣油を塗った布を使っていたので、このまま処置もせず放置すれば間違いなく死ぬであろうことを考えると、とてもいたたまれない気持ちになってくるが、その前にオレは変なことに気がついた。
「……なんでこいつこんな上等な装備してるんだ?」
見た限り、コボルトは艶のない黒皮を何重にもして作った皮鎧を着込んでいる。
コボルトは一部が他種族の使用人や奴隷として使われることは知っているが、こんな豪勢な装備を着込んだ奴は今まで見たことがない。
黒皮はその色合いもあって武具として加工する者も多く、当然値段も張る。
艶が出ないようにきっちりと加工するのにも金がかかるし、それを何重にもするとなると、特殊な用途でないなら金属鎧を買ったほうがいいくらいの値段になる。
「どこかの貴族、あるいは組合からの刺客ではないでしょうか」
輪の中にいた一人の冒険者が声を上げる。
艶のある黒髪から猫耳がひょっこりと顔を出していて、乳白色の肌で露出多めの軽装小柄な女の子だ。男の性としてやはり胸に目線がいってしまうが、こちらもなかなかの大きさであった。
「おお、ヨル。おったのか。さっきの警笛はおんしのもんじゃな」
「そうです。嗅ぎなれない匂いと音がしたので見回りをしていたら、こいつが」
再び、ぐるるるる、と唸るコボルト。
しかしクナイやらナイフやら剣やら槍やら、挙句にロングライフルまで持っている衛兵アンド冒険者たちに囲まれてはその威嚇も空しいものである。
「で、ヨルさんとエアメルとか、こいつに尋問とかは……」
「したところで口を割るようにも見えんからのう。ついさっきルールーを呼びに行ってこいといったはずなんじゃが、まだ来んようじゃの」
「ルールー起きるまで長いし仕度が住むのを待ってたら、こいつ失血死しちまうぞ」
「な、なんてこと言うんですかコウっ! たしかに起きるのはつらいし仕度も長くかかってますけど、今日はまだ寝てませんから! ぜんっぜん、寝てませんから!」
「まずはその口元の涎を拭いてから言ってくれ。説得力が皆無だぞルールー」
「え、あっ」
輪の外からいそいそと入ってきたルールーだったが、すぐに顔を真っ赤にしていつもの長いローブの袖で口元の涎を拭い取る。
あれは写本をしていて寝落ちしたに違いない。
オレが溜息を吐くと、ぷくっと頬を膨らませてルールーが杖を構え、すねたような声で言った。
「もぅ、それで、尋問ですよね? なら早速始めましょう。―――詠唱開始」
静かだが耳によく響く不思議な声音で詠唱する。
「血よ、生命の源よ。汝に問う、汝に命ずる、汝に律する」
かつん、と杖の先端を地面に広がった血に浸して、ルールーは完全に萎縮しているコボルトをじっと見つめる。
杖と右目から青白い光の粒を発しながらもルールーは再び唇を震わせる。
「汝は我の僕、汝は我の奴隷、そして汝は肉を従える王なり。肉よ跪け、汝、ここに真実を―――」
「ぐぅぅぅっ、うぅぅぅ……ギィィィッ!!」
「……なぁ、ルールー? なんかコボルトが今にも死にそうな声をあげながらのた打ち回ってるんだけど? あれ、ちょっと、これってダメなやつだよね? こいつ口から血の泡を吹いてるって! あ、これやっぱりダメなやつだよね!? これダメなやつ!!」
「ルールー、それは拷問術であって尋問の術ではないぞ!!」
「えっ、えぇっ、だってこれは歴史ある由緒正しき古式魔法の一つで正当な尋問術ですよ?」
「五百年前の戦国時代以前からあったような物騒な魔法を、魔法使いは今でも受け継いでおるんか……」
さきほどのなんか凄い魔法使いっぽかったオーラもどこへやら。
いつものダメな魔法使いルールー・オー・サームが、自分の身体から流れ出した血溜まりにどさっと倒れ伏したコボルトの前であっちへうろうろこっちへうろうろし始める。
魔法使いが不思議な踊りを踊ってもなにもおこらないのは某RPGでもタウリカでも同じである。
エアメルとオレとヨルさんはこのまま放置したらやっぱり失血死しそうなコボルトを見ながらそれぞれ思案中のポーズを取る。
周囲の衛兵は口々に、
「これだから高位の魔法使いは……」
「戦国時代から尋問と拷問の区別がつかないってのは有名だったものな……」
「そんなことより慌てるルールーさんも素敵ですね」
と、あわあわしているルールーに聞こえないよう呆れた様子で呟いている。(三人目の頭は大丈夫か?)
とりあえずオレは安全になったことを確認し、コボルトの傷を確かめてみた。
弾丸はどうやら右肩に斜めに着弾したらしい。黒皮の鎧はすべて貫通していた。けれどもコボルトの右肩を貫通したわけではないらしく、背中側に穴はあいていない。鉛弾が体内に残っているとなると、傷口をぐりぐりして取りだすしかないが、今はそんなことは考えないことにする。
傷口を観察すると、コボルトの骨格標本など見たこともないが、感じからすると右の鎖骨は砕けているだろうことが分かった。次から次にあふれ出してくるような大規模出血はないので、動脈は奇跡的に外れているらしい。高位の回復魔法や奇跡がない限り、右腕はたぶん動かない。
そもそも回復させる前に鉛玉の摘出が必要で、それを怠ると今度は体内で鉛玉が悪さを働く。
結局、このコボルトを救うためには鉛玉を摘出しなければならないらしい。
「……ちょっとこれはマズイな。貫通してくれれば良かったんだが」
「どうしました、コウさん。なにか問題でもありましたか?」
「ヨルさん。ちょっとな。この右肩に弾があたったのは間違いないんだが、背中側には貫通痕がない。弾丸が体内で止まってるんだ。いっそのこと貫通すれば良かったんだが」
「なるほど。そういうことでしたら」
シャキーン、とヨルさんは腰から小型の刺剣のスティレットを取り出した。
コボルトの頭と左肩を膝で押さえつけ右肩の傷口にスティレットを「ぐりぐり」と突っ込んでさらに「ぐりぐり」し始める。
コボルトくんが悲痛な声で泣きわめき、口から白い泡がぶくぶく出てきた。
コボルトさんは子供みたいな泣き声で安らかな死を嘆願するようになった。
ここまでくると銃弾をぶち込んでしまったことへの罪悪感が半端ではない。
心の中でジャンピングスライディング土下座をしながら、オレは血とか脂とかでぬるぬるしている鉛玉をなんとか摘出したヨルさんに頭を下げる。
ドヤ顔なヨルさんはかわいいのだが、片手に血まみれスティレット持っているとなんというか萌える以前に本能的恐怖が湧き上がってくる。
「……おんしら、もうちっと異種族には優しくせえよ」
「だ、だれか野次馬の中にお医者さまはいらっしゃいませんか!? メディック、メディーック!」
頭を抱えながらルールーとヨルさんの暴挙に対してぼやくエアメル。
そしてしょぼくれるルールーとドヤ顔のヨルさんを尻目に、オレは旅客機に乗っているわけでもオマハビーチにいるわけでもないのに月並みなテンプレ台詞を口にする。
地面に大の字になったままぴくりとも動かなくなってしまった哀れなコボルトさんは、ブルドックのようないかつい顔に似合わず「くぅーん、くぅーん」と泣いている。
動物愛護団体どころかコボルト愛護団体がもしこの世界に存在するのであれば、ここにいる関係者は社会的に殺されてしまいそうである。
特にオレなんかは柴犬みたいな見た目の生徒をつい最近まで教えていたこともあってか、このコボルトがかわいそうでかわいそうでしかたがなかった。
というかルールーとヨルさんの容赦ない対応にドン引きして、気付けば怒鳴っていた。
「というかルールー、回復魔法とかそういう便利なものがあるなら今すぐ使って! 死んじゃうから、このコボルトさん死んじゃうから!」
「え、だってその、ただのコボルト相手にそういう魔法を使うのもどうかと思うかな……と。見た限り、好ましい役職ではなさそうですし……その割に装備が立派ですし、このまま生かしておくと余計な面倒を引き寄せる予感が………あと私、治すより壊す方が得意なので……私がやると副作用が大きいんですが」
「たしかに見た限りでは暗殺とか内偵なのは確実だけど、んなこたぁいいから使って! ほら早く!! ねえ早く!! 早くしろっておい!!」
「そ、そんなに怒鳴らなくても……わ、分かりましたよぉ」
涙目になったルールーは、ぐったりとしたコボルトさんに杖を突きつけ、穏やかな風のような囁き声でオレには何語だかも分からない言葉で詠唱し始める。
今度こそ本当にそれはきちんと回復魔法だったらしく、ヨルさんがスティレットでぐりぐりした傷もかーなーりゆっくりではあるが塞がっていき、血も止まった。
それまで虫の息だったコボルトさんの呼吸も痛みで呻いたりなんだりの末、ゆったりと安らかなものへと変わり、口元に噴き出していた泡も消える。
おー、やっぱ魔法ってすげーじゃん、ああでもこれオレは覚えられないんだよな、残念だなー、などとぼんやりと思いながらオレは一息ついて後ろで置いてけぼりをくらっていた衛兵さんたちに場所を譲る。
あとは警察ポジションの彼らがやってくれるだろう。
依然として涙目なルールーを仕事中だからとかあれこれと言い訳使ってなだめすかしてエアメルの下へと戻ると、彼はまたパイプ草をぷかぷかとやりながらぼそりと言った。
「いやはや、初日で大玉を引き当てるとは大した豪運、あるいは悪運じゃの。おんしはもしやそういう星の下に産まれついてしまったのかもしれんな」
「いやいやいや、そんな星の下に産まれついても嬉しくもなんともないから!」
「ほうじゃの。じゃが産まれついてしまったらそれはそれじゃ。運命というのはそんなもんじゃて」
ほっほっほ、と笑って『彷徨い猫の囁き亭』への道を歩き始めたエアメルの背を追いながら、オレは小さなファロイドの忍びにこう返した。
「ま、そうなったらそうなったで適当に頑張るだけだ」
―――その認識がどれだけ安直なものだったのかも知らずに。
たのしい解説コーナー
皮鎧……たかが皮鎧と思うかもしれないがフーリガンが新聞紙を折り曲げて捩じって硬くするくらいなんだから、皮なんてもっと硬くできる。処理によっては柔軟性と丈夫さを両立できる優れもの。まあお値段はします、そういう世の中です。
今回はここまでとなります。
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