幕間 ルールー・オー・サームの手紙
ルールー・オー・サームからニルベーヌ・ガルバストロ卿 宛て
魔法蝋印綴便箋 使役獣により郵送 王都バンフレート行
以下 魔法書体にて筆記
彼がやって来て二ヶ月ほど経過したため、手紙で現状の報告をします。
まずこの二ヶ月の間で人間、ドワーフとしてなにかしら致命的な性格的欠陥がないということを伝えておきます。
社交的というよりは人見知りで付き合いを制限したがる傾向や、初対面の相手には自分の素顔を隠して伺うような傾向もありますが、鉄のような思考でもなく、むしろ我々、魔法使いのような知識欲に近いものを感じます。彼に魔法の才能がないのは残念としかいいようがありません。もし彼が人間、もしくは混血の他種族で魔法の素養があれば、私の弟子にもしてあげたかもしれません。知識欲が深い弟子はとても可愛らしいですから。
それはともかく、彼はとても大人しい子です。
家事や洗濯もできますし、最近ではアイフェルの蹄鉄屋の見習いとして仕事をしています。
あなたが苦言を呈していた私の家の整理もしてくれました。
何度か呪いに当たりそうになったので、ちょっとひやひやしましたが。
とはいえ、あなたが考えていたような監視はいらないでしょう。
魔法使いとして何人か転生者と出合ってきましたが、彼は可もなく不可もなく。
むしろ混乱して取り乱したりしていないだけ扱いやすくて、あなた好みの人材だと思いますよ。
何事もなく時が過ぎ去ることがあるのならば、あなたの手元に置くのも良い案かと。
もちろん、それなり以上の訓練とかが必要になると思いますけど、でもそれは―――それこそ、あなたの仕事ですね。
それと魔法使いである私が言うのも変かもしれませんが、彼は自分なりに、してはならない行為を厳格化しています。
特に生物の生殺に関しては敏感ですが、どうやら自分の意識の外にそれがある場合、かなり鈍感になる傾向があります。
私の生贄行為に顔をしかめていたのはそのためでしょう。
けれども、狩猟に出る狩人たちに雑用としてついていった時などは、自分から率先して手解きを受けたいと言っていたようです。
狩人たちの話によれば、弓矢や弩を使って動物を射ることはあまり抵抗がないようで、むしろ痛みでのた打ち回っている動物が可哀想なので、もっとうまく仕留めようとあれこれ考えていたそうです。
ただ、獲物の解体作業は不慣れで終始嫌そうな顔をしていたらしく、もしかするとただ単に視覚的な刺激に慣れていないだけかもしれませんが。
彼に関しての報告は以上になります。
もし、この手紙を読んでなにか思うところがあったら、そちらの魔法使いを使って手紙を送ってください。夜に出せば朝には届きます。
それでは。
魔法封印術式解除式
指定暗唱承認 解呪
月光文字反転 開封
属州ノヴゴール、ひいてはあちら側の動きが静かになりました。
私の結界をなんとか突破しようとしていたようですが、それも無駄な努力。徒労だと、分かってくれたようです。
今後、しばらくはタウリカ方面において《澱み》の暗躍はないと考えられます。
彼、彼女らの言う《常闇の虚ろ》とやらも、外から王国を崩すのは無理だと考えたのでしょう。
問題は内、王国の内部に存在する者たちです。
そちらで貧民を中心に信者を増やしている《救身教》が、なんらかの行動に出る可能性も出てきた、ということですよ。
我々、魔法使いの制限を解除されさえすれば《救身教》のような《澱み》を母体とする宗教組織など、一夜で滅ぼしてしまえるのですが、あなたの言う政治とやらがその障害となっているのは何度も説明してきた通りです。
もし本当に危機感がおありなのであれば、数人の限定解除でも構いません。高位魔法使いに命ずるべきです。
超法規的対応、あなたのいうその対応が、今まさに必要なのだと私は考えています。
すでに結界内に《澱み》の巫女が数人入り込んでいると、私は国王陛下に仰りました。
他でもない、我らが王、すべての種族を束ねる王、その名を持つ四人目のジグスムントに言ったのです。
この意味が理解できないあなたではないでしょう、ニルベーヌ卿。
もう一度、書いておきます。
巫女たちが表立って、我々、魔法使いが過去にそうしたように暴れまわらないのは、幸いでしょう。
なにしろ、何十人と行方不明者が出ず、虐殺もなく異常な状態の死体が出てくることもないのですから。
ですがそれ故、入り込んだ巫女がどういった者なのか、どういった種族なのかも分からず仕舞いです。
外からが無理だと分かった今、入り込んだ巫女は必ず動き、王国を揺さぶってくるに違いありません。
お願いします、ニルベーヌ卿。
今、王都で戦えるのは、あなたしかいないのです。
反転解除
・月光文字
決まった月齢、決まった場所でなければ読めない文字。
中でもエルフの王室文字やドワーフの地底文字、ドラゴンの文字などで書かれたものは暗号としてかなり高度な部類に入る。
魔法使いは特に月光文字に凝っていることで知られており、月光文字専用のインクや羽根ペン、呪文などがあるそうである。
基本的に魔法使いはただの月光文字では飽き足らず、読まれれば文字そのものが消失するような術式も使っていたという文献もある。
中には、便箋ごと爆発して消滅するようにしたものや、いきなり燃え出して燃え尽きるようにしたものもあったそうだが、これは受け取った人物が顔を真っ赤にして暗殺未遂事件だとしていろいろと面倒なこととなったため、さすがの魔法使いも通常の便箋として使用することはなくなった。