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プロローグ「それはもうペチャっと」

 二〇XX年、一月某日、世界は核の炎に包まれることもなく、ただひたすら寒かった。

 天気予報士曰く、低気圧が日本列島を直撃してこの大寒波になっているらしい。

 関東圏の某県某市ですら、雪がチラチラと舞っている。路肩には雪が積もり始め、路面はしっとりと濡れて街灯の光で黒光りしている。


 そんな寒い真夜中の国道を、オレこと春日居光一は、勤め先の仕事を終え家に帰るところだった。

 年始早々から始まり、社内で蔓延しているインフルエンザにより二人が落伍した穴をリカバーするためにえんやこらとしていたら、怒涛の連勤。

 定時に帰れたためしないが、されど定時の時間にタイムカードを切り、溜まった仕事を延々とこなしては次へ次へと。


 気が付けば日付は変わっていて、目も疲れ肩首がバキバキになっている。明日が休みとはいえ、オレは心底疲れた。

 今年で二十九歳。独身、年齢=彼女いない歴の童貞。そしてここまで苦労しているのに、未だに社員にもなれていない。

 勤め先での仕事と責任は社員と同等だが、それでも契約上はアルバイト扱いである。責任が増えても、時給は増えない。



「……何時になったら人生は楽になるだろうなぁ」



 ぼんやりと呟きながらワイパーをかけて、窓についた雪を払う。ワイパーのゴムを変えていないからか、ゴムとガラスが擦れあう音がした。

 良いことばかりとは言わないけれども、悪いことがは必ずある。それが人生ってやつなのかもしれない。我慢するしかない。それが何時まで持つかは分からないが。

 楽天的なのか後ろ向きなのか自分でもわからないが、悲観主義であっても少しの能天気さがあれば人との付き合いは出来るものだ。その能天気さが無くなった時が、きっと一番辛いのだろうが。

 とはいえ、明日はやっと休日だ。見なきゃいけないアニメもあるし、読まなきゃならない本もある。やることだけは、いつもいっぱいある。



「そのうちなんとかなる、と思いたいよな」



 独り言ちながらのんびりと軽自動車で夜の国道を走り、眠気覚ましにと自販機で買っておいた缶コーヒーを手に取る。

 ぐいっと煽ればカフェインパワーが眠気を少しくらいは解消してくれるかなとも思ったが、そんなことはなかった。ちょっとばかりのカフェインではもう眠気覚ましにならないらしい。

 次は強烈なエナジードリンクでも買っておくかなと思いながら、缶コーヒーを一気飲みしてゴミ箱に入れる。

 少し先の十字路の信号が赤なので、スピードを緩めてゆっくりと停車。青になるのを待っていると、白いものが闇の帳の中を派手に舞い始めた。

 雪がさらに降ってきたようだ。さすがにこれくらい冷え込めばこんな降り方にもなるか、とオレは思わず呟き、続けて愚痴る。



「……おいおい、積もるなよ? 明日は思いっきり寝て、ラーメン食いに行くつもりなんだ」



 雪で濡れたり凍ったり、あるいは積もったりした道を歩いてラーメン屋まで歩くのを想像してオレはげんなりする。

 自分の性格上、好きなものを食べたり見たりしようとしないと、休日は寝て起きてカップ麺とコーヒーを友に本を読むか、アニメを見るかしかしなくなってしまう。

 読書とアニメ・映画鑑賞に疲れて横になって寝たらもう日付が変わっていることもあるから、外出理由にバッドステータスが加算されるのはかなり不味い。

 青になった信号を見てアクセルを踏みつつ、オレは雪道をとぼとぼラーメン屋に歩いていく自分の幻を頭から振り払う。


 気分転換にでもなればいいなと、オレはラジオをつけるが、なぜか流れ出したのはクラシックだった。

 ベートーベンの交響曲第七番第二楽章、通称不滅のアレグレット。

 色んな映像作品に使われた名作中の名作だが、今はやばい。なにがやばいってこの緩やかかつシンプルな旋律が、疲れた頭を猛烈な眠気へと誘うのだ。



「ダメだな……なんでこう、大事な時に運が悪いんだ」



 アレグレットから逃れるべくラジオの摘みを弄るオレ。

 けれど、どこのラジオも眠くなるようなものしか流してない。

 肩を落としながらもラジオを消して、オレは赤信号で再び停まる。赤い信号がなぜかオレを馬鹿にしているような気がして、ゼロを指している速度計に目を移す。


 疲れているとメンタルも後ろ向きになりがちだなと、溜息をつきながらハンドルから手を放し、ギアをニュートラルにいれてサイドブレーキをかけ、ブレーキペダルから足を放す。

 両手両足をぶつからない範囲でぶらぶらと動かして軽く解してみるが、首肩だけじゃなく全身がガチガチに凝り固まっているような感じでさらに後ろ向きになりかける。

 何か小さくてもいいから良いことがなにか起きてくれれば、今日は気持ちよく眠れそうなんだがと思っていると、目にぎらりとした光が差し込んだ。対向車線からだった。

 

 顔を上げて見えたのは、不自然な形で斜めになってこちらに突っ込んでくるシルバーの一般車両と、ぎらつくフロントライト。

 事故るなと直感して思ったのは、このあとの対応でまずどこに電話を掛ければいいのかということだった。それで頭が一杯で、自分が死ぬだなんて考えてもいなかった。

 だから、目の前が真っ黒になって、なにも感じなくなり、なにもかもが分からなくなってから、少しばかりびっくりした。

 前後不覚、上下も分からず、真っ暗な暗闇の中でふわふわと一人で孤独に漂ってる。

 そんな状態の中で、自分の死が唐突で呆気なくて、オレは酷く落ち込み、憤り、そして―――諦めた。



 ともかく、しばらくの間は。

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