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第143話「ドングンの墓穴」


 なにか考えておくわ、とトマスに言って逃げるように居城を後にすると、アイフェルとドワーフたちがみすぼらしい小屋の前で集まってなにやら話し合っていた。

 従士長たちは村人たちに新しくやって来た人らの説明をしているようで、あちこちに散らばって村人たちと喋りあっている。村人たちはそれぞれの作業を止めることなく、適度に相槌や首肯して話を聞いているようだった。

 そういえばエルフと魔法使いという異色な人らであるザナとルールーはどうしたんだろうかと村をぐるっと見渡してみるが、二人の姿はどこにもない。ルールーは爆睡してたので、荷物ごと納屋に仕舞われていないか少し心配になった。



「コウ、ちょっと話がある」


「うん? はいよ?」



 納屋でひもじいと悲鳴をあげられるのは面倒だなと思っていると、アイフェルとドワーフたちがオレにこっちに来いと手招きしていた。

 杖をつきながらドワーフの集まりに首を突っ込むと、ツインテ親方以外はみんな寸胴の髭面の厳つい男揃いである。なんともむさくるしい盤面だ。



「で、話があるのか?」


「ある。ここモンパルプは人間が今から百年前、騎士王ウィリアム二世治世に起きた五年戦争―――属州ノヴゴールと東部エルフの大反乱の後に開拓した土地だとさっき聞いた」


「まあ、結構歴史ある所領だよな。小さいけど」


「たかが百年程度、まだ浅い」



 少しばかりむっとした顔でアイフェルが言えば、周りの髭面は太い首を縦に振る。



「それにここは、モンパルプと呼ばれる前から、ドワーフにとってちょっとした因縁のある地だった」


「ここにも滅びたドワーフの都市があったのか」


「違う。この近くに金掘りのドングンの墓穴がある」



 誰だそれ、と首を傾げると、親方以外のドワーフは目をまんまるにして、その後一斉に溜息をついた。

 やっぱりこいつらはみんな揃いも揃って失礼な連中ではないかとちょっとばかり思ったが、親方はそれらをすべて無視してぽつぽつと続ける。



「金掘りのドングンは統一戦争の時、ドワーフの旗頭として戦った英傑。それが死んだ場所がここの近くにある。金鉱山の試掘中にゴブリンの軍勢に襲われたの。ドングン含めて大勢が死んで、入り口は生き残りが崩して塞いだ」


「ふむふむ、それでどうなったんだ?」


「ドングンはロウワラの火入れに来ず、昔ながらの金掘りを続けて死んだ。古臭い山贔屓の小汚くて酒臭い俗物だったみたい。わたしの父の悪友。ドングンの連れも少なくて、死体を持ち帰る算段も出来ずに今もここら辺で死んでるはず。わたしがドングンの連れだった奴に見せられた山の形も、地図の位置も一致する」


「……ちょっと確認なんだが、意外と厄介な話だったりするのか、これ?」


「単純な話。ドングンの墓穴をわたしたちで掘れれば、コウへの恩返しになる」



 がつがつ、とドワーフたちが肯定の意を表す足踏みをしながら首肯して、にぃっとむさくるしい笑顔をこちらに向ける。

 たしかに南部戦役で武功を上げ、その後に現れた〝ロウワラの獣〟を討伐したのはたしかだが、死ぬ気でやった手前、死ぬ気でやったからこそ、実感がわかなかった。

 オレはあの時、ただただ本気で死にたくなかっただけで、なんならあの後、自分すら前線に置いて駒にした自分自身を本気恨んだものだが、アイフェルやロウワラのドワーフたちからすれば、それは大きな借りなのだろう。

 考えてもみれば、生まれ故郷を滅ぼした化物を討伐した旗頭なのだ。むしろ自覚がない今の状態が問題なのかもしれない。

 無自覚と言うのは、時として罪にも病にもなりうるものなのだし。



「まあゴブリンどもがしぶとく生きてっか、あるいは乾いて死んでっか、そこは掘ってみねえと分からねえがな」


「ドングンの墓穴を掘り返すんだ、そんくらいの危険はあったほうが刺激になるってもんだ」


「詩人の話じゃドングンの金兜は大玉の紫水晶アメジスト翠玉エメラルド琥珀アンバーで彩られてるそうだ」


「ハッ、詩人の話なんざあてにならんわ。わしがこの前に聞いたドグヌール王の話なんか、暗銀の全身鎧なんぞ存在しないもんまで歌っておったわ」


「掘る楽しみは大きけりゃ大きい分だけ良いってわからねえか、この馬鹿が」



 がっはっはっは、と肩を組合い肘で小突き合い、頭をはたき合いながらドワーフたちが談笑し始める。

 オレはそれを見ながら肩をすくめてくすっと笑った。ドワーフのこういうところは見習いたいものだとつくづく思う。なにかと考え過ぎる手前、楽観的に努めるようにはしているのだが、なかなか上手くいかないが、これが根っからのドワーフなどを見るとこっちまで乗せられて気が楽になるのだから不思議なものだ。

 


「でもまあ、ちょうどいいな。ついさっき春先まで返さなきゃならない借金があることを聞いたんで、それを返せるくらいでもありゃオレは満足だ」



 金ともなれば少しくらいでも見つかれば、と考えていたオレがそう言うと、ぴしゃりと水を水を打ったように静まり返る。

 アイフェルなどはなんだか苦虫を噛み潰したような顔で口元をもごもごしているし、他のドワーフたちもそっぽを向いたり口笛を吹こうとして失敗しひゅーひゅー変な音をたてたりし始めた。

 なんだこの微妙な反応はと違和感を覚えたオレは、金に関する疑問点や金を価値化する工程などをざっくり頭の中ではじきだして、まず頭の中に上がったものを口に出してみる。



「金がまったく見つからない可能性もあるのか?」


「それはない。伊達に金掘りの綽名はつかない。ドングンはクソだけど職人としては優秀」


「んじゃ次は……春先までに試掘が終わらなそうとか?」


「ドングンが試掘途中だったからそれはない。もうある穴をさらに掘るのは容易い」


「ああ、そうだ。金貨の金含有量に満たないとかか?」


「それもない」


「他は………」



 なんだろうか、と悩んでいると、突如として小屋の上から声が降ってきた。



「北部諸侯において金の鋳造権はノールラント侯爵家しか認められていない」



 全員がその気だるげな声に顔を挙げれば、屋根に特徴的な耳をしたエルフのザナがいた。

 当然、物理的に下に視られているのでドワーフたちが手に持った武器を掲げながら降りろだの落ちろだの転べだのとんでもないことを言い出したが、ザナはそれを気にする様子はなく、そのままドワーフたちの斧や剣を飛び越えて緩やかに着地した。

 身近なエルフが事務極振り内政チート野郎なニルベーヌ・ガルバストロ宮中伯なので、エルフがエルフらしく軽業を披露し、それがこれまた優雅で風に乗ったような良い動きだったので、ついパチパチと拍手をしていたが、アイフェル含めドワーフ全員から冷たい視線を向けられたのですぐに止めた。

 なんでエルフとドワーフってこうも反りが合わないんだろうかと思っていると、ザナは呆れたような溜息を吐いた。



「金鉱が見つかったとなればまずはオーロシオ子爵家に報告し、そこからノールラント公爵家と王室に話が行く。まずは金鉱を買い上げるか、委託するかが争点になる。委託するにしても試掘の金の献上と鑑定から補助金も出資されるけど、金も人もかかる。金と人なら任せられるのはノールラント公爵とオーロシオ子爵のどちらかだ。モンパルプは勲功騎士領、世襲が認められない所領の主にそれを任せるのはまずない―――と、ザナは確信している」


「なんじゃあ!? この葉っぱもんめが、ロウワラの救い手に無礼な!」


「真の忠臣は主の無知を正す。褒めて持ち上げ腐らすは暗愚を生む手法だ」


「んじゃとこの―――」


「いやいや、良いんだ良いんだ! ザナの直言ももっともだから、な? はっきりと言わなきゃ分からないことってのも、世の中にはあるからな?」


「む、むぅ……本人がそう言うんじゃ、もうええわ。話せ葉っぱもん」


「許可など得ずともザナは話すつもりだ」



 ふんぐぅ、と顔が真っ赤になるドワーフを横目に、オレはザナに続きを話すようにジェスチャーで促した。彼女はオレとアイフェルに小さく一礼してから、淡々と話し始める。



「得るものがないわけではない。試掘地点がモンパルプの所領であれば、モンパルプは土地の買い上げを上申できる立場にある。このドワーフたちが試掘の金を胸張って献上すれば、鑑定士が不正をすることも出来ない。加えて、髭なしドワーフのコウには南部の武勲があり、王冠への忠誠を示した。不当な扱いを受けることはない。王との取引ならどのような通貨であれ、常識的な範囲であれば都合をつけるはず」


「なるほど。それで、問題になりそうな点はあるのか、ザナ」


「ないわけではない。試掘地点が本当にモンパルプの所領の中にあるのか、それをまず教会の坊主に確認させないといけない」


「他には」


「楽な作業じゃない、冬の山場だ。それを掘るなら、なおさら危険だ。ザナならやらない」



 簡潔に、それでいてきっぱりと言い切ったザナは、それで終わりとばかりに腕を組んだ。

 ドワーフたちは目元をぴくぴくさせながらザナを睨みつけていたが、アイフェルが一歩、ザナに向けて踏み出すとそちらを見て押し黙る。

 首を少し傾けながら、ザナを見上げるアイフェルの目には火が灯ったような光があった。



「エルフの娘、わたしらドワーフを見くびるな。わたしらは恩義には必ず報いる。危険など、承知の上だ」


「………古のドワーフ王のような病にかからぬことを、ザナは願っているよ」



 瞬間、アイフェルの手が動いた。身の丈を超える戦槌はここにはないが、普段使いにしている短刀に手を掛けたのだといつも一緒に仕事をしていたオレは分かった。

 


「今すぐに、わたしの視界から失せろ、エルフの娘。さもなくば、侮辱を今ここで報いてやる」


「仰せの通りに、ロウワラの姫君」



 肩をすくめながらザナは小さく礼をして、そのまましゅっしゅっと見事な軽業で小屋の屋根に跳び、そこから柵の向こう側へと消えた。

 オレとしてはザナの物言いと態度はある意味で直球なのでありがたいが、アイフェルたちロウワラのドワーフたちにとってはいちいち癪に障ったらしい。アイフェルも静かにブチギレているし、なにより他のドワーフたちと言ったらザナの立っていたところに一斉に唾を吐く始末だ。

 凄まじく重たく苛烈なこの空気、このまま放置してどこかにいなくなりたい気持ちを抑えながら、オレはぼりぼりと頭を掻きながら皆に向けて言った。言わないと収拾がつかなくなりそうだったから、言うしかなかった。



「親方も皆も聞いてくれ。まず土地の方、モンパルプの所領が正確にどこまで広がっているかの地図は、こっちが探して調べさせる。で、そっちはそっちでドングンの墓穴の位置を探してくれ」


「……うん、わかった」


「それと、ザナの方には後でオレも叱っておく。あのエルフもオレの従士だ、従士の失礼で気分を害したならオレが詫びる。だから皆、それで許してやってくれ。領主としてこのとおり、頼む」



 オレは足を揃え、しっかりと頭を下げる。

 人のために頭を下げるのはあまりいい気分ではないが、領主としての職務を考えるとオレはなんとかして統率を取らないといけない。金もあまりなく人脈も偏りがちなオレに今できるのは、こうやって自分の立場と責務を明確にして謝意を示すことだけだ。アイフェルとドワーフたちがオレを同胞扱い、さらには救い主として見てくれるのはありがたいが、領主と言う立場はそれに浸っていられない。モンパルプが人間の土地であり、エルフの従士を抱える以上、ドワーフという出自に固執していては不和を招くだけだ。

 頭を下げたオレに対する対応は、さまざまだ。まさか謝られるとは思わなかった者が多いようで、受けごたえに困っておどおどしている者もいたが、アイフェルはもちろん違った。

 こつん、と痛くもないゲンコツがオレの頭に落とされた。アイフェルのゲンコツだと分かるのは、仕事で何回か彼女のゲンコツを喰らったことがあるからだった。

 頭をさすりながら顔を上げると、いつもの無表情な親方がいた。なにをやってるんだか、と小ばかにしたような表情だなと、なぜだかオレには分かるのだが。


 

「コウは、救いようがないお人よし」


「どうにもそういう性分らしいからな」


「ん。じゃあ、そっちはそっちでやっておいて」


「分かった。そっちもそっちでよろしくな、親方」



 ん、と首を縦に振ってツインテールを揺らすアイフェルを見ながら、オレは自然と笑みを浮かべ、ドワーフたちに親方と採掘のことをよろしく頼んだのだ。

 オレはオレで、まだまだやること確認すること喋ること、把握しなきゃいけないことが山ほどあった。


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