第149話「小鬼の行方」
艶のある黒髪を風で弄られながら、ルールー=オー・サームは山の頂に座り日が地平線に沈むのを眺めていた。
辺鄙な土地であるモンパルプはこの山の下にあるが、ルールーの関心は髭なしドワーフの新しい領地よりも、この山の下に眠る存在だった。
コウやアイフェルたちドワーフは、この山に金があると調査を進めている。だが、それよりも妙な魔力の存在をルールーは感知している。
北方辺境のタウリカとノヴゴール間の監視者と国境監視術式は、すでに別の者が引き継いでおり、その術式を応用した広域探査術式をかけた時からその奇妙な魔力発生源はこの山の中から動いていない。それは生命力と魔力が混じりあい、溶け合っている。
「ふむ……」
じっとよく観察してみたところで、奇妙さが増すだけだった。
これは澱みでも、魔導国家レグス・マグナの合成獣でもない。生きているが、死んでもいる。魔法使いではないが、魔力を持っている。
まったくもって、これは奇妙だ。少なくともドワーフたちの調査採掘への敵対的な反応や、攻撃的な増幅反応はない。
それは一定に、平坦に、ただそこにあるだけだった。この一週間、ずっとそこにあるだけだ。今もなお。
「何か気になることがあるのか、魔法使い」
「魔法使いにとって、世界はいつも気になるものばかりで溢れているものですよ。あなたは―――」
「ザナだ。お前は領主と共に来てからというもの、モンパルプを歩き回っている。なにが目的だ?」
「観察と探索と調査を」
「それを信じろと?」
「信じてほしいとは思っていますよ」
帽子を押さえながらルールーが振り返れば、腰の剣に手をかけたエルフがいる。
金糸のような色合いをした艶やかに輝く金髪と、蜂蜜を溶かし込んだような白い肌と、尖った耳。それらが柔らかな月光に照らされ、芸術品のように様になっている。
これで剥き出しの敵意を向けられていなければ、とルールーは苦笑し、視線を下へと向けた。
「この山になにが居るのか、少し考えていたところでした」
「ここ十数年間、ゴブリンどもは見ていない。奴らが戻ったとは考えられない」
「では、ゴブリンは誰が根絶やしにしたんです? エルフのあなたたちですか?」
じっと、ルールーはザナを見つめる。
帽子の影になっているというのに、その隻眼は淡く鬼火のように輝いている。
ザナは不機嫌そうに肩をすくめ、剣から手を離してぶっきらぼうに言葉を返す。
「ザナたちではない。見かけ次第射殺してきたが、ザナたちは山に潜らなかった」
「賢明です。しかし、それではゴブリンはどこにいったのです?」
「………」
ルールーが問うが、答えは沈黙だった。
ザナはただ静かに目を伏せ、何も言わない。
彼女はその答えを知らないのだとルールーは察した。
「ゴブリンは愚かです。が、勝手に死滅するような存在ではありません」
「分かっている」
「地下でノヴゴールに繋がっているということはありえますか?」
「それは……ないはずだ。ノヴゴールは遠すぎる。そうだとしたら、ドングンとかいうドワーフとその取り巻きは一人も戻らなかったはずだ」
「そうですね。それほど深い地下があるなら、誰も戻らないのが普通でしょう」
となれば、とルールーは考える。
タウリカとノヴゴール間の監視者と国境監視術式は、なにもノヴゴールから来るものだけを見ているわけではない。こちら側から出て行くものもまた見ている。ゴブリンなどは密輸業者よりも見つけやすい類だ。だが、一つの巣が丸ごとノヴゴールに渡ったなどという記憶はルールーにはない。答えは決まっている。
ゴブリンはここで、奇妙な魔力を帯びた何者かによって、根絶やしにされたに違いないのだ。