第134話「冷たい怒りと逆鱗」
怒りは度を越えると冷たくなる。オレは何発も火縄銃をぶっぱなし、何度も再生しようとする化物を殺して殺して、殺していったが、一向に体を支配する氷のように冷たい感情は収まらなかった。むしろ化物が再生を試みるたびに、その冷たさは一層増していって、すっと鋭さを増していくような気がした。感情が氷のナイフのように研ぎ澄まされ、引き金を引くことになんら躊躇いを覚えない。何度も何度も殺しても、オレの心に浮かぶのは、何度だって殺してやるという無慈悲な言葉だけだった。
この時代の火縄銃に限らず、あらゆる銃火器の口径というのは現代の小口径火器と比べて三倍から四倍もの大きさを誇る。それらは一つ一つ微妙に個体差があって正確に何ミリとは言えないのが実情でもある。18世紀にイギリス帝国軍に正式採用され、イギリス帝国軍の顔とも呼べる存在になったマスケット銃のブラウン・ベスでさえ、およそ19ミリというのだから驚きだ。無煙火薬よりも遥かに性能の劣る黒色火薬を用いるために一概にその口径を誇ることはできないが、しかしこの大口径で本当の混じり気のない鉛玉が飛んでいくのだから、それが肉体に命中した時のえげつなさは想像にたやすい。鉛は柔らかい金属なのだ。その柔らかさは人体を引き裂き、銃弾の持つ運動エネルギーで肉や筋肉や骨を破壊するのに、これ以上なく適している。
何発撃ったのか数えている感情的な余裕があるわけもなく、オレは何度も何度も引き金を引き、その度にロウワラの獣を殺していった。その姿は種族を問わず性別を問わず、様々な人に化けては色も大きさも違う瞳で恨めし気に俺を見つめてくる。その顔を、その目を鉛玉で粉砕する作業だ。慈悲は要らず、冷たい憤怒が感情を平坦化し、ただそうするべきだという考えのみがオレの身体を―――。
「そこまでにした方がいい、コウ」
手で銃を下ろさせたのは、サトルだった。眼鏡の向こうの目は講和会議の時からなにも変わっていない。まるでこれまでも見てきたかのように、まるでこれが最初ではないかのように、まるでオレの抱えるこの冷たい憤怒を知っているかのように、オレの構えた銃を手で制して銃口を上げさせようとしない。
目の前でまた化物が再生しようとしている。肉が蠢き立ち昇り、骨と筋肉と脂肪と脳みそと目玉、それぞれの人体のパーツがそれぞれあるべき場所に嵌って接続され、編み込まれていく。あるべき姿に戻ろうとしているかのようで、その光景が目の前にあるだけで虫唾が走る。サトルの手を杖で弾こうと思ったが、右の脇腹に食い込むように強く押し付けられた硬い感触でオレはハッとした。それはサトルがベルトにいくつも刺している拳銃の銃口、円筒形の鉄の感触だった。
「やめるんだ。そうやって人を無感情に殺せば、お前は死者を弔う心まで失うんだぞ」
押し付けられた銃口とサトルの言葉に力が籠る。大事なものが目の前で道を外れようとしているのを諫めるかのような口調に、オレの冷たい憤怒はじわじわと胸のあたりで溶けていって、引き金に込めた力が失われていく。体中の鈍い痛みが戻ってきて、両肩に鉛でものっかったような重みを感じた。これがいつものオレだな、とオレは火縄銃の火蓋を閉めた。右脇腹に押し付けられた銃口が遠のくのを感じ、オレは火縄銃を持ち主の火縄銃士に返した。
「………すまねえ、みっともないとこ見せちまった」
「大丈夫だ、僕は慣れてる」
左の唇をくいっと引き上げる不器用な笑い方をしながら、サトルは振り返る。
「あとは、ウィクトリアがやってくれる」
オレもそれを聞いて振り返れば、そこには熱気を孕む空気を纏った赤の女王がいた。
熱された空気は上へと流れ、その赤とオレンジに彩られた炎のような長髪を棚引かせる。碧い瞳には縦に伸びた瞳孔が走り、それは竜の目にそっくりだった。オレは竜を見たことはないが、そう思わせるだけの不思議な力があった。
「ウィトリア、そいつが独りになるまで焼き尽くしてくれ」
「心得た、炎竜バルザックとの契約の力を行使しよう。バルザック本人がこの澱みを燃やしたいと言っているしね。少し下がっていてくれないか、我が共犯者よ」
「ああ、分かった。……………え?」
ふふん、と不敵にほほ笑むウィクトリアがオレとぽかんと口を開けたままのサトルの間を抜けて肉塊と対峙する。
その髪から火の粉がパチパチと爆ぜ、足元の草が瞬く間に燃え上がって灰となる。彼女はそうしてオークのような体になりつつあった獣を炎で燃やし尽くし、炭にした。何の予備動作もなくただ睨みつけただけで、その対象が発火する。しかもその肉体は一瞬で真っ黒ときたものだ。たぶん、炎竜バルザックとの契約の力ってのはそれだけではないのだろうが。
さすがにドン引きするくらいの熱波が顔面に吹き付けてきたので、オレはなんだかぽかんとしているサトルの肩を掴んで一緒になって下がった。下がらないとなんだか前髪あたりが今にも燃えそうだったし、目の水分が乾いてドライアイになってしまいそうだったし。
「お前の彼女、すげえなぁ」
「ああ、まあ……こうなって欲しくはなかったけど、うん、そうだね、すごいよ。そっちの彼女も、十分すごいけどね」
「うん? オレに彼女とかいないけど?」
「え?」
「え?」
お前は何を言っているんだ、とこちらの正気を疑うような眼をするサトル。オレはいったいオレのどこに彼女がいる要素があったんだと全力で首を捻っていると、オレたちの横で加減を二百倍ほど間違えたキャンプファイアーのような巨大な火柱がぶち上がった。
オレとサトルは澱みなどというろくでもないモノを食うはめになった炎竜バルザックの怒りを身に染みて感じながら、その場から全力で逃げた。
痛風をまたこじらせて杖をついて歩くはめになっている作者ですが、なんとか生きています。
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