第144話「地図写し」
モンパルプの教会はこじんまりとしたもので、村の集会所と祈りの場であり、それ以上でも以下でもないものだった。香の焚かれた空間には長椅子が並び、三段あがったところに長机と小さな十字架、そして蝋燭立てなどが置かれている。ここは一人の眼鏡をかけた青年が切り盛りをしており、モンパルプの領主であることを伝え、その領地がどこまで及ぶのかを調べたいと言ったら、すぐに目当てのものを持ってきてくれた。彼が長机に置いたのは、領地の設立からその変化を記録した、三枚の古い羊皮紙だった。
一枚目はオーロシオ子爵家がその所領の一部を騎士に与え、管理を任せた時のものだ。記録では東部から逃れてきたエルフの一団が半獣人の氏族を打ち破り、この土地に住み着いていたが、隣接するオーロシオ子爵家の庇護を求めて永住権と土地そのものを交換する契約を結んだ。契約はよく考えられたもので、エルフは永住権とオーロシオ子爵とモンパルプ領主の庇護を受け、森番として森を守護する代わりに兵役を免除される。オーロシオ子爵とモンパルプ領主の庇護は、それぞれの署名があり誓約されている。
「この時代はウィリアム三世、融和王の時代でして。ベルツァールに住む多種族間の融和を掲げ制度がいくつも出来た時代でした」
「歴史書にたびたび出てくる名前だったな。たしか、最期は酒の飲み過ぎだったとか」
「酒好きだったそうですからね。激務を酒で紛らわせたという逸話がいくつも残っていますよ。唄にもなったほどです」
傍らでそう言う青年は、こういう話が出来て楽しそうだった。この時点でモンパルプは麓の森に広がる領地を持っていたらしい。
二枚目は、モンパルプ勲功騎士領の拡張に関するものだった。どうやらドングンたちが訪れる前にモンパルプ勲功騎士の一人は山で採石をすることを考え、それをオーロシオ子爵に申し出て許可された。
「採石場は三代続きましたが、伐採と採石はどちらも危険です故、採石は寂れました。最盛期はジグスムント三世、練金王の時代でしょう。各地の要塞の建築に石が必要で、働き手がモンパルプまで来ることも少なくなかったようです」
青年はそう言いながら二枚目の羊皮紙に掛かれた地図を指さした。
「練金王がお隠れになり要塞の建築熱が冷めると、教会に領地を寄進するという話も何度かあったようですが、結局うまく話はまとまらず、この時代から領地はほとんど変わっていません」
「教会が寄進を断ったのか?」
「何分、このような土地ですので」
少しばかり自虐的に青年は言って、三枚目を見るようにとオレを促す。
オレはそれに従って二枚目を捲って三枚目の羊皮紙を見た。領地の形は変わっていないが、いくつか書き加えられている。
その一番頭にあった文章で、オレは少しばかり驚いた。
「ロウワラよりドワーフの王の一人、ドグヌールの使者、来たる……?」
「お探しのものはこれかと思います、ご領主」
青年はそう言って微笑み、オレはその書き加えられた文章を読んだ。
そこにはこう綴ってある。樽坊主のドングンが死んでなお無茶苦茶な契約で人間の領主を困らせていないか、と。
当時の領主はドングンが金の試掘に訪れ戻らなかったことを知らなかったため、今のオレのように教会で領地内の試掘許可の契約を見つけ出した。
領主は、試掘許可のみの契約であってそれ以上の契約は行われていないと事実を伝えた。使者は慇懃に礼を述べ、どうかドングンの試掘地点、死地を教えてくれないかと言った。
そして、この三枚目の地図にはドングンの墓所という名で試掘地点が丸で囲われている。その丸は、たしかにモンパルプの領地の中に描かれていた。
場所はモンパルプの村からそう遠くない。ここから、北東に回ったところだ。採石場跡もない、まったくの未開の土地。
「……これ、一部を写してもいいかな」
「もちろんですとも。奥の書斎に書見台と筆記用具がありますが、お使いになりますか?」
「じゃあ使わせてもらう。感謝する。えーっと、名前は―――」
「今はお忙しいでしょう。新天地にて覚える名前も多いことと思います。いまは神に仕える只人、ただそう記憶に止めていただければそれだけで光栄です」
「厚意に感謝する。落ち着いたら名前を聞かせてくれ」
「もちろんにございます」
礼をする青年に頭を下げ、オレは羊皮紙を片手に教会の奥の書斎へと入った。
地図を写すのはあまり得意ではないし、それを羽根ペンと羊皮紙を使って行うともなると少し骨が折れる作業だ。
紙と違ってざらつきが激しいし、羽根ペンもなかなか使い勝手が悪い。癖があるから、扱うにはコツがいる。
とはいえ、そうした経験もまた面白いものだと、オレはその日、地図を写す作業に集中した。
少しばかり短いですが作者のリハビリだと思ってくれれば幸いです。
最近は10年ぶりに出たACの新作にどっぷりハマっており、気分はどこぞのジオン残党です。