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第131話「北部騎兵の破砕突撃」

 髭なしドワーフことコウの指揮下には、銃兵隊千名がいる。

 その中で髭なしドワーフ本人の声が聞こえているのは半分か、それ以下だ。

 人間が声だけで、あるいは一人で指揮を取れる人数はおおよそ150から200ほど、これは中隊の定数であると同時に、ダンバー数で表された数でもある。


 では髭なしドワーフは千名の銃兵隊をどのように使っているのかといえば、それは簡単な問題だ。

 オレは自分ができないことは、自分よりも出来るやつに任せる。オレが手一杯な時は、仕事が出来るやつに任せる。

 適材適所、今この銃兵隊には貴族としての階級が高い奴を中心に、中隊長として五名が、そしてその補佐役として二〇名が控えている。


 中隊長が四回死んでもなんとか部隊として運用はできるが、実体はオレの命令を銃兵隊全体に拡散するだけの存在だ。

 どこもかしこも軍事チートや勝利のための奇策などはなく、ただ今あるものを最大限に使ってやるために考えた、ただそれだけの現状。

 けれども、そのただそれだけしかこの場になかったとしても、オレはやるべきことをやらなければならない。



「側背面から【ファランクス】を食い破れェェェ!!」



 もう銃を撃つ距離ではない。目の前に、パイクと盾を備えたバケモノどもがいる。

 【ファランクス】の槍衾を修道騎士たちで舗装し、オレたち銃兵隊はその中央を突破し、パイク兵や護国連隊の圧力を受けている【ファランクス】の側背面から銃剣で襲い掛かる。

 もちろん、この【ファランクス】の後ろには例のロウワラの獣がゆっくりとのそのそと、こちらを目指して歩いてきている。


 まるで蜘蛛とサソリが合わさって、全身に腫瘍ができたようなグロテスクな姿をしている。この世のものとは思えない。

 ゆらゆらとまるで夢遊病かのように八本の細長い足を忙しなく動かし、巨大な尻尾を天に向けてぴんと伸ばし、黒々とした両腕をしきりに地面に叩きつけていた。

 ロウワラの獣がこの【ファランクス】の戦陣に辿り着くまで、数分。その数分でこの【ファランクス】を敗走させれば、まだオレたちは優勢でいられる。



「くたばれぇぇぇ!!」



 ほとんどがむしゃらに、銃兵隊は罵声を吐きながら無防備な【ファランクス】のわき腹に、背中に、次々に銃剣を突き立てていく。

 人間よりも反発感のある、まるでゴムでも刺したような気持ちの悪い感触がするが、オレたちはそんなことよりも死ぬのが怖くてただひたすらに銃剣を突き立てる。

 言葉にもならないような叫び声をあげながら、渾身の力で銃剣を叩き込むと、パキボキっという音と感触が伝わってきたが、銃剣越しに感じた感触はまるで刃を石に叩きつけたような感触だったので、続く一撃は銃剣の切っ先を真横にして突き刺し、うまく刺さったので、さらにもう一撃を加えると、その【ファランクス】はようやく膝から崩れ落ちて死んだ。


 わき腹、下から抉りこむように、渾身の力を込めて銃剣を横に、三度叩き込む。なるほど、殺し方は分かった。

 あとはこれを死なないようにひたすらに繰り返し、殺して殺して殺して、殺し回っていくだけだ。

 わき腹に下から抉りこむように、渾身の力を込めて三度叩き込む。三度、三度、三度だ。そして銃剣は横。刃先は潰したら不味い。確実に殺すため、殺し続けるために横の三度。



「勝つぞ、勝つんだ……!! 勝って、勝って……貰った領地を見るまで、死ねるか!!」



 手足は痛みで棒のようになっている。呼吸が苦しくて胸が痛い。

 それでもここで倒れるわけにはいかない。隊長が真っ先に倒れるなんて、かっこ悪すぎる。オレは戦う奴も死んだ奴も含めて、全員に背中を見られている。その背中が崩れることなどあってはならない。

 何度敵を突き刺したのかも分からなくなり、ようやく【ファランクス】どもが後ずさりするように後退し始めた。


 これで【ファランクス】がどれほど減ったかにもよるが、あのデカブツと【ファランクス】が協働するにはサイズが違いすぎる。しばらくは後ろに下がって再編成するはずだ。

 その間にオレたちは、攻城戦のようにあいつを取り囲み、魔法使いがこのデカブツを葬り去ってくれるその時まで、血肉によって時間を稼ぎ、その時まで耐え抜くのだ。

 タールのようにどす黒い血のようなもので銃剣も手も汚れている中で、オレは何体目かの【ファランクス】を殺し終え、後退する【ファランクス】の列の向こう側に、なにかが見えた。

 

 最初、それは戦闘で禿げた草地の土くれや岩や石かと思ったが、焦点があうとその正体が分かった。

 それまで北部騎兵とにらみ合っていたケンタウルスのバケモノの騎兵隊が、【ファランクス】の崩壊を見るや突撃しに来ていたのだ。

 なるほど、味方の敗走に合わせて騎兵を突っ込ませれば、敵は追撃に夢中になって側面をさらけ出すってことだなと、それを見て妙に感心してしまった。


 焦りはない。そもそもマケドニアン・ファランクスの優れた点は、そうなったとしてもこうして騎兵隊で敵を破砕し防御することができる陣形だ。

 というわけで、オレはそこには自分以上に強く、自分以上に聡く、自分以上に戦闘経験のある、もっとも信頼できる男を配置している。

 ケンタウルスの騎兵隊は南部連合騎兵隊をすでに打ち負かした実績があるが、()()()()()()()()()()()()



「やっちまえぇ! スクルジオぉぉぉッ!!」



 右手に銃を掲げてオレは叫ぶ。

 それと同時に、すでにじわじわと距離を詰めていた北部騎兵の一団は一気に加速し、散り散りになった状態から肩と肩が触れ合うほどの密集陣形となる。

 手に持つのはパイクよりも長大なコピアという騎兵槍であり、さらには北部騎兵はケンタウルスの騎兵よりも速い。


 あきらかに手慣れた騎兵突撃を斜め後方からもろに喰らったケンタウルスどもに、騎兵突撃を続けるほどの勢いはもはやない。

 突きつけられたコピアがケンタウルスを貫けば、その衝撃でコピアは折れるが、北部騎兵は騎兵突撃の勢いそのまま、反対側へと駆け抜けつつ鞍のホルスターから拳銃を取り出して撃鉄をあげ、旋回しながらケンタウルスの一団へ銃撃を加える。

 北部騎兵が黒色火薬が生み出す強烈な硝煙のカーテンを形成し、そのカーテンを引き裂くように彼らは駆け、鞘から独特なレイピアを抜き放つ。



 騎兵として敵を突き殺すために特化した、刃渡りだけで一メートルは超える槍のように長いレイピアだ。

 騎兵突撃をもろにくらった衝撃から回復しきっていないケンタウルスどもに、再び北部騎兵の騎兵突撃が襲い掛かる。

 レイピアで突き刺し、なで斬りにし、馬体で吹き飛ばし、あるいは蹄で粉砕し、北部騎兵は人馬一体のバケモノどもを粉砕する。


 そして最後には馬上から敵を撫で切りにする、大ぶりのサーベルや斧や棍棒を抜き放ち、もはや隊列も粉砕され散りじりになったバケモノどもを稲でも刈り取るかのように次々と打ち取っていく。

 南部連合とリンド連合の騎兵が打ち負けたのは、彼らの装備がいわゆる軽騎兵に分類されるものだったからだ。南部騎兵は軽装で槍や剣を携えるスタイルで、リンド連合も身なりは違うがそれに近いものがある。

 一方でスクルジオが率いる北部騎兵は、東欧の雄、ポーランド・リトアニア大公国の有翼衝撃重騎兵フッサリアに酷似した重武装の騎兵隊で、しかもスクルジオは敵の突撃タイミングを見計らって横っ腹に突っ込んだのだ。


 軍指揮官の力量は騎兵の運用で決まるとどこかで見た覚えがあるが、これに関してはオレの功績ではなく、単にスクルジオの騎兵指揮官としての力量がずば抜けているからだろう。

 それに複数の武器を同時に携行し、武器がある限り戦い続けられる有翼衝撃重騎兵フッサリアのコンセプトは完璧にマッチしていて、今見たように、最初の突撃が決まってしまえば一瞬で敵は切り崩され殲滅されてしまうのだ。

 両翼の騎兵が壊滅した今、澱みの軍勢の陣形は再編成を迫られ、今までじりじりと粘り強くも戦線を固持していた【ファランクス】さえ諦め、器用に盾をこちらに向けながら一斉に敗走し始めている。



「次はあれか……クソ、体力が追い付かねえぞこれ……」



 アドレナリンのブーストが切れ始めると、手足は棒みたいになって生まれたての小鹿の如く震えていて、ここから走って後退することができるのか不安になった。

 後退の指示を出すと中隊長たちが、それぞれの指揮下の部隊に指示を伝達し、後退することが行きわたってさあ後退するぞとなるが、やはりこんな状態では満足に走れもしない。

 銃を杖代わりにえっちらほっちらと頑張って歩いていると、いきなり両肩を担がれて有無を言わさずに後退させられた。両脇でオレの肩を担ぐ二人の男を見れば、自分の直接指揮下にある、オレの補佐役の男たちらしかった。



「すまんな……連隊長がこんなんで」



 両足をほとんど引きずられる状態で運ばれながら、わが身の脆弱さを自嘲気味にそう言うと、二人は同時に笑いだして言った。



「こんな連隊長が先頭に立って突撃して、帰りに死にそうな有様じゃ置いてくわけにもいかんでしょうに」


「先頭で突っ込んでそのまま殿になりそうな、こんな連隊長を置いていったら、俺たちはこんなの以下ですよ」



 何言ってんだろうなこいつは、といった感じに大いに笑われながら、オレは顔を赤くしながら二人にずるずると運ばれていった。

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