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第16話「ベルツァール・ロングライフル」

 十七名の名前が書かれた羊皮紙を片手に、オレは地下へ続く階段を降りる。

 週三で蹄鉄屋のアルバイトしながら、講師の真似事もするってのはなかなかきつい気がしてきた。

 けれどまあ、三と三で交互にやって、丸一日休みの日を作ればなんとかなるだろう。

 講師の仕事はフルタイムでもなくわりと緩めにやるから、休みがなくてもいいっちゃいいが、今のオレにはやることがある。


 地下に降り、頑丈な鉄扉を肩で押して開く。

 そこにあるのは、今や書庫となっている。


 オレもたまに忘れてしまうのだが、ルールー・オー・サームの本職は魔法使いである。

 魔法使いは魔力を魔法陣などの術式を駆使して物理的に事象に干渉する――ようはオレら日本人がファンタジーでよく見る火球とか雷槍とかをぶっぱなすアレのことだが、アレ以外にもやることがあるのだ。それは他の職業となんら変わりない。

 最近になってようやくわかってきたのだが、その中でルールーが主にやっているのは、術を後世、若手に伝えるために術式を記録し、保存することらしい。


 たとえば触媒に使用する杖の材質はなにが最適かということ、杖の形状はどんなものが最適か、またどのような形状のものが過去存在していたかと、それだけで一つの学問を形成している。

 ついでにいえば魔法使いはかなり閉鎖的階級らしく、基本的に世襲制で魔法使いになる者が多い。

 その上で実力主義だから舌だけ達者な奴は出世しないし、研究が進まず失望して冒険者や傭兵になる者さえいる。

 そのため、この魔法使いの学問は魔法使いたちだけで形作らなければならない。


 ルールー・オー・サームも例外ではなく、むしろあちこちを放浪しているわけでもないため、常人以上の本やスクロールがここに集まるのである。


 ルールーはそれらを特殊なインクを用いて複写したり、あるいは再度暗号化して技術の漏洩を防ぐ。

 通常の黒インクで複写するのなら四六時中羊皮紙相手にがりがりかりかりしてればいいのだが、なにしろ魔法使いは通常の手段というのを忌避するので、ルールーの複写作業も一日に長くて三、四時間ほどだ。


 こっちに転生したばかりの頃は、本棚はきちんとした使われ方をしておらず、棚の上に乱雑に本が横積みになっていたりスクロールがその間に挟まっていたりと、かなりカオスな状態だったが、元古書店員アルバイト暦九年のオレの手腕によって、現在、本棚の中身は整然とした状態で、部屋は理知的な雰囲気をかもし出している。



「さってと……問題はこいつだ」



 持っていた羊皮紙を自分の名前が刻んである棚に置いて、オレは部屋の壁に立てかけてある"それ"を手に取る。

 長さはおおよそ一五〇センチメートル、重さは四キロ半ほど。柔軟かつ丈夫な木材と鉄で作られた"それ"は、アイフェルに手紙を受け取った数日後にとどいたものだ。

 ベルツァール火縄銃士組合から賞賛と敬意を、という文と紋章、そして細かな装飾が施された"それ"は、オレがこの世界に来て始めて手に持った"銃"だ。


 正式名称はない。しいていうなら、ベルツァール・ロングライフル、とでも言うべきだろうか。

 もちろん、オレが一から手掛けたものではないし、火縄銃士組合が貴族のぼっちゃんたちの集まりということもあって、作りは華奢で繊細で、実用性よりも見た目を重視して製作されているので、無駄な部分も多い。

 手が銃身に直接触れないための覆いであるハンドガードが、銃身の先端部以外をすっぽりと覆ってしまっているのだ。どう頑張っても80センチかそれ以下の腕の長さしかないオレからすれば、そこを削ってもうちょっと軽く仕上げてくれてもいいのでは、と思わずにはいられない。

 おまけに手紙で「複雑かつ虚弱」と書かれていた発火機構の基盤には、職人手製であろうオリーブの葉と枝のエングレーブが掘り込まれ、金色に輝く真鍮で縁取りされている。



「うっは、やっぱりすっげぇ」



 とはいえ、オレは感動していた。

 初めて手に持つ、そして初めて自分のものとなった銃を触りながら、オレはベルツァール首都の火縄銃士組合に感謝する。

 にやけ顔でロングライフルのストックを肩にあてがい、すっと見よう見まねで構えてみる。

 今さっき入ってきたばかりの扉の上の蝶番あたりに狙いを定めた。

 しばらくそうしていると、ロングライフルを支えている左手が疲れ始めた。


 やっぱり、このクラスの長さと重さにもなると、狙いをつけ続けるのにもかなりの筋力が必要になる。

 実際、このクラスの銃を使用していた初期の火縄銃士は、刺又のような形をした叉杖という専用の杖に銃身を乗せて狙いをつけていたのだ。

 帝政ロシアなどはバルディッシュを叉杖代わりに使っていたらしいが。



「んー……となると、森にでもいって都合いいやつ探さないとな」



 本格的に使い始めるとなると、火薬も鉛も同封されてた分じゃ全然足りない。

 なにかを望み始めると、またなにかをし始めなきゃならないのが世の中ですよねー。

 一人、とほほ、と呟きながら、ロングライフルを元あった場所に戻す。


 さあて、ここからが正念場だ。


 ―――たぶん!!


○教会跡地


 渓谷や山脈に挟まれ、ノヴゴールと呼ばれる地とベルツァール本土の合間に位置するタウリカでは文化もまた交じり合ったりぶつかりあってきた。

 タウリカの街にある廃教会もそのうちの一つで、もともとはハイランダーと呼ばれる高地民族がタウリカに入り込んできた時の名残り。


 特定の一つ神を奉るものではなく、あらゆる事象それぞれに神が宿ると考えていたハイランダーたちが作った「神族の休憩所」がこの教会。

 そのため宗教的な装飾などはなく、ただひたすらに無骨で丈夫な石造りの建物である。


 なお、天井が吹き飛んだのは戦争などのせいではなく、とある錬金術師が火薬を大量に調合していたところ、煙突から火蜥蜴がエクストリーム☆インフェルノ☆ダイヴしてきてしまい、それが原因で大爆発を起こしたためだとか。


 火薬は強力なのはいいのだが、大量に製造するとやたらめったら火蜥蜴を引き付けるようだ。

 この錬金術師はそれも知らなかったので、転生者だったのではと言われているが、やたらめったら威張りちらす性格だったため、友達などいるわけもなく、本当のところは今でも分からない。転生者だったらしい、ということだけが伝わっている。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ベルツァール・ロングライフル(V.L.R)の初のお目見え。すごい冶金技術だな〜 魔法使いの汚部屋が整然と整いましたね。さすがコウ!
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