『異世界ヒッチハックガイド』
〈はじめに〉
ヒッチハックガイド、などと大それた題名でござるが、この世界でヒッチハックするのは場合によって命の危険があるため得策ではないでござる。
理由としてはこの世界は拙者らの世界と比べもちろん治安が悪いのでござる。というよりも、いわゆる「行政」の及ぶ手が非常に限られたものとなっているからでござる。拙者らの考える「行政」はまるで完成したパズルの如く各行政が身の回りのあらゆる分野で組み合わさってそれらの管理や保全などを行うものでござるが、この世界における「行政」とはその土地の「領主」に帰属しておるのでござるからして、その方針や力の入れ具合や抜き具合がまちまちでござる。そして領主もまた拙者らの世界での「村長」クラスの地方自治体をまとめる者もおる上に、これらの「領主」らの「領地」は「領主」のものであるからして、これらを上から改善するといった組織、機関がそもそも存在しない、あるいは存在していても非常に限られた効力しか持たないのでござる。
故に、拙者らの世界とは違う現実が汝らを待ち受けることになる、でござる。
困惑は何度も体験することになるでござろう。魔法があるのに、こんなに優れた種族がいるのに、と。
でも、考え方を変えてみるとどうでござろうか。
―――なにも持たぬ者が騎士の鎧を貫く輝くつぶてを撃ち、光る剣を振るっては投げ、見えないものを視るのでござる。
―――拙者らとは寿命も文化も違う何者かが、拙者ら以上の知識と経験を独自に進化させた物品であふれているのでござる。
―――拙者らよりも美しく強靭な何者かが、拙者らの知らぬ美しい武具を持って長弓を容易く引き、宙を舞う葉に矢を当てるのでござる。
隣の芝生は青く見える、とはよく言ったものでござる。
人は羨ましいと思ったその瞬間に、嫉妬の尾をすでに踏んでしまっているのでござろう。嫉妬は、容易く命を奪うものにござる。そこにそうするだけの道具があれば、なおさらのこと。
優れて富める者が隣にいる弱く貧しい者を助けるというのは、良識ではござるが常識ではござらん。稀を期待して常を忘れることなど、出来ぬのでござる。危機感と焦燥が、心を惑わすのでござる。
故に、この世界は戦いと不条理に溢れ、不安定で死がそこらかしこを徘徊していると思うべきでござろう。
さて、ガイドと銘打つからには、拙者は汝らに警告しなければならぬでござろう。これは忠告でも助言でもなく、文字通りの警告でござる。
―――生きること以上のことを為そうとするならば、汝の首には常に死神の鎌が掛かっていると記憶するべし。
これは、拙者の実体験からの警告にござる。
ただ生きること、ただそれだけのことがこの世界においては全力をかける価値があるのでござる。ただ生きることができるのならばと、罪を背負う者も少なくはないのでござる。
もし、拙者のこのガイドが書かれて以降、この国がもっと豊かで安定した状態になっているのならば幸いにござる。そうなれば、きっと生きやすくはなっているはずでござろう。
生きること。ただ、日常を過ごし、食って寝るために手業を磨き、あるいは知恵を巡らせ、飢えて死ぬことを回避することが、まずはこの世界において汝が最初に目指すべき第一ポイント、にござる。
このガイドはその助け、この世界、ベルツァール王国についての生存の心得となれば幸いにござる。
作者:島国人のミチオ
(この最初のページのみ、髭なしドワーフはノートに書き写している)