第150話「残り物」
休憩中に領民たちが農作業をしたり、飯を食ったり、狩りに出かけたりする様子を眺めていると、アイフェルからの呼び出しがあった。
何事かと伝令を任されたドワーフに聞いてみても、
「あんたも見た方が良い」
と強張った顔で言うのみで、説明しようとしない。
仕方なく杖を持ち出して居城から抜け出し、ドワーフの後を追って試掘地点へと向かう。
道中の木々はすっかりと葉を落としており、足元には枯れ葉と土と露が混じりあって非常に歩きづらい。
樵の連中が冬を待つのはこれもあるんだなと、オレは軟弱な地面で丸太を運ぶさまを想像しながらまた一つ知恵を得る。軟弱な地面は歩きづらいというだけでない。物を運搬するのにも適さないと理解はしていても、実際にやってみたりそれに似た経験がなければ、どうなるのかを知らなければ、重大さをしっかりと認知できないこともある。
これが春先になれば雪解けでさらに酷くなるし、夏から秋は農作業もある。樵たちが冬に動くのも納得だ。冬は雪を踏み固めて道を作り、人力で、あるいは馬や牛に曳かせて丸太を運ぶ。重労働だ。それがこの領地の主産業、生命線。
今の内にこうしたことに気づけて良かったとしみじみ思う。
「調査の状況はどんな感じなんだ?」
杖をつきながらオレは伝令のドワーフに言った。
何分、村のことや書類仕事のかかりきりで試掘に関しての作業はアイフェルに任せきりだった。
「ドングンの連中がどこまでやったか、残ってる杭やらなんやらの確認やらしとりまして、ちと手間取っとりましたわ」
「安全性の確保が最優先だから仕方ないさ」
「ありがてえこった。今日は奥の第3縦坑に深く潜っておったんですがね、そこでとんでもないものが見つかったんでさ」
「で、それを今から見に行くってわけだ」
「そういうこってす。腹括ってくださいな、おったまげますぜ」
おったまげますぜ、と言いながらも顔が強面髭面のドワーフが真顔で言うもんだから、今の段階でも結構心臓に悪いのだが。
いったい何を掘り当ててしまったのだろうかと言う不安も出てくる。
ドワーフと言う種族はその特性上、ファンタジーだと容易に工業的発展に行き着きやすいせいか、なにか好からぬものを掘り当てて酷い目に合うのがデフォルトだ。魔性の宝玉を手に入れて欲の病に取り付かれ竜に滅ぼされるとか、堕ちた神格を掘り当てて鉱山都市がほぼ全滅だとか、世界の創造主の品物を兵器転用しようとして種族ごと消失したりとか。
それは大抵、深く掘り進み過ぎたことによるものであって、ドングンたちがいかに欲深であったとしても、まさか厄災めいたものを掘り当てるほど深くは掘っていないはずだが。
「ドワーフの頭蓋骨が出てきたくらいなら、まあ想定内だな」
冗談っぽくそう言ってみると、伝令のドワーフは足を止めてにやりと笑う。
「なら半分は想定内かもしれませんな」
残り半分がなんなのか、彼は決して口にしなかった。
試掘地点は木々が伐採され丸太が集積されており、掘っ立て小屋が建っていて、その奥に坑道の入り口がぽっかり口を開けていた。
地図を見た時の説明通り、ここだけ山に切れ込みが入ったような地形になっており、坑道はその切れ込みの奥まったところにある。
坑道の入り口から離れたところに、アイフェルとドワーフたちは集まっている。オレが手をあげて挨拶の代わりにすると、アイフェルも手を上げ返し、他のドワーフは頭を下げた。
杖をつきながらえっちらほっちらとそちらまで歩いていくと、アイフェルたちは穴の周りに輪になって立っていたことに気づく。
「来てくれてありがと、コウ」
「何、ちょうど椅子と尻がくっつくとこだったんだ。引っぺがしてくれて助かったぜ」
「褒められるようなことじゃない。見てほしいけど、いい気持ちになるものじゃないよ、これ」
「でも領主のオレは見といた方が良いもんだろ?」
「まあね。絶対、うげって言うと思うけど」
「これでも結構修羅場駆け抜けてきたから、そう簡単にはうげって言わないと思うけどな」
「どうだか」
ふん、と楽し気に鼻で笑いながらアイフェルは半身になってオレが輪に入るスペースを作る。
どれどれと杖をつきながら穴の近くまで行き、中を覗いてみると、
「うげ」
小さく不揃いな骨が、たんまりと積みあがっていた。