第146話「十三人目のドワーフ」
モンパルプに着いてから二日目の朝、見慣れない部屋で目が覚めてちょっとびっくりした後、軽めの朝食を取り終えた頃。
長身痩躯の眼鏡男のトマスと領地の借金への対応や、財政的なあれこれを聞きながら白湯を飲んでいたオレは、十二人のドワーフの訪問を受けていた。
記憶ではもうちょっといたような気もするが、忙しくて疲れてきっちり数えていなかっただけで、そのドワーフとは親方のアイフェルたちのことだ。
どうやら寝ずにあれこれとやっていたらしく、皆一様に肌が脂ぎって目もぎらついている。それはアイフェルも同じで、無表情ながらにやや興奮気味なのが分かる。
トマスとドワーフと見紛うほどの小さくどっしりとした髭面のアンドレイが二人で人数分の白湯と、なにか食べるものを用意するのを尻目に、アイフェルは早速、話を始める。
「ドングンの穴は見つけた。コウは?」
「礼拝堂の記録を写してきた。ドングンの試掘地点も描いてあったけど、余分だったかもな」
「見てみないとわからない。見せて」
「あいよ。これがモンパルプ領だ」
礼拝堂で写した地図をテーブルに広げると、アイフェルを中心に十一人のドワーフがずらっと横に並ぶ。
アイフェル以外に女のドワーフはおらず、皆が男なのでなんともむさ苦しい。そしてドワーフの文化もあり男どもはオレ以外、皆そろって髭も髪ももさもさである。徹夜のせいもあってか髭も髪も土か石かなにかで汚れているが、彼らはそのことを特になんとも思っていないようだった。それはアイフェルも同じで、こと汚れに関してドワーフはかなり適当であるということをよく表している。
地図を見るドワーフたちの目は一様に真剣で、見ることに命でも賭けているかのような真剣さに思わずこっちまで息をのんでしまう。が、どうやらドングンの墓穴はモンパルプの領地内にあったようで、すぐにドワーフたちの表情は柔らかいものへと変わる。
ただ、どうやら写した地図と実際の地形、そしてドングンの墓穴の位置が異なるようだった。アイフェルに筆を持たせろと何人かのドワーフが言ったので、オレはちょうど白湯を持ってきたトマスに筆とインクを持ってくるように言い、トマスは騒がしさに辟易とした顔をしながらそれを取りに向かい、戻ってきた。
「山の輪郭が違うわな。こりゃ大雑把過ぎじゃ」
ドワーフの一人がそう言ったが、アイフェルはそいつに拳骨を叩き込んで黙らせた。
「そこはどうとでもなる。ドングンの墓穴の正確な位置、ここ」
「ふむふむ?」
そう言ってアイフェルが書き込んだ地点は、地図の地点よりもさらに奥まった位置にあった。
続けてアイフェルはその周辺の地形に修正線を引く。山の一部分が切り裂かれたような、渓谷のような地形だ。
こういうのは専門ではないのだが、山の一部がこんなに深くまで抉れるものだろうか、とオレは思った。河もないのに。
「……思ったより、奥まったところにあるな」
「実際はもっと凄い地形。あきらかに誰かの手が入ってる」
「でもこの地点は採石場でもない。モンパルプ領主がなにかしてたなら地図には載ってるはずだ」
「人間はたまに横着して忘れ去る。でもこれは人間じゃない」
確信を持っている顔でアイフェルは言った。
「様式はドワーフの地下都市に似通ってる。おそらくドングンたちの仕業」
「んでもな姫様、やっぱりドングンの野郎たちだけじゃあ、こんなにはならん」
太い腕を前で組み、一人のドワーフが目元に皺を作りながら言う。
三人ほどがそれに頷き、同様に腕を組んだ。これだからドワーフは分かりやすくていいな、とオレは思った。
要は納得していないから納得させてみろ、という態度だ。ドワーフはそれを隠さない。筋が通っていないと思うなら筋を通せとしっかり態度と声に出す。
アイフェルはその四人を見て、目を細め、答える。
「ドングンたちだけじゃない。その前からここに住んでた奴らの仕業」
「人間かエルフか、はたまた―――」
「ゴブリンどもの方。石材の割り方が一定じゃない。興味がないやり方だ」
「ドングンの野郎どもはそれを承知で潜ったと?」
「それ以外に考えられない。ゴブリンの巣穴に突っ込んで死んだなんて恥晒しだ。生き残った連中は、ゴブリンの巣穴を掘り当てたと嘘をついた」
ふむ、とドワーフたちは一様に黙り込む。
腕を組んでいた連中は深いため息をつき、腕を解いて地図上の印を見る。
ゴブリンの巣穴と分かっていながら金鉱を求めて穴に入っていくドワーフの一団が、彼らには見えているようだった。
カップを手に取り白湯をぐいっと一気飲みして、ドワーフは吐き捨てるように言った。
「まったく、間抜けもいいところだ。ドングンの欲深め」
「いくら欲深とはいっても、ここまでする意味が分からない。―――コウ?」
考えを巡らせているアイフェルは不意にオレの名前を呼んだ。
こっちに言葉が飛んでくるとは思っていなかったので、オレは口に運びかけていたカップをテーブルに戻しながら応じる。
「なんだ、親方」
「意地汚い強欲なドワーフがこんな見て分かる危険に飛び込む?」
「……意地汚く強欲なら、その危険以上の価値を見出さなきゃ飛び込まないだろうな。普通なら」
「なら、これはドングンにとって価値あるものか、あるいは普通じゃない案件だった。それを今、わたしたちが掘ろうとしている」
アイフェルと十二人のドワーフが一様にオレを見た。
ああなるほど、とオレは今度こそ自分のカップから白湯を飲み、一息ついた後に期待しているであろう言葉を口にする。
「大丈夫、責任はオレに来る。責任を取ることについてはちょっと慣れてるから心配すんなよ」
にっ、と笑みを浮かべながらサムズアップすると、アイフェルはジト目になってオレを睨む。
期待されていた答えではなかったらしい。
「南部戦役のことがあった後だと、そのジョーク笑えないよ」
うんうん、そうじゃな、と十一人のドワーフと、トマスとアンドレイも頷く。
オレは項垂れながら小さく、
「ごめんなさぁい……」
と言うしかなかった。
三年連続喪中なのであれですが、今年もよろしくお願いします。
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