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第140話「紅葉の中で車列は進み」

 統一辺暦二〇〇年の竜眠季、十一月二十一日。

 南部戦役が終わりタウリカに帰郷するはずだったオレたちは、馬車列に揺られモンパルプへと向かっていた。こうなったのにも理由がある。

 王都バンフレートで関係各所に挨拶周りをしていた際、いきなりロンスン・ヴォーンに首根っこを引っ掴まれてそのまま国王ジグスムント四世と宮中伯ガルバストロとの三者面談と相成ったのである。


 そこで話されたのは時間の流れというか、タイムラインって面倒だなと思わざるを得ない情報だった。

 曰く、南部戦役中に王都バンフレートでは《救身教》の教徒らが貧困街から列をなして行進し、宮殿へ向かうという異常事態が発生していたとのこと。

 幸いこうした防衛の専門家であるパラディン伯のヘレン・ロウワラが陣頭指揮を執り、この行進が宮殿の正門を潜ることはなかったが、それでも鎮圧の際に合計で二十二名の死者が出たのだという。


 王都の兵を南部救援に差し向けたこのタイミングでの行動は、明らかに《澱み》の揺さぶりかなにかだろう。それにしてはやることが小賢しい気もするが、もしかするとあちらはあちらで意思決定や行動の範囲が決まっているのかもしれない。そもそも、オレたちが見てきた《澱み》の連中は常人から見て死生観が完全にどこか間違ってしまっているような相手ばかりだった。縦に繋がってはいるが、横の繋がりは薄いか、皆無の可能性がある。

 とはいえ、だ。それを事実だと判断できる材料が今はない。国王と宮中伯にただの推測を口にするのはやめておく。

 この度の南部戦役での貢献、パラディン伯ロンスン・ヴォーンを上手いこと操ったり操られたり乗せられたりしてくれたことなどに対して二人は礼を言うが、本題はその次のことだった。



「王都と南部がこのような状態にある以上、北部もまた《救身教》という内憂の存在が懸念される。騎士修道会が消耗している現状、今動けるのは領主たちしかいない。―――そして、新たに領主となったお前には自分の所領の管理責任がある。髭なしドワーフのコウはこのまま、モンパルプへ赴きその責任を果たせ」



 両名に真面目な顔で厳命されたオレは、首を縦に振るしかなかったのである。






―――



 モンパルプ行きの車列には、見知った顔がずらりと並んでいた。

 スレンダーな隻眼女魔法使いのルールー・オー・サームは幌馬車の奥で涎を垂らしながら爆睡を決め込み、鉱山都市ロウワラの姫様的な生い立ちが、つい最近明らかになったツルペタツインテ女ドワーフの親方ことアイフェルはオレの隣に座っている。車列の御者たちはスクルジオに雇われた者たちで、護衛の者たちは数は少ないが、皆がドワーフだった。

 護衛のドワーフたちは、ロウワラのドワーフたちだ。ローザリンデ・ユンガーのユーダル独立砲兵連隊から数人、王都のヘレン・ロウワラの配下から数人、そして〝ロウワラの獣〟討伐の知らせを受けて、獣殺しの英傑、髭なしドワーフに仕官するために集まった義勇の徒が数人。皆が皆、ドワーフらしく暑苦しく排他的で疑り深く強欲だが、オレが髭なしドワーフであるとアイフェルが言うと、しばし岩のように固まった後、膝の皿が割れんばかりの勢いでその場に跪き、号泣しながら一様に同じセリフを口にしたのだ。



「我らが一族の怨恨の果たし手、この恩義は身に染みて末代まで語り聞かせる故、我らがロウワラ復興の火入れには、共に肩を並べらるること、畏みお願い申す」

 


 これは、ありえないことだ。ドワーフが山なしの根無し草に跪いて頭を下げ、その上で畏み申すなどと言うとは。

 その上でこの恩義を末代まで語り聞かせるときた。ドワーフがこんなことを言うのは只事ではない。なぜって、この語り口はドワーフだけの英雄譚にしか存在しないからだ。

 ドワーフにとって頭を下げる、跪く、敬うといった行動は人間のそれよりも遥かに意味が重い。感謝の言葉ですら重い意味がある。それはドワーフが他の種族に比べて強烈な家族社会を形成しているためでもあり、その家族間での感謝や敬いというのは「言葉にせずとも通ずる」ことだからだ。滅多に感謝をしないドワーフにそうした習慣の軽視を指摘する者もいるが、オレから言わせればそれは逆だ。ドワーフこそは、それらの習慣に生き死にをかけるほど重視している。だからこそ罵られたことを死ぬまで忘れず、辱められた過去を一族の果たさなければならない怨恨として記録する。人間よりも長命な種族が、その年月を恨み続けることは容易いことではない。

 憤怒は激情だ。激することは己の感情を燃やすことでもある。それを燃やし続けることは、常人には出来ないことだ。それをドワーフたちは、種族として身に着けている。その文化は、激しくも厳かで、それであると同時に赤子すらその輪に抱え込むために粗野なのだ。その粗野は振る舞いは、下劣であることを意味するものではない。



「………そういえばコウ」


「ハイ? なんすか親方」



 幌馬車から後ろの車列や護衛のドワーフたちを眺めていたオレの意識は、アイフェルの声で引き戻される。

 隣にちょこんと座っているアイフェルは、ちょっとばかり首を傾げながらオレが両手と顎を乗せていた杖を指さしていた。

 


「その杖、杖としてしか使ってない?」


「え、杖に杖以外の使い道ってあります?」



 うげ、と聞こえてきそうな至極残念なものを視たという顔をする親方。



「…………ああ、コウは鈍いんだった」


「うぐっ……」



 頑張りを褒めてもらった後の旅路故、オレの心にそれは結構ぶっ刺さる。

 ガタゴトと最低限圧し固められた道を行く馬車の振動が、オレの尻から体中に響いて痛み、さらに落ち込む。

 赤く染まった紅葉が、季節もあってすでにパラパラと舞い落ちてきている。綺麗だが、ここから始まる冬のことを考えると胃も痛くなってきた。

 



「ま、まあドワーフなのにこの手の代物の査定がガバガバで鈍いのも事実だけども……もっと言い方が……」


「ほら、貸して」


「は、はい。杖としてならかなりお世話になってるから、もう傷とかもあるけど」


「そうじゃない。これは、こうする」



 そう言うと、アイフェルは杖の持ち手をぐっと握りこんで、ぐるっと回し、そのまま引き抜いた。

 現れたのは青みがかった黒い刃のない刀身と、鋭くとがった切っ先だった。いわゆる、仕込み杖である。刀身に刃がないので刺剣なのだろう。

 アイフェルの表情の変化は乏しいが、オレには今どんな表情なのかは分かる。ドヤ顔だ。親方はドヤっている。

 

 

「………なぜ杖に仕込みギミックが」



 刺剣となった杖を貰い、片手でくるくると回して具合を確かめる。バランスは良く、具合もいい。手首に負担もそこまでかからない。

 刀身の青みがかった黒い色合いは、焼き戻し処理の温度によるものだ。よく見ると中心部がダークブルー、縁にいくと淡い金色になっている。無駄に手がかかっている。

 刀身はシンプルな菱形でそれがそのまま柱状に伸びており、切っ先にかけて鋭くなっている。切っ先は無垢の鉄色といった感じにも見えるが、少しばかり赤みがかっている気もする。


 作りはドワーフらしく重厚。杖としての強度と、杖での打撃もこなせ、仕込み杖としての用途も考えられた一品だ。

 ただの杖にしてはやけに重くて頑丈だと思ってはいたが、まさかこんな仕込みがされた杖だとは思ってもいなかった。しかもネジ式で、焼き戻しもかなり手が込んでいる。

 やっぱりアイフェルって蹄鉄屋に収まるような人じゃないのではないか、と思いつつも、少し考えて合点がいく。

 アイフェルがずっと本気を出していたら、タウリカのギルドの加盟者のうち、金属加工系の業態がすべて滅びそうだからだ。



「いざという時、殺せる」



 自信満々のドヤ顔で物騒なことを呟く親方を見て、その作品を見て、オレは苦笑する。



「……まあ、うん、たしかに」



 ドワーフらしい一品だ。重厚で手が込んでいて、飾り気のない抜身の実用性。

 護身用なら刀身にも刃を入れればいい。それなら威圧にもなる。ただこれはそういう用途に作っていない。もしもの時に、相手を刺突し確実に傷をつけるための武器だ。武芸に秀でているわけでもないオレだから、簡単に使えるこの型に収まったのだと思う。ちょうど杖があるとありがたい身の上になっていたことだし。

 オレはアイフェルから鞘の方を貰って、仕込み杖を杖に戻した。護身用にしてはかなりストイックなアイテムだが、気に入った。剣として抜けずとも、この仕込み杖はよく耐えてくれるに違いない。

 アイフェルにはにかみながら礼を言うと、こくこくと首肯で答えてくれた。ドワーフというか、アイフェルとの付き合いが多いからこの辺の首尾は分かっているつもりだ。親方は結構喜んでいる。

 幌の中に舞い落ちてきた紅葉を拾い上げ、指先でくるくると回しながら、オレは後ろに続く二両の馬車とその左右と後ろにつく護衛のドワーフたちを眺めた。

 車列は、二頭立ての四輪馬車が三台あった。王都で勲功に免じ融通するというガルバストロからの申し出を受けて、オレは駄馬として安値になった四頭と、まだ数年は持ちそうな二頭を貰った。後ろの二両を引いている四頭は、これが最後の仕事になる。安いのにはそれなりの理由があり、四頭とも行商人の手から離れた馬だった。これからの竜眠季用に、干し肉にしたりできるかと考えたのだ。幸いなことにドワーフたちは肉を燻製にすることにかけては一家言あるようで、各々その太鼓腹を叩いて任せろと請け負ってくれた。

 四頭の馬たちは、そんなことも知らずにただ馬車を曳いてくれている。紅葉が舞い落ちる街道とも言えぬような道筋を、かっぽかっぽと健気に歩いてくれている。

 死は次なる生に巡り、循環し、回っていく。これもまたその一つなのだろうかと思いながら、オレはなんとも言えぬ気持になって、手に持っていた紅葉を幌の外へと捨てた。



「ああ、まったく……考え過ぎるな、オレ」



 ぐるぐると頭の中で謎のループを繰り返して、最終的に気分が墜落するのは悪い傾向だ。

 杖を両手で持ってガツガツと馬車の床を軽く打ち、深く息を吸って、吐く。一面の紅葉に染まった森は、決して悪い景色ではないはずだ。楽しもうと心に決める。

 しかし、どんなにそう考えようとしても、そう決めたと思っていても、領主として初めて過ごす季節が冬―――竜眠季であることに変わりはない。そして、雪解け後の属州侵攻も決定事項だ。



「でもちょっと………、少しばっかりは、何も考えずに過ごしたいよな」



 そんな小さな呟きが聞こえたのか、隣のアイフェルはぐうっと背伸びをして静かに頭に手を乗せてきて、気にするなと言わんばかりに頭を撫でた。

 本当に、ドワーフのこういうところが、オレはたまらなく好きになってきてるなと、自然と心からの笑みが零れた。

ちびちびと書いていきます。読者の応援が作者にとって最上の栄養剤になります。




感想、ツッコミ、キャラクター推しの報告、このキャラの描写を増やしてほしい増やせこの野郎などの声、心よりお待ちしております!!




感想が増えても返信いたしますので、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 序盤ののんびりした雰囲気も素晴らしかったので雪解けまでの僅かな期間だけど羽根を伸ばして欲しいところ 現実的に考えると領主になっての初訪問でのんびりする暇なんてなさそう…頑張れコウ君
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