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第129話「髭なしドワーフの血路」

 首を圧し折られた自慢の装甲猪を前にして、その巨体をふらつかせながら【グレート・ゴブリン】は声にならないようなうめき声をあげている。

 これでお互いが片翼の機動戦力を喪失し痛み分けとなったわけだが、戦況の方は少しばかりよろしくないなと髭なしドワーフのコウこと、オレは目の前に広がる敵戦列を睨みつける。

 中央の敵主力たる【ファランクス】は【グレート・ゴブリン】の騎兵隊が破砕されている最中であっても、気持ちが悪いくらいに揃った動きで前進を続けていて、今や【ファランクス】の前に展開する散兵スカミッシャーの投石さえ届くようになっていた。


 たかが投石なんてと思えるかもしれないが、よくよく考えて欲しい。

 たとえばオレの前世ではプロ野球というものがあって、硬式野球というスポーツがあり、石ほどの硬さを持つ硬式球を投げ合っているだけあって、防具なしで直撃すれば打撲や骨折からは逃れられない。

 軽く済んでもアザが残るほどには威力があり、これを最初から人を殺すことを念頭にぶん投げるとなると、いかんせん馬鹿に出来ない威力を持つ。


 とはいえ、ただ投石を甘んじて受け入れるほどこちらもバカではないので、砲兵の砲弾を傾斜装甲という概念で弾きやがった瞬間からオレたち銃兵の目標は散兵スカミッシャーにシフトしていた。

 人の手足をまるでマン島の三脚巴紋の旗のように乱雑に組み合わせたような、不揃いで気色悪い肉塊どもを狙って当てるのはかなり運が絡む。ライフリングを施してあるオレのライフルでさえ、当てるには少しコツがいる。

 それをライフリングのないマスケットさえいる銃兵でやっているのだから、ここまで接近されるまで倒せたのは散兵のうちの半分ほどでしかない。



「畜生……、散兵を殺しきれなかったか……。総員、ファランクスが来るぞ! 銃兵隊、背面行進カウンターマーチ始めェッ!!」



 銃兵どもに命令をしながらオレは歯を食いしばり、削れるだけ削ったと考えるしかねえと自分に言い聞かせる。

 そして始まったのは、付け焼刃の現代軍事チート知識たる背面行進カウンターマーチだった。付け焼刃なのは、銃兵全員が職業軍人でもなければ、この戦術の訓練さえ最低限しかしていないことによる。

 そのため号令を掛けてから縦深二〇列の戦列へ陣形を組み替えるのに、思ったより三倍の時間がかかってしまった。


 背面行進カウンターマーチとは、簡単に言ってしまえば銃兵が断続的に射撃し続ける戦術のことだ。

 縦に複数の列を組み、前列が発砲しては最後列へ移動し装填作業へ、後列の兵は前列として発砲し、最後列へ移動して装填作業へ。

 理論上は間断なく斉射が可能だが、これにはまず戦列を整える訓練と練度、そして斉射を行う練度が必要なものだった。オレの兵にはそれが足りていない。なにせ時間が無かったんだから。


 舌打ちをしながら士官相当の貴族の次男や三男を睨みつけ、その顔をしっかりと覚えておきつつ、目の前に迫りくる散兵どもをパイク兵たちが牽制してくれることに感謝した。

 パイク兵と銃兵の組み合わせ、これはスペインの歩兵式移動陣地とも呼べるテルシオを始祖とする、一五〇年以上に渡って使用された軍事知識チートならば避けては通れない戦術だ。

 戦略予備隊のパイク兵一〇〇〇と銃兵一〇〇〇で、これを付け焼刃的に運用してさらにはテルシオへの対抗戦術であるオランダの軍事的天才ナッサウ伯マウリッツの背面行進カウンターマーチ


 マケドニアン・ファランクスとテルシオと、その対抗陣形のマウリッツ式。

 歴史において名をはせた軍事的天才たちが編み出し、運用したこの一連のシステムには、さらに続きがあるが、ベルツァール王国というべきか、今のオレたちにそれは出来っこない。

 マウリッツ式の果てにあるのは、スウェーデン王グスタフ・アドルフによる全国的徴兵制、職業軍人たる士官の増員、これによる部隊指揮能力の向上と柔軟性の向上。


 なるほど、ホントに軍事知識チートをやりたかったら、王室やその宰相に取り入って国を変えなきゃならないわけだと痛感する。

 国が変わらなきゃ軍事的優位に立てず、軍事的優位に立てなければ質と量で対抗できず、そこで指揮官が思い付きで奇策を打っても部隊の柔軟性を確保する士官が足りない。

 そこに至ってようやく気付く。汗まみれで土と泥にまみれ、声を枯らしながら命令し、硝煙の中で死にかけながら弾込めをして、ようやく覆しようのない事実を受け入れる。


 チートするにはチートコードがいるように、軍事チートにゃ人脈が要る。

 国家運営、地方の有力な協力者、改革を進めるための派閥構成員、話の分かる後継、元手になる職業軍人―――ちくしょう、いればいるだけありがたいぞ。

 こんだけ死ぬ気で頑張ってるんだから、この後は絶対に絶対に、絶対に軍事チートしてやるんだ。



「まずは生き残らなきゃ意味がねえけどな。―――前列、撃てェっ!!」



 前列へ斉射の号令を発し、まったく息のあっていないズタボロの斉射に落胆しながらも背面行進カウンターマーチで後退する。

 マジモンの【ファランクス】に対抗するにはかなり無理くり編み出した案だが、今更ここで誰も死なせず誰も殺さずなんて綺麗ごとに目覚めるわけはない。

 こいつはバケモノと人の戦争だ。十分薄汚れて血みどろな、まったくもって汚れ切ったこの戦争で、綺麗ごとなどぬかす根性はオレにはねえんだ。


 戦争は単純に言ってしまえば戦闘行為の積み重ねで、戦闘行為が生じるならば死傷者が出るのは当たり前だ。

 人は死ぬ。人の死は避けられない。戦うという選択肢を選んだ時点で、誰かの死を背負う覚悟をしなければならない。

 なら、オレはどうだ。その覚悟が出来ているかと、オレ自身の冷笑的な部分が語り掛けてくる。今更になって。


 本格的に痛み始めた右膝を庇うように他の連中と一緒に後退しながら、オレはその声に中指を立てる。

 ミリオタを舐めるなよ、軍オタを舐めるなよ。渦中に叩きこまれて覚悟もなしに、この地位にいると思うなよ。

 オレは勝つために考えた。負けぬように考えた。


 誰一人死なないようになんて甘ったれた考え方をした覚えなど、ない!


 

「護国連隊! ランツクネヒト戦術!!」


「「「「「御意のままに」」」」



 故に、この戦術だ。そのためのこの戦い方だ。

 護国連隊(Protector Regiment)―――、トリーツ帯剣騎士団及びバンフレート騎士修道会連合と、ボラン女男爵の徴集兵たち。

 十字を描いたサーコートに鎧を着込み、盾と剣を備えた騎士修道会の騎士たちは、オレの号令とともに最前列へと行進を始める。

 

 思い思いの聖言を口にしながら、使い慣れたロングソードを携えて彼らはバケモノの槍衾へ恐れずに進んでいく。

 銃兵隊の後退で開いた戦列の穴に彼らは入り込み、パイクとパイクで穂先をぶつけ合う中に、盾と剣と鎧を以て進んでいった。

 生き残った散兵の投石を盾や鎧で防ぎ、短剣や手斧でとびかかってくる散兵にシールドバッシュや、剣での突きで対抗し、彼らは進む。


 

「「「「なんだあ? 時代遅れのたかが鎧騎士風情が!」」」」



 【ファランクス】が嘲笑い、槍の穂先を彼らに向ける。

 それでも護国連隊は止まらない。騎士修道会の騎士たちは、オレが言ったとおりに突っ込んでいく。

 そして彼らは【ファランクス】の槍衾に到達した。


 剣では決して届かぬ位置からパイクを操るバケモノどもは、一糸乱れぬ動きで護国連隊の騎士たちの兜の隙間や鎧の隙間に穂先を突き刺す。

 沈黙の誓いを立てた者は断末魔すら上げずに串刺しにされ、そうでない者も目から頭蓋を貫かれ、あるいは脇の下や腰を貫かれていく。

 次々に槍衾を前にして出血していく騎士たちは、串刺しにされた者をそのままにさらに奥へと進んでいく。


 彼らはそうして、盾でパイクをいなしながら槍の穂先を剣で叩き切っていく。

 穂先を叩き切りながらも騎士たちは次々にパイクの猛威に晒され、地面はそんな騎士たちの血でぬかるむ。

 スイス傭兵をモデルとして編成されたドイツ傭兵、ランツクネヒトは、ツヴァイヘンダーを担いでパイクの穂先を切り裂いていたと聞く。


 一般的なランツクネヒトが銀貨四枚の中、二重払傭兵ドッペルソルドナーは死傷率の高さゆえに銀貨八枚を受け取っていた。

 その二重の支払いの価値が今、騎士修道会の騎士たちが流す血なのだ。これだけの血が、銀貨四枚と引き換えに享受されていた時代があったのだ。

 暴力と契約の時代だ。それにほど近い時代にオレはいるってわけ。


 パイク兵に無理やりにでも近づき、その槍衾に間隙を造る。

 そこにボラン女男爵と徴集兵が突撃し、ファランクスの隊列を破砕する。

 後続にひたすらにバカデカイうすのろのバケモノが控えているから、時間は掛けられない。

 だったら、オレにやれることは決まっている。



「ボラン女男爵に続くぞ、総員着剣ッ!!」

 

 

 腰に帯びた剣を抜き、それを銃口に差し込んで構える。

 足並みのそろっていた【ファランクス】の戦列が、この状況をどうすべきかと思案しているように浮足立っているのが見えた。

 オレは過緊張と勝利への希望で表情筋が痙攣しているのを自覚しつつ、次の命令を叫ぶ。



「血路を開いた騎士を救え! この手で勝利を掴み取れ!! 銃兵隊はオレに続け、突撃ぃッ!!」



 どれだけ未熟であっても、徴集でも徴募兵でもなくとも、この期に及んで脱走する銃兵はいなかった。

 死に物狂いでもパイク兵たちを、騎士修道会を、そしてボランの兵を救い、このバケモノとの戦いに打ち勝つのだと銃剣を抱えて皆が血で出来た突破口へと突撃する。

 中央を食い破れ、中央突破こそが戦史の花道。その花道が血で舗装されているならば、なおさらここで突撃を止めることなどできはしない。


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