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第17話「先生と呼ばれるようになりましたが、やっと新米冒険者になれました」

 タウリカ青空教室開始から時は平穏無事に流れた。

 文字が書けるようになると生徒の半分が青空教室を出て行き親元やあちこちにある商人や冒険者向けの店で働き初め、足し算引き算を覚えるとさらに数人が金勘定が出来ることを売りにして商人に弟子入りしたり、これまた店で働き初めた。

 割り算掛け算が出来るようになると、もはやお前に用はないとでも言いたげに残った数人が文字と算数を武器に自分をあちこちに売り込み始めた。

 つうわけで結果として残ったのは、たったの四人であった。


 ガッデム。


 ああ、そう、四人ってのはあのアティア、シン、リン、それと柴犬っぽいコボルドの四人である。

 とはいえ、オレもアイフェルの店で仕事をしながらだったので、四人ともが完璧に算数を覚え、暗算したり長編小説をすらすら読めるようになるまではかなり時間がかかってしまったが……、それでも教師になるための過程の一つすら踏んでいなかったオレが、先生の真似事をしてしっかりものを覚えさせることが出来たのはすごいことだ。


 十七分の四という達成率は、まあしかたがない。

 勉強はたしかに後々大事になるが、勉強して金がもらえるわけではない。

 青空教室は無料開放で、これもまたルールーの慈善活動の一つだと思われていたせいか、好意的な意見も多かったが、なにせ朝方から昼までの時間、体力のある子供らなどの時間を拘束してしまうのだ。それが子供を働かせたりしない種族であっても、家事の手伝いはさせたりもするし、いないと困る家庭が出るのも納得だ。

 そもそも、だ。中世ヨーロッパでは『子供』という区分が存在しなかったのだから、それを保護するだとか、うんたらかんたらと善人ぶって人道主義に訴えたところで、あまり意味がない。家事をするのは良いことだし、慈善事業の無料開放の教室に最後まで通わせる義理もない。なんたって無料で、慈善事業なのだ。それにこの世界に来て思ったことだが、産まれてきてからちょっとしたばっかりの『人間』は、力も知恵もないものの、だからといって仕事ができないわけではないのだ。子供というのは、オレが思っているよりも遥かに力強く活力に満ちている。

 まあ結果として、最低限文字でも覚えてこいだとか、算数ができるようになってこいだとか、そういうところもまた多いのだ。保護者側が最初からそういうことだと、中退者がばんばん増えるってことになる。これは無料開放故の欠点だ。金がかかっていないから切り捨てるのも楽。大事なものなら金を使わせるべきだが、無名のドワーフがそれをやっても、というところになる。



「本当ならこのままコウに預けて教養ってやつを身につけて欲しいんだけどねぇ……」



 といってくれたのは、衣服の修繕を生業として代々タウリカで修繕屋を営むおばちゃんの言。

 おばちゃんは最近、近くの溜池で溺れかけていたファロイドの娘さんをそのまま養女に迎え入れ、その娘さんがオレの青空教室に通っていた。彼女は文字だけ覚えて、あとはそのままおばちゃんの修繕屋で働いているそうだ。

 刺繍で文字を縫うのも一人で出来るようになって、仕事が捗ると大喜びだった。

 


「……やっぱり基礎的な、というか経済的な余裕がないとこうなるわなって感じですはい」


「うぅん、そうですか。私の考えだとそんなはずではなかったのですが」



 青空教室の下、オレとルールーの住まいである廃教会の地下室。

 天井近くにある窓から入り込む陽光をぼんやりと眺めながら、オレはルールーが首を傾げるのを見てぼそりと言う。



「まあ、ルールーはどっかズレてるもんね」


「えっ……えっ、ぇ………?」



 机を挟んで向かいの席でなぜかショックを受けた様子のルールーはさておきとして、オレは今月の給料をチェックする。

 いい感じに貯金ができてきたので、そろそろここらで軍事分野―――というのはざっくりし過ぎなので、手始めに冒険者の仕事でも始めていこうかと思った。


 青空教室を始めてから、さらに一年が経っている。一年経つの早くね? とか、もう一年経ったのか早い、とかあるかもしれない。

 だが幸運と喜ぶべきか、はたまたお約束はどこにいったのだと嘆くべきか、国家の一大事も世界の危機もいまだ訪れる兆候はない。極普通に決まった日に蹄鉄屋で働いてアイフェルに尻を蹴っ飛ばされたりし、そしてほとんど無学の子供たちに文字や算数を教え、その傍らでこの世界の歴史や兵学、それとこのタウリカが属しているという、ベルツァール王国について調べていたくらいだ。

 そのあいだにオレは自分の身の丈にあった剣と盾をアイフェルの助けもあって自作し、長い長い時間をかけて屑鉄やらを集めて修繕屋のおばちゃんのコネでブリガンダインという簡単な鎧を一着仕立ててもらっていた。


 叉杖も森の中に入って用意して、これまたアイフェルのコネで鉛を仕入れては使い手のいなくなった火バサミを改造して弾丸の鋳型を作り、山のほうに出かけて鉱山ドワーフたちから硝石を購入し、エルフの森番の許可を得て木材を集めて木炭を作り、火トカゲの来襲に脅えながらちびちび少量ずつ黒色火薬を作り、何度も騒音の苦情をがみがみと衛兵に聞かされながらも、何十発も射撃練習で実弾をぶっぱなしていた。

 駆け出し冒険者にしては上等な装備だとか言われたが、正直もう少し整えるつもりだったのだ。貯まったお金はそれに使うつもりだ。



「……というか、結局はコウも冒険者になるんですね」


「転生したからには一度やってみたい職業だからなぁ……。そういえば、冒険者ギルドって、盗賊ギルドと同じように、他のギルドとちょっと違うって話をアイフェルから聞いてたんだけど。でもギルドって、職業別の組合のことだろ?」



 ようするに、同じ職業仲間同士仲良くやりましょうって組織だ。

 お互いの利益を独占しないように、共存共栄と技術の保存、発展を目的としたもので、もともとは市場を独占しようとした商人ギルドとの対立が原因で結成されたものが源流なのだとか。


 服飾はもちろん、鍵屋や武器屋、酒場といったほとんどあらゆる店の店主はなにかしらのギルドに所属していて、それぞれのギルドで決められた祝日は一つの場所に寄り集まって会合を開いたりする。

 ちなみに、アイフェルももちろんギルドに所属している。

 見習いのオレは加盟する資格がないので、実際にどんな話し合いをしているのかとか、なにをしているのかは検討もつかないのだが。


たのしい解説コーナー


教育者……中世から近世というか、長い期間で教育者は知的職業に登用されずに知識と身体以外技能もないような人であったりもする。義務教育ってすばらしい。


・組合 ……みんな大好きギルド。職人が集まって部外者に客を取られる前に囲んで潰したり、それぞれの技術を口外厳禁にして競争し合って疲弊して新規参入で死ぬことを防ぐ。技術の保護は徹底して口伝のみだったりする上、技術だけ盗もうとするととんでもない制裁を受ける。もちろん、組合未加入だったり未認可でやったらさらにとんでもないことになる。


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