第151話「ずる休み」
よく見てみると、大量にある骨の中には割れていたり、なにかで切断されたものも混じっている。
猫背気味に歪んだ背骨と小さな体躯のわりに大きな頭蓋骨は一見、人間の子供のものかと思いそうになるが、ここにある骨はどれもそうだ。出てきた場所も数も、子供の骨では脈絡がない。
人間でもドワーフでもないとすれば、これはおそらく、
「ゴブリンの骨か?」
「そう。よく気付いた」
「運搬時や意図して砕いたわけじゃ……ないよな、この骨のやつは」
「骨をスパっと斬れるほどの得物なんて、ここにはない」
「じゃあ……、これをドングンがやったってことか」
一から順に骨から大体の数を割り出そうと適当に数えつつオレは言うが、あきらかに二〇体くらいはありそうだと確信し、
「……取り残された後、独りで、この数をか?」
と思わずアイフェルに言った。
怪訝そうな顔をしている自覚はあったが、アイフェルはその顔も仕方ないとばかりに肩をすくめ、穴の淵をつま先で蹴っ飛ばす。
ボロボロと土が穴の中に落ちていき、骨の白が土で汚れる。
「第3縦坑はまだ続いてる。骨も引き上げてないだけで、まだまだある。ドワーフらしいものは、まだない」
「冗談だろ……。オレたちドワーフがいくら人よりも頑強だからと言って、単独で、しかも地下に取り残された状態でここまでやれるか?」
「普通は無理。わたしも窒息や毒気を疑った」
「見つけた時の状態はどうだった?」
「今みたいに一か所に集めてあった。誰かがやった」
「ドングン以外の誰かか?」
「あるいは、ドングン本人なのかもしれない」
その言葉を聞いて、ありえない、とオレはアイフェルを見た。
いくら空間が限られる坑道の中でも、数的優位を押し付けられれば疲弊もするし、ミスもする。
単独でゴブリンの群れに襲われたのなら、どれほど殺したところで結果は変わらない。ゴブリンの数に圧倒されての死だ。それが平原であるのならまだ距離や火力や機動力でやりようはあるが、坑道のような空間ではままならない。閉鎖空間での物量は、特に敵側の命が安い場合、面倒でしかない。付き合えば人命と時間を浪費するだけだ。
「これに……なんの意味があるって言うんだ」
骨の山を見下ろして、オレはぼそりと呟いていた。
ドングンは山に残った。見捨てられたとされている。仲間たちはドングンごとゴブリンたちをこの穴に封じ、誰もが死んだと思い込んでいた。
だが、ここにある骨はそのあとの物語があったのだと語っている。ドングンは、ドワーフの男は、その後も戦いを続けたのだ。誰一人として仲間が戻ってこない中で。
それにいったい、なんの意味があったのだろうか。最後の抵抗か、そうせざるをえなかったのか、それとも、まだオレたちの知りえないなにかがあったのか。
「コウ、まだドングンの骨は見つかってない」
またじっと考え込みそうになっていたオレを、アイフェルの言葉が現実に引き戻す。
顔を上げてアイフェルを見る。彼女もまたオレをじっと見つめていて、オレの肩をパンと叩いた。
「装備品だってまだ一つも見つかってない。考え込むのはなにかが見つかってからでも良い」
「ああ、うん。そうだな。……物が揃ってない状態で推理始めるのはダメだもんな」
「コウのその真面目すぎるところ。良い所だけど悪い所」
「もうちょっと適当に振舞えるように頑張ってるところなんだがな」
「頑張っちゃダメじゃない、それ」
「そうかもな」
うんうん、とアイフェルが少しだけにこりと笑った。
こういう時に親方がいると心が穏やかになって、乱れずに済む。本当に感謝してもしきれないなとオレは思った。
今日は書類仕事から目を背けて、第3縦坑の調査を現地で監督しよう。今、オレはそう決めた。
そうと決まればと、オレは杖をついて坑道へ向かった。