第13話「先生には向いてないかもです」
オレの学校での成績は褒められたものでもなく、平均を上回った点数をとれたのは国語と社会くらいなものだ。
とはいえ、これはいいチャンスだ。教育はなにをするにも重要だし。こっちに来る前、日本のインターネット上でどっさりと投稿されたり、日の目を浴びて出版されたりする異世界転生小説で、いくつか教育が取り上げられていたのを読んだことがある。
軍事的な意味として着目するなら、やっぱり最低限の識字率は確保したい。地図の地名が読めない。命令書が読めない。暗号文の意味が分からない。それでは、あらゆる作戦展開に支障が出る。
日本は近代に入ってから識字率が他国と比較して頭が一つ二つ突き出しているから自覚することはないが、自分の名前をどうやって書くのか、自分の故郷、国の名前をどう書くのか知らない人だって世界には大勢いるのだ。
識字率の上昇で「文字」という武器が手に入る。
では次、算数はどうか。
これも「数字」という武器だ。
単純に足し算引き算、そして掛け算と割り算が出来るだけでもかなり違ってくる。
補給面でバイトで言う「棚卸し」つまり「在庫管理」をする時、二桁三桁の足し算はもちろん使うし、どれをどれだけ消費したのかを確認する「差異の確認」も算数あってのものだ。
目的地までの距離とそこまでの推定到達時間の概算を出すのにも、算数は使う。
これを下々まで浸透させることができれば、いずれオレがちょっとやる気になって、一国一城の主になろうと思って決起とかしちゃったりなんかした時、かなり役に立つこと間違いなし。
あと「文字」と「数字」があれば、というか、最低限国語と算数ができれば、あとは努力とコネ次第でどうとでもなるだろう。
半年暮らしてきて分かったことだが、この世界はそういった「情報の貧富の差」が激しいそうだし。
日本ではインターネットとカラーテレビが家庭に普及し、情報はすぐお茶の間に流れたものだ。
しかしここではテレビもインターネットも、そしてラジオすらないのである。こんな情報インフラで情報の貧富の差がないといったら、それこそおかしいだろう。ここでの情報の概念は吟遊詩人の歌詞や旅人の噂話、車列を組んで移動する商人たちの世間話がほとんどなのだ。
「って、あれ? ……それ、教室とかはどうするんだ?」
「ん? あぁ、ルールーとあなたが住んでる教会跡地、あれの一階が使える。天井が抜けてから誰も直してないから、あなたたち二人は地下室暮らしだし。空間の有効活用ってやつ?」
「いやルールーは面倒くさいからって直さないだけだよあれ」
「あんな親切で真面目な魔法使いに限ってがそんなことあるわけないでしょ」
アイフェルのジト眼から照射される厳しい視線を受けつつも、オレは本当のことなんだけどなぁ、と胸中一人呟く。
ルールー・オー・サーム。黒髪眼帯スレンダー美人かつ、ハイウィザードのお姉さんかつ、オレの身元引受人は、半年を経ても尚、まったくといいほど変化していない。
曰く、
「魔法使い、とくに位の高い者は安易に安っぽい仕事で小銭を稼ぐのは面子にかかわります」
だとか、
「報酬を受け取ることなく、善意で行動すべきだと私は思います」
だとか、そういうことを言ってはいるが、仕事らしいことはほとんどしていない。
やっぱり日中は猫のように日向でうとうとしていたり、良い風の吹くところでぼーっとしたりしてるけれど、どこの馬の骨とも知れないオレには優しい。
頑なに働こうとしないことを除けばやっぱり天使だ。
いや、正確に言えば「働いているのだが報酬をもらおうとしない」だろうか。
謎だ。謎過ぎる。もらえるものはもらっておく、という考えはないのだろうか。
頭の中ではルールーの行動を正当化しようとしている自分もいるが、それは無理だ。
結論として、オレにはわけがわからん。
あれで《監視者》とかいう二つ名を持っているのだというのだから、ますますわけがわからない。
ボロ布で顔面に噴出してきた変な汗をふき取りつつ、ルールーの意味不明な行動は魔法使い特有のものなのかもしれないと問題を棚の上にあげ、オレは来週からのことを考える。
冒険者になって独り立ちする前に、こんな仕事をするなんて思いもしなかったなぁ、と呟きながら。
「それと、コウが言っていたやつ、済ませておいた」
肉だんごをたっぷりと時間をかけて飲み込んだアイフェルが、無表情で続ける。
なにかオレがアイフェルに頼み込んでいたことがあっただろうか、と、オレは考えた。