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第124話「暴食の獣」



 どうして自分がこんな姿になってしまったのか、ジョナサン・ロッカールだったモノは考えずにはいられなかった。

 彼女もいない、いじめっ子の自分が、なんのいいところもなかったオタクの自分が、運よく転生して好き勝手に出来る世界に産まれたのに。

 そんな運がよく選ばれし自分が、あの偏屈で薄汚いドワーフどもの鉱山で現代知識をフル活用し、成り上がってきたのだ。


 食料の自活をするために農地改革をし、衛生状態の改善対策をし、いくつもの提言をしてはあのドワーフどもを諭し、成長させてやった。

 落ちぶれた研究一家の集まりだった鉱山都市のロウワラの発展は、おれなしには語れない。語れるわけがない。おれがすべてやったのだから。

 ドワーフどもは、おれの考えをただ形にして豊かになっただけだ。


 そうだ、そこをあいつらは勘違いしていたんだ。

 おれが成り上がるためなら、あいつらじゃなくたって良かった。

 ただおれの知識が、おれの中にある才能が、ギフトと呼ばれる天から授かったおれの能力が、活かせる場所があればよかった。

 

 目立ちたかった、賞賛されたかった、承認されたかった、ちやほやされたかった。

 おれが誰からも認められなかった前世で遂げられなかったことを、この世界で手に入れたかった。

 愛し愛されて、認められて―――、活躍して異世界を満喫したかった。


 なのに、あいつらは嗤った。

 こんな不便なところじゃなく、もっといい土地を探そうと、なんなら戦っても手に入れるべきだと。

 そんなおれをあいつらは〝変なもの〟を見るような目で嗤った。嗤いやがった。


 おれがどれだけ、薄汚いお前らに尽くしてやったと思っていやがる。

 飲めもしない火酒を何度も断ったのに、何度も飲ませてきやがったことをおれが忘れたと思っているのか?

 くだらない社交辞令のためにおれが何度、お前たちみたいな連中に頭を下げたと思っていやがるんだ。


 こんな面倒な成り上がりなんて、おれはもううんざりだ。

 力だ、力が、圧倒的な力さえあればこんな連中と組む必要なんかない。

 おれの腕っぷしだけで誰もを納得させ、屈服させるだけの力さえあれば、おれはもっと成り上がっていけるんだ。




 圧倒的な力と、おれを認めてくれる、おれに口答えせずおれを持ち上げ、おれのすることを邪魔しない連中がいれば、おれは―――。

 



――――――



 おれは邪魔な連中を皆殺しにして、食い荒らし、屈服させ蹂躙する。

 〝澱み〟はおれに、おれが求めるものを与えてくれた。力と愛と、温もりを。

 だからおれは口答えする連中を殺し、喰らい、邪魔な連中をどこまでも追い詰めて破滅させる。



「きひひひひっ、いぃぃぃぃぃひひひひひっ」



 ああ、甘美な臓物の温もりと、愛にあふれた心の安らぎよ。

 二度の生を受けて二つの世界を渡った身で、やっと辿り着いた至上の心地よ。

 愛と力の単純な二重螺旋で構築されるこの節理の、なんと素晴らしきことか。


 社会的地位も家族も愛も力も、なにもかもを手に入れて、おれはやっと満足することを覚えた。

 すばらしい肉を都合することがこうも簡単に出来ること、たっぷりと肉の在庫を抱え悠々自適に暮らすこと。

 それらは成功した男、ジョナサン・ロッカール男爵の持っていたものだが、それらすべてはおれのものとなった。


 だが、たかが男爵位、それで終わる異世界転生物語などあったか?

 おれはもっと喰らってもっと殺して、もっと愛して家族を造り、もっと成り上がる。

 あの〝澱みの魔女〟ミレアがおれを堕としてから、おれの人生はやりやすくなった。


 今やっているように、おれは人を喰らってその力を取り込み、そして強くなり続ける。

 肉も骨も臓物も脳髄も脳液も何もかもを取り込み、おれは強くなり続けた。ドワーフだろうがなんだろうが、生きている限り何ものもおれの捕食で取り込むことができる。

 おれこそは〝暴食〟、食べることこそは性交と同列に力を強める行為であり、おれはその権化なのだ。



「ひゃひゃヒャひ、イひひヒヒ、アハハハハはハッ……!!」



 おれはもう一人ではない。

 ロウワラで喰らった汚らしいドワーフどもも、人間もエルフもすべてが今やおれなのだ。

 おれこそが今や一つの街、一つの国、一つの軍団であり、その法と権威はすべておれにある。


 天に与えられた贈り物でなく、地に祝福された加護でもなく、これはおれが食い漁り溜め込み奪い取り獲得した力だ。

 おれは満足だ。おれの臓物にはあらゆる男、あらゆる女の血肉が混じり、それらはおれのためだけにおれの中にある。

 おれは独りではない。おれに死して尽くしてくれる者たちの上に立ち、これからおれの腹の中におさまる者たちを前にしている。



「あァ、コ、ここ、コのクソのよウな王国を喰ラいツクし、シて、オれは……」



 ひたひたと、べたべたと、おれは歩いて喰らい続ける。

 小さな湖のほとりの村を、おれは喰らうて歩き続ける。

 蒼天は死に雲が陰り、闇夜がひたひたと近づいている。


 血肉を抉られ転げまわる農夫を踏みつぶし、それをゆっくりと咀嚼する。

 目の前で夫を潰され食われるさまに絶望した女を、胴から貪って臓物を食む。

 恐怖で失禁し精神が壊れた少女の頭蓋に爪を突き立て、その脳髄を啜り取る。


 すべてがおれの中で一つになっていく。

 おれは巨大になり強大になり、より強くより大きなものを喰らえるようになっていく。

 そうだ、おれは転生者だ。転生者であるからには、強くなり成り上がってやらなきゃならない。


 おれは喰らい続ける。

 人を喰らい、村を喰らい、都市を喰らって国を喰らう。

 そして最後には、



 ―――神さえも喰らって、この身の糧とするのだ。

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