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第19話「冒険者の店『彷徨い猫の囁き亭』」

熱かったり台風だったりで更新が遅れました!

感想だったりツッコミだったり、なんでも大丈夫ですのでよろしければご感想お願いします!


 タウリカ唯一の冒険者の店『彷徨い猫の囁き亭』に入ると、まず初めにファロイドの奏でるオカリナの音色が耳朶をくすぐる。昼から夕方にかけては食後の昼寝や夜勤に向けて仮眠する冒険者たちが多いため、その音色は柔らかく眠気を誘うものだ。何人かの冒険者は暖炉の近くでうたた寝しているし、オカリナを吹いているファロイドはそれを見てにやついている。

 オレはそいつらを横目に見ながら、依頼受注の受付窓口で書類仕事をしていたポニーテールの受付嬢に声をかける。栗色の髪はよく手入れされていて艶があり、体つきもルールーと違って出るところは出て、腰はきゅっと締まっている。藍色のベストに白いシャツがよく似合っていて、素直に可愛いなと思えるようなお姉さんだ。



「あー、どうも」 


「あらあらあら……、ドワーフの先生じゃない。いらっしゃい、今日はなにをしに来たのかしら? まさか冷やかし? それともナンパかしら?」


「え、いや違う違う違う!! ちょっと夜警の依頼がないかなとね!? ……というか、受付嬢さんも先生って言うのかい、オレのこと」


「なんだナンパじゃないかぁ、残念! まあ、ここらでものを教える人なんて最近じゃ君くらいなもんだから、みんな先生先生って呼んでるしね。で、夜警の依頼だったね。ちょっと待ってて!」



 手を付けていた書類をてきぱきと片付け、受付嬢はそのまま窓口の奥へと引っ込んでいく。

 オレはその間、冒険者の店『彷徨い猫の囁き亭』をじっくりと見回していた。なにせこの店に入ったのはギルドカードを作ってもらったとき以来で、それからこの店に来たことはない。

  冒険者の店『彷徨い猫の囁き亭』は二階建てで、一階が集会所と依頼受付の窓口になっており、二階が酒場と宿屋になっている。けれども、夜になれば二階の酒場から酒を持ってきて集会所の暖炉前で飲んだくれている奴らもいる。さらに言えば集会所でオカリナを含む楽器を吹いたり叩いたりするファロイドたちは、休憩中にパイプ草をぷかぷかと吹かすのでかなり煙たい。さらにさらにいえば、換気は昼と朝に二回なので、夜になると建物中にパイプ草の煙が充満することになる。

 ルールーが嫌がったのはそのパイプ草の匂いだ。煙草に似ているがかなり香料が加えられているからか、かなり甘ったるい。バニラみたいな匂いがする。

 日本では煙草を吸ったことがなかったので、ちょっと興味があったりするオレが、あれちょっと吸ってみようかな、と思っていると、受付嬢が戻ってきて窓口にバッと一枚の大きな羊皮紙を広げる。



「お待たせしました! えーっと、夜警(ナイトウォッチ)の仕事は初めてですよね、先生?」


「もちろん初めてだよ。今まで一度たりとも冒険者ギルドの仕事してないから」


「じゃあ夜警についての説明なんですが、いくつかポジションがあるんです。たとえば南北の門の番と、東西にある塔の番、それとここ、『彷徨い猫の囁き亭』前での番です」


「つまり、タウリカの四方と、その中心ってことか……」


「そのとおりです」



 羊皮紙はタウリカの全景になっている。

 全景と言っても、城壁――石造りのものではなく、丸太などの材木で作ったものだ――で囲まれている主要な地域だけで、そこには夜警の詰め所の位置などが書き込まれている。よくよく地図を見るとスケールがおかしかったり、少し歪んでいるようにも見えたが、冒険者に外部委託する地図がそこまで高精度なものの場合、覚えられると警備上非常に不味いのでわざとこうした地図を使わせてるのかもしれない。



「……ちなみに一番難易度が低いのはどこでしょうかね?」


「それなら『彷徨い猫の囁き亭』前での番ですね。ただその分、報酬も安くて拘束時間も長いですし、なにせ夜分の『彷徨い猫の囁き亭』ですので、その、なんというか……、いろいろうるさいので人気がないです」


「アッハイ。把握。で、そこで夜警をする場合、どんなことが想定されてるのかしらん?」


「主に夜盗や殺人、暴力事件や城壁内に入り込んだ獣の駆除、あるいは捕獲。他には衛兵が対処しきれなかった相談案件の処理などになります」


「ふむふむ」



 衛兵というのは、こちらの世界で言う警察みたいな存在だ。

 自治体ごとに元冒険者を雇い入れていることが多く、冒険と放浪の日々を失う代わりに、安定した賃金と公営住宅があてがわれる。装備も常識の範囲内なら注文できるし、闇夜でも目立つ白と青のツートンのサーコート以外、武具についての制約はない。

 


「夜盗とか、つまり犯人を確保したときはどうするんだ? 大声で呼べばいいのか?」


「それでも構いませんし、その場で縄で縛り付けて詰め所にぶちこんでもらっても結構です。ただ、こちらで警笛を一つ貸し出していますので、それを吹けば衛兵が飛んでくるようにはなってるんですが……」


「濁し気味の語尾ってことは、あれでしょう? 警笛がうるさいって騒音のクレームがくるんだ。だから滅多なことでは使わないでくれ、と」


「さっすが先生! そういう具合ですので、そういった不埒な輩がいたらできれば縄でふん縛っちゃってください。あとは衛兵から詳しい説明があると思いますけど……シフトはいつからにしましょうか? 今夜のシフトからでもいけますか?」


「じゃ、それでお願いするよ」


「では、この契約書にサインと蝋印をお願いします」


「ほいほい」



 てきぱきと地図を巻き直し、受付嬢は依頼書をスッとオレに差し出す。

 その小さな羊皮紙の内容を上から下まで確認した後、オレはゆっくりと羽ペンをインク壷につけ、自分の名前を記入する。そして懐から鈍い鉄色をしたギルドカードを取り出す。

 最底辺の等級の証である、屑鉄で作られたギルドカードには、何年の何季の何日に冒険者になったかが打ち込まれている。

 オレは窓口に立ててあった三つ蝋燭がたてられている蝋燭台から、一つだけ朱色の蝋燭を掴み、羊皮紙の下半分、空白になっている部分に傾ける。朱い蝋を垂らし、蝋が固まりきる前にギルドカードをそこに押し付けた。



「依頼の受託を確認しました。ありがとうございます。あなたに叡智の導きのあらんことを」



 営業スマイルを浮かべながら、受付嬢は契約書を慣れた手つきで丸めて棚に放り込む。

 オレはそのスマイルにぎこちない笑顔を浮かべ、ギルドカードを懐にしまいながら言った。



「おっけい、日が落ちたらまた来るぜ」


○ギルドカード


 金属で作られた冒険者の身分証明書。

 死亡時の身元確認にも使われ、依頼を受託する際の契約にも使用する。

 冒険者の等級によって金属が違い、本来の用途からは逸脱しているものの、余白に打ち込まれた印章や装飾は冒険者の勲章代わりになっている。


 最底辺は屑鉄、その次は青銅、鋼、銀、金、白金、ミスリルとなっている。

 等級昇格には貢献度、報奨金、評価、面接による人格判定なども含めて行われている。


 なお、現在ではぽんぽんと発行されているが、ギルド発足時には登録手数料だけでなく前科があるかないか、どのような家柄かといった調査まで行われ、それがすんだあとに"見習い"として一季丸々国家防衛事業に参加し、完遂した者のみが晴れて冒険者となることができた。


 これは既存ギルドと聖王アルフレートが一月ほど議論を重ねた上での妥協点である。

 

 アルフレートは「登録無料で月額も無料、冒険者は手厚く保護して依頼の凱旋はギルドが管理する」としたが、既存ギルドは「ギルドであるなら我々と同じ方式をとるべきである」と断固主張していた。

 最後はほとんど無関係だったはずの盗賊ギルドや、魔法協会までを巻き込んでの大討論会になったという。


 結局、現在では冒険者ギルドの例に倣って、他既存ギルドも参加資格などを緩め、以前ほど閉鎖的ではなくなってきている。

 なお、既存ギルドの改革の中心にいたのは、やはりこの世界の住人ではない人々が関わっていることが多かったそうな。

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